第46話 あのUSBメモリ盗んじゃえ
使われていない教室を出て、まっすぐに職員室へ向かう。
職員室は校舎の二階の真ん中にある。
「セキュリティ事故報告書を提出しに行ったときに、木戸先生が職員室にいたんだけど、先生の使っているパソコンに、黒いUSBメモリが差してあったんだ」
「えっ、そうなんですか!?」
俺の右隣後ろを歩く柚木さんが、右手で口を止める。
「じゃあ、それが問題のUSBメモリなんじゃないですか?」
「かもしれないね。ちゃんと調べてみないと、わからないけど」
「でも、USBメモリは木戸先生が持ってるんですよね。どうやって渡してもらうんですか?」
「うん。だから職員室に行って、無断で借りに行くんだよ」
柚木さんが飛び跳ねそうなくらいに驚いた。
「先生がいない隙に、USBメモリを、持ってきちゃうんですか!?」
「ちょっと待って! 声が大きいよっ」
静かにするように合図すると、柚木さんは口を閉じて、こくこくとうなずいた。
「い、いいんですか。勝手に取ったことがバレたら、ものすごく叱られちゃいますよっ」
「そうだね。叱られるどころか、下手すると停学処分になるかもしれない」
「や、やめましょうよっ。そんな危険なこと。先輩が停学処分になるなんて、嫌ですよ」
柚木さんは顔を赤くして心配してくれる。
「わかった。じゃあ、こうしよう。俺が職員室へ忍び込むから、柚木さんは職員室の外で見張ってて。USBメモリは俺が取ってくるから、柚木さんはだれかが来て危なそうだったら、俺に合図を送って」
「やっぱり、やるんですかぁ。危ないことはやめましょうよぅ」
「危ないのは承知してるけど、木戸先生に訳を説明しても、USBメモリは絶対に渡してもらえないと思うんだ。だから、先生がいない隙にUSBメモリを取ってくるしかないんだよ」
「そうですけど、気が進まないですよぅ」
柚木さんは。いつになく狼狽している。
「危なくなったら、俺を見捨てて逃げていいからね。罪は俺ひとりで被るから」
「そんなことは、しないですよ。もうっ」
柚木さんが頬を少し膨らませる。
「昔からそうでしたけど、先輩って大人しそうな感じなのに、ちょいちょい無茶しますよね」
「そうかい? 変なことは、あんまりしてないつもりだけど」
「してますよ。パソコン部にいきなり押しかけるし、小学生の頃だって、お母さんに見つからないように、お菓子を勝手に取って来てたじゃないですか」
そんなことをした覚えはないけど、柚木さんが言うのだから正しいんだろうな。
「迷惑をかけてすまないね。これからは、もう少し気をつけるよ」
「あっ、いえ、そんな。わたしの方こそ、変なことを言って、すみませんでした」
柚木さんが、ぺこりと頭を下げた。
職員室の扉は、今日も開け放たれている。扉に手をついて、首をそっと伸ばしてみる。
先生たちはちょうど出払っているのか、職員室にはだれもいない。
業務用の灰色の机にはノートが広げてあったり、ノートパソコンの電源がついたままになっている。
教頭先生がいるか、念のために確認してみる。教頭先生の机の周辺にも人の姿はない。
「だれもいないみたいだ。ちょっと行ってくるから、柚木さんは見張りをお願いね」
「はいっ」
上半身を屈めて職員室へ侵入する。足音をなるべく立てないように、慎重に歩を進めながら。
木戸先生の席は、斉藤先生の席の後ろだ。横に二列で並べてある机の島の向こう側だ。
泥棒のようにそそくさと移動して、机の引き出しに「木戸」というネームプレートが挟まっているのを発見した。
机の上にはペン立てが置かれ、その後ろにいくつかの本が並べられている。
本の背表紙に書かれているタイトルは、どれもバトミントンに関するものだ。
机の右側に、銀色の筐体のノートパソコンが置かれている。
ディスプレイはしっかりと閉じられている。側面にUSBメモリは取り付けられていない。
身体を少し起こして、入り口で待機させている柚木さんを見やる。
柚木さんは首をきょろきょろと動かして、廊下を見張っている。
柚木さんが俺の視線に気づいて、右手の親指と人差し指で小さく円を描いた。
木戸先生の机の長い引き出しを開けた。
中には、二冊の大学ノートと大量の印刷物が入っている。
印刷物をがさがさとどかしてUSBメモリを探す。この引き出しに、それらしいものは見当たらない。
気持ちに少しずつ余裕がなくなってくる。
三段の袖の引き出しを、上から順に開けていく。
どくどくと波打つ鼓動を感じながら、どこかのお土産らしき小物や、糊などの文房具を漁る。
引き出しの奥に、黒いUSBメモリがあった! これに違いないっ。
他にも怪しいものがないか、引き出しを丹念に探してみる。
黒のUSBメモリが他にもふたつ見つかった。
「先輩っ」
柚木さんのささやき声が聞こえる。振り返ると、柚木さんが慌てた顔で手招きしていた。
「あら、あなた。こんなところで何してるの?」
あの少ししゃがれた声は、古典の久坂先生だ。
「え、ええと、その、あの」
「どうしたの? あなた、一年生の柚木さんよね」
「あ、はい。そうなんですけど」
職員室の外で、柚木さんが必死に受け答えをしているのが聞こえる。
USBメモリは三つも見つかってしまった。
どれが問題のUSBメモリなのか、見分けがまったくつかない。
この場でひとつずつ調べる暇もないし……ああ! 全部持っていってしまえ。
三つのUSBメモリをズボンのポケットにしまう。
忍者のように身体を屈めて、どうやって久坂先生を撒こうか考える。
久坂先生と入れ違いで職員室を出られたら最高だけど、うまくできるだろうか。
久坂先生は柚木さんと話し込んじゃっているみたいだから、話が終わるのを待ち続けていたら、他の先生が戻ってきちゃうんじゃないか。
大胆な作戦だけど、俺が木戸先生を呼びに来ていることにしよう。
俺はすっと起き上がって、だれもいない職員室を見回した。
「木戸先生。木戸先生はどこにいますか?」
わざとらしく連呼してみる。久坂先生に聞こえるように足音を立てながら。
「おかしいな。部活に行っちゃったのかな」
廊下から、久坂先生が首だけを伸ばして、職員室を覗いている。
「あら、木戸先生に用があるの? 木戸先生は体育館に行っちゃったわよ」
「あれ、そうなんですか? 困ったなあ。文研のパソコンのことで、相談したいことがあったのに」
頭の後ろに手を当てて、大げさに困った仕草をする。柚木さんがくすくすと苦笑した。
「木戸先生はすぐに帰って来ないから、体育館に行ってみたら? それとも、帰って来たら連絡してあげようか」
「いえ。だいじょうぶです。自分たちでなんとかできますから」
「あら、そお? 文研のパソコンって、あれでしょ。高杉先生が壊しちゃったんでしょ。
修理するの大変よねえ」
久坂先生が名簿を抱えて嘆息する。
「じゃあ、柚木さん。木戸先生はいないみたいだから、部室へ帰ろう」
「はいっ」
「あら、もう帰っちゃうの? 職員室にだれもいないから、寂しかったのに」
久坂先生が物憂げに見つめてくるけど、すみません。
見つけたUSBメモリを調べないといけないんです。
久坂先生にばれていないことに胸を撫で下ろしつつ、俺は職員室を後にした。




