表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/164

第46話 あのUSBメモリ盗んじゃえ

 使われていない教室を出て、まっすぐに職員室へ向かう。


 職員室は校舎の二階の真ん中にある。


「セキュリティ事故報告書を提出しに行ったときに、木戸先生が職員室にいたんだけど、先生の使っているパソコンに、黒いUSBメモリが差してあったんだ」


「えっ、そうなんですか!?」


 俺の右隣後ろを歩く柚木さんが、右手で口を止める。


「じゃあ、それが問題のUSBメモリなんじゃないですか?」


「かもしれないね。ちゃんと調べてみないと、わからないけど」


「でも、USBメモリは木戸先生が持ってるんですよね。どうやって渡してもらうんですか?」


「うん。だから職員室に行って、無断で借りに行くんだよ」


 柚木さんが飛び跳ねそうなくらいに驚いた。


「先生がいない隙に、USBメモリを、持ってきちゃうんですか!?」


「ちょっと待って! 声が大きいよっ」


 静かにするように合図すると、柚木さんは口を閉じて、こくこくとうなずいた。


「い、いいんですか。勝手に取ったことがバレたら、ものすごく叱られちゃいますよっ」


「そうだね。叱られるどころか、下手すると停学処分になるかもしれない」


「や、やめましょうよっ。そんな危険なこと。先輩が停学処分になるなんて、嫌ですよ」


 柚木さんは顔を赤くして心配してくれる。


「わかった。じゃあ、こうしよう。俺が職員室へ忍び込むから、柚木さんは職員室の外で見張ってて。USBメモリは俺が取ってくるから、柚木さんはだれかが来て危なそうだったら、俺に合図を送って」


「やっぱり、やるんですかぁ。危ないことはやめましょうよぅ」


「危ないのは承知してるけど、木戸先生に訳を説明しても、USBメモリは絶対に渡してもらえないと思うんだ。だから、先生がいない隙にUSBメモリを取ってくるしかないんだよ」


「そうですけど、気が進まないですよぅ」


 柚木さんは。いつになく狼狽している。


「危なくなったら、俺を見捨てて逃げていいからね。罪は俺ひとりで被るから」


「そんなことは、しないですよ。もうっ」


 柚木さんが頬を少し膨らませる。


「昔からそうでしたけど、先輩って大人しそうな感じなのに、ちょいちょい無茶しますよね」


「そうかい? 変なことは、あんまりしてないつもりだけど」


「してますよ。パソコン部にいきなり押しかけるし、小学生の頃だって、お母さんに見つからないように、お菓子を勝手に取って来てたじゃないですか」


 そんなことをした覚えはないけど、柚木さんが言うのだから正しいんだろうな。


「迷惑をかけてすまないね。これからは、もう少し気をつけるよ」


「あっ、いえ、そんな。わたしの方こそ、変なことを言って、すみませんでした」


 柚木さんが、ぺこりと頭を下げた。


 職員室の扉は、今日も開け放たれている。扉に手をついて、首をそっと伸ばしてみる。


 先生たちはちょうど出払っているのか、職員室にはだれもいない。


 業務用の灰色の机にはノートが広げてあったり、ノートパソコンの電源がついたままになっている。


 教頭先生がいるか、念のために確認してみる。教頭先生の机の周辺にも人の姿はない。


「だれもいないみたいだ。ちょっと行ってくるから、柚木さんは見張りをお願いね」


「はいっ」


 上半身を屈めて職員室へ侵入する。足音をなるべく立てないように、慎重に歩を進めながら。


 木戸先生の席は、斉藤先生の席の後ろだ。横に二列で並べてある机の島の向こう側だ。


 泥棒のようにそそくさと移動して、机の引き出しに「木戸」というネームプレートが挟まっているのを発見した。


 机の上にはペン立てが置かれ、その後ろにいくつかの本が並べられている。


 本の背表紙に書かれているタイトルは、どれもバトミントンに関するものだ。


 机の右側に、銀色の筐体のノートパソコンが置かれている。


 ディスプレイはしっかりと閉じられている。側面にUSBメモリは取り付けられていない。


 身体を少し起こして、入り口で待機させている柚木さんを見やる。


 柚木さんは首をきょろきょろと動かして、廊下を見張っている。


 柚木さんが俺の視線に気づいて、右手の親指と人差し指で小さく円を描いた。


 木戸先生の机の長い引き出しを開けた。


 中には、二冊の大学ノートと大量の印刷物が入っている。


 印刷物をがさがさとどかしてUSBメモリを探す。この引き出しに、それらしいものは見当たらない。


 気持ちに少しずつ余裕がなくなってくる。


 三段の袖の引き出しを、上から順に開けていく。


 どくどくと波打つ鼓動を感じながら、どこかのお土産らしき小物や、のりなどの文房具を漁る。


 引き出しの奥に、黒いUSBメモリがあった! これに違いないっ。


 他にも怪しいものがないか、引き出しを丹念に探してみる。


 黒のUSBメモリが他にもふたつ見つかった。


「先輩っ」


 柚木さんのささやき声が聞こえる。振り返ると、柚木さんが慌てた顔で手招きしていた。


「あら、あなた。こんなところで何してるの?」


 あの少ししゃがれた声は、古典の久坂先生だ。


「え、ええと、その、あの」


「どうしたの? あなた、一年生の柚木さんよね」


「あ、はい。そうなんですけど」


 職員室の外で、柚木さんが必死に受け答えをしているのが聞こえる。


 USBメモリは三つも見つかってしまった。


 どれが問題のUSBメモリなのか、見分けがまったくつかない。


 この場でひとつずつ調べる暇もないし……ああ! 全部持っていってしまえ。


 三つのUSBメモリをズボンのポケットにしまう。


 忍者のように身体を屈めて、どうやって久坂先生を撒こうか考える。


 久坂先生と入れ違いで職員室を出られたら最高だけど、うまくできるだろうか。


 久坂先生は柚木さんと話し込んじゃっているみたいだから、話が終わるのを待ち続けていたら、他の先生が戻ってきちゃうんじゃないか。


 大胆な作戦だけど、俺が木戸先生を呼びに来ていることにしよう。


 俺はすっと起き上がって、だれもいない職員室を見回した。


「木戸先生。木戸先生はどこにいますか?」


 わざとらしく連呼してみる。久坂先生に聞こえるように足音を立てながら。


「おかしいな。部活に行っちゃったのかな」


 廊下から、久坂先生が首だけを伸ばして、職員室を覗いている。


「あら、木戸先生に用があるの? 木戸先生は体育館に行っちゃったわよ」


「あれ、そうなんですか? 困ったなあ。文研のパソコンのことで、相談したいことがあったのに」


 頭の後ろに手を当てて、大げさに困った仕草をする。柚木さんがくすくすと苦笑した。


「木戸先生はすぐに帰って来ないから、体育館に行ってみたら? それとも、帰って来たら連絡してあげようか」


「いえ。だいじょうぶです。自分たちでなんとかできますから」


「あら、そお? 文研のパソコンって、あれでしょ。高杉先生が壊しちゃったんでしょ。

 修理するの大変よねえ」


 久坂先生が名簿を抱えて嘆息する。


「じゃあ、柚木さん。木戸先生はいないみたいだから、部室へ帰ろう」


「はいっ」


「あら、もう帰っちゃうの? 職員室にだれもいないから、寂しかったのに」


 久坂先生が物憂げに見つめてくるけど、すみません。


 見つけたUSBメモリを調べないといけないんです。


 久坂先生にばれていないことに胸を撫で下ろしつつ、俺は職員室を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ