第38話 文研のパソコンを救う秘策
「USBメモリをつかわなくても、データを転送する方法なら、あるぜ」
加賀谷先輩が、これ見よがしに眼鏡の縁をくいっと押し上げる。
「いい方法があるんですかっ?」
「ああ。無線LANを使うんだよ」
無線LANを使う?
「学校には、俺たちの張ったネットワークが構築してある。学校の掲示板は、俺らのネットワークからアクセスしてるんだが。うちの無線LANルータに接続して、俺らのネットワークから学校で契約してるクラウドにアクセスすれば、家でもファイルやデータを送れるようになるぜ」
加賀谷先輩の饒舌が部室に響き渡る。
文研の部員たちが、読書を止めて加賀谷先輩を見やる。
なんだかよくわからないパソコンの用語が、たくさん飛び出してきたぞ。
この人は、いったい何をやろうとしてるんだ?
「せ、先輩っ」
柚木さんにシャツを何度か引っ張られた。
「か、加賀谷先輩」
「なんだよ。最高の案だろっ」
「いやあの、よくわからないので、もう一度説明してください」
加賀谷先輩がギャグ漫画のキャラのようにずっこける。
「だあからっ、お前らのパソコンから、俺らの無線LANルータに接続して、俺らのネットワークからクラウドにアクセスすればいいっつってんだろ!? 簡単じゃねえか」
「そんなことを言われましても、俺たちはパソコンに詳しくないんですから、一気に説明されてもわかりませんよ。どうか、もう少し、わかりやすく教えていただけませんか」
加賀谷先輩は、怒り心頭とばかりに俺を睨んでいたが、部長の困惑している姿に気づいて押し黙った。
加賀谷先輩が、重たい身体を起こして黒板へ向かった。
「よし、わかった。どこからわかんねえんだ?」
「すみません。まずは仕組みというか、概略を教えていただけませんか。図で書いていただけると嬉しいのですが」
「んなこたあわかってるよ。だから、黒板の前まで来てやったんだろ」
加賀谷先輩がチョークを取って、黒板に図を描いていく。
黒板の真ん中に、ひとつの円と雲のような模様が描かれている。
円の中心には「ネットワーク」と書かれている。雲のような模様には「インターネット」と書かれている。
この図は、将来的に役立つものかもしれない。
「柚木さん。あの図をノートへ写しておいて」
「はいっ」
円の左端に四角形の何かがあり、それから四つの点線が伸びている。
点線の向こう端には、別の四角形が描かれている。インターネットにも直線が伸びている。
直線の向こう端には、「クラウド」という別の雲がつながっていた。
加賀谷先輩が、左端の四つの四角をチョークで指した。
「いいか。文研のパソコンはこれだ。文研のパソコンは今、スタンドアロン――じゃねえな。どこのネットワークにもつながっていない状況だ。これだとインターネットに接続できねえから、他のマシンへデータを転送することができねぇ」
「はい」
「インターネットに接続すりゃいいんだが、すぐには接続できねぇ。配線の問題とか、セキュリティの問題があるからな。だから無線LANを使うんだよ」
加賀谷先輩が、四つの四角から伸びる点線を指した。
「うちの部には無線LANルータがある。文研のパソコンからも無線でつなげれば、学校のネットワークからインターネットへアクセスできる。そうすりゃクラウドにアクセスできっから、データなんて転送し放題っつうことだよっ」
一気に説明して、加賀谷先輩がドヤ顔で俺たちを見下ろす。
「すみません。無線LANというのがわからないのですが、無線ってトランシーバーとかのことですか?」
「んあ? そっから説明しないといけねえのかよ。ああ、そうだよ。ケーブルでつないでるのが有線で、つないでねえのが無線だよ。お前ら、スマホでWiFi使ってんだろ!」
「WiFiって……どんなものでしたっけ」
加賀谷先輩が、またこけそうになった。
「そっから説明しねぇといけねぇのかよ……」
まずい。文研の空気がまた重くなってしまった。
「よ、ようするに、無線でつなぐLANなんですね。では、LANというのは、インターネットに接続するときに使うLANケーブルのLANのことですか?」
「そうだよ。厳密には違うが、まあ、それでいいよ」
ケーブルでつながないLANケーブル。意味が少し不明だが、ケーブルを使わないでインターネットへアクセスする方式が無線LANなんだな。
先生が弱り果てて俺を見やる。
「宗形くん。どういうことなの?」
「ええと、先生のうちのパソコンは、インターネットに接続できますよね。そのときに、パソコンとモデムをケーブルでつないでると思いますが、あれがLANケーブルです」
「パソコンとモデムをケーブルでつないでる? ああっ、あの青いケーブルのこと? パソコンに差すと、かちゃって音の鳴る」
「そうです。あのケーブルです」
加賀谷先輩の目論見が、だんだんとわかってきた。
「ほな、無線ちゅうのは、ケーブルを使わいでインターネットへアクセスでけるちゅうことなんやな」
「そういうことになります」
部長も話を理解できているようだ。
俺は黒板の前へ行って「ネットワーク」の絵を指した。
「ネットワークのことは理解できていませんが、文研としては、無線LANを使えばインターネットにアクセスできる、という認識でいいですか」
「それでいいよ。詳しく説明するのがめんどくせえから」
「あと気がかりなのはクラウドですね。クラウドというのはテレビでよく聞きますけど、簡単に言うとなんなのですか?」
「クラウドを説明すんのもめんどくせえな。サーバ上で公開してるサービスのことだよ」
「サーバ上で公開してる、サービス?」
「よ、ようは、インターネットでアプリを利用できるっつうことだよ。お前は、インターネットからアクセスできる便利なもんくらいに考えてりゃいい」
つまり、インターネット上にデータを保管しろということなんだな。
俺は「クラウド」の絵から直線を引いて、家の形の絵を黒板の右下へ描いた。
「クラウドはインターネットからアクセスできます。自宅にパソコンがあって、インターネットにアクセスできれば、クラウドに保管したデータを、自宅のパソコンへ転送できるということなんですね」
「そういうこった。やっと理解したか」
「はい。ということは、その逆も可能なんですよね? 自宅で執筆した小説のデータをクラウドへ保管して、文研のパソコンからアクセスするというのも」
「当たり前だ。じゃなきゃ方式を変更する意味がねえよ」
加賀谷先輩の描いた、意外と丁寧な図を見直す。
これはすごい仕組みだ。壮大かつスマートだ。
これからUSBメモリを廃止できるし、文研でインターネットに加入する必要もない。
仕組みが難しくなるのは欠点だけど、それは俺や加賀谷先輩で賄えばいい。
この方式なら、教頭先生を納得させられるかもしれない。拳を強くにぎりしめた。




