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第47話 ウィルスの感染源がついに判明

 文研の部室へ帰らず、三階まで階段を駆け上がる。


 柚木さんを連れて、パソコン部のあるコンピュータ室へ直行する。


「先輩、USBメモリはあったんですか?」


「あったよ。ほらっ」


 歩きながら、戦利品のUSBメモリを彼女へ見せる。


「あっ、これです! 先輩、やりましたねっ」


「おんなじのが、三つも見つかっちゃったんだけどね。でも、とりあえず状況は好転したかな」


「好転しましたよ。でも、久坂先生が帰ってきちゃったときは、どうしようか困っちゃいましたっ」


「そうだよねっ」


 俺は柚木さんと顔を見合わせて笑った。


「USBメモリはあったけど、この中のどれにコンピュータウィルスが仕込まれているのか、わからないからね。まだ安心してはいられないよ」


「そうですよね。あっ、だからパソコン部へ向かってるんですね」


「そう。加賀谷先輩は嫌な顔をするだろうけど、あの人に調べてもらえないと、確証が得られないんだよ」


 すっかり通い慣れたパソコン部の門戸をたたく。


 パソコン部の部員たちは、音に反応して俺の顔を見た。だが、すぐに興味をなくして、視線をパソコンのディスプレイへ戻した。


 小声で挨拶して部室の中央を突っ切る。


 加賀谷先輩は、いつもの最後尾の席で棒付きのキャンディを舐めていた。


 すごくどうでもいいけど、棒付きのキャンディをリアルで舐めている人を初めて見たぞ。


「あ、お前。また来やがったのかっ」


 加賀谷先輩がお約束とばかりに吐き捨てる。


 木戸先生の机から強奪した三つのUSBメモリを、先輩へ差し出した。


「加賀谷先輩。お願いがあります」


「嫌だね。そのUSBメモリをスキャンしろっつうんだろ? お前らの部室のUSBメモリは、もう見ただろっ」


 さすが加賀谷先輩だ。こんなに物分かりがいい人は、生まれて初めてだ。


「コンピュータウィルスが仕込まれていたUSBメモリは、文研で管理しているものじゃなかったんです。ですから――」


「そん中にウィルスが入ってっかもしれねえから、また診てくれっつうんだろ。お前なあ、調子に乗んなって、この前に言ってやったばっかだろっ。なのに、なに調子こいてんだよ。ほんと、いい加減にしろよな!」


 加賀谷先輩の罵詈雑言に柚木さんが怯む。俺の背中にそっと隠れた。


 加賀谷先輩が怒るのは当然だ。無償で何度も協力させているのだから。


 俺は上履きのかかとをつけて、深々と頭を下げた。


「後生です。このUSBメモリを調べてください! ほしいものがあれば、文研の部費でなんとかしますから、その――」


「もういいっ。貸せよ!」


 加賀谷先輩が、俺の手からUSBメモリをむしり取った。


「おいっ、あれを持ってこい!」


 加賀谷先輩が怒鳴りながら立ち上がる。


 前の席にいる部員が恐懼きょうくして、後ろの準備室へ駆け込んでいく。


 坊ちゃん頭の部員が準備室から紅いノートパソコンを持ってきた。


「そのパソコンはなんですか?」


「あ? 使ってねえパソコンだよ。前もこいつでスキャンしてやっただろうがっ」


 そうでしたか。忘れていました。


「なんで俺が、こんなめんどくせえことを、何度もしねえといけねえんだよっ」


 加賀谷先輩がぶつぶつ文句を言いながら、USBメモリをノートパソコンへ差す。


 画面下部のタスクバーをクリックして、アプリケーションを起動する。黄色と灰色のウィンドウが立ち上がった。


 ウィンドウのボタンを操作して、「ウィルススキャン」をクリックする。


 画面が切り替わって、USBメモリ内のファイルのスキャンがはじまった。


「これだな」


 加賀谷先輩がぼそりとつぶやく。USBメモリを引っこ抜いて俺に突き返した。


「見つかったぜ。黒だ」


「ランサムウェアが検知されたんですか!?」


「そうだよっ。うるせえから、近くででけえ声をあげんな」


 俺の後ろでノートパソコンを覗いていた柚木さんが、俺の顔をまじまじと見つめる。


「どうだったんですか?」


「これが、ウィルス感染を引き起こした問題のUSBメモリだったんだよ。きみの言う通りだったんだよ!」


「本当ですか!?」


 長い道のりだった。無理難題を幾度となく潜り抜けて、最後の調査を完了させることができたんだ。


 パソコン部の部員たちが白い目で見ていることにも気づかず、俺は柚木さんと手を取り合って喜んだが――。


「ちょっと待てよ」


 加賀谷先輩が、俺のシャツを後ろから引っ張った。


「どうかしましたか?」


「どうかしましたか、じゃねえよ。お前らの管理してるUSBメモリには、ウィルスが仕込まれていなかったのに、なんでその黒いやつにはウィルスが仕込まれてるんだよ」


「それは――」


 このUSBメモリの持ち主が木戸先生だったことは、言わない方がいい。学校中に言いふらされたら大変だ。


「おい、なんとか言えよ」


「そのUSBメモリは、二階のトイレにあったんです。ウィルス感染したパソコンには、文研で管理しているUSBメモリではなくて、黒いUSBメモリが差してあったと柚木さんが教えてくれましたので、その言葉をヒントに偶然発見しました」


 加賀谷先輩が、眼鏡のレンズ越しに俺を睨みつける。


 不信感をあらわにしているが、偏屈でうるさい口をぴたりと閉じている。


「その言葉、本当なんだろうな」


「はい。本当です」


 しんと静まり返る部室に、加賀谷先輩の言葉が響く。空調で乾燥した空気が、喉から水分を奪う。


 柚木さんが傍らで俺を見守る。両手を胸の前で組んでいた。


「あっそ。つまんねえ結末だぜ」


 加賀谷先輩が興味をなくして、身体の向きを机へ戻した。


「他のふたつも見んのか?」


「いえ。ランサムウェアが見つかったことがわかれば、もうだいじょうぶです。先輩、調査に協力していただきまして、ありがとうございました」


「もう来んじゃねえぞ。俺は超忙しいんだからな」


 ふんと鼻を鳴らして、デスクトップ型パソコンのキーボードを操作する。


 タイピングの速度は、教頭先生のそれよりもはるかに速い。


「そういえば、昨日、セキュリティ報告書を教頭先生へ出したんですが、先輩の提案した無線LANの方式を絶賛していましたよ。木戸先生も太鼓判を押していました」


「知らねえよ。うぜえから、さっさと消えろ」


 今日の先輩は、いつにも増して機嫌がよくないみたいだ。


 不機嫌な表情を変えずに、黒い背景のテキストエディタに半角の英字を打ち込んでいる。


 部活の最中なのだから、要らない言葉で邪魔しない方がいいな。


 加賀谷先輩に深々と頭を下げて、俺はコンピュータ室を出ていった。


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