第37話 ウィルス感染の原因はUSBメモリ!?
文研の部室へ戻り、加賀谷先輩に昨日の顛末を改めて説明した。
「なるほどね。だいたいのことは、わかった――わかり、ました」
加賀谷先輩は、俺の席の横に椅子を置いて座っている。
先輩の左側には、部長がにこにこしながら次の言葉を待っている。
「ウィルスの感染を防ぐには、アンチウィルスソフトを、インストールするのが、第一です。アンチウィルスソフトがあれば、インターネットで、ダウンロードした、ファ、ファイル、も――から、ウィルスを検知できます」
部長のとなりで耳を傾けていた先生が、ばんと机を叩いて立ち上がった。
「ほら! やっぱり先生の言った通りじゃないっ。それを早く買いに行くわよ!」
「すごいですね、先生!」
柚木さんに褒められて、先生がさらに勇躍するが、
「いや、ちょっと待って」
加賀谷先輩が、歓喜するふたりを制止した。
「なんか問題でもあるの?」
「問題があるというか、アンチウィルスソフトをインストールするのは、当たり前の、作業です。ウィルスに感染したとか、関係なく、その、じ実施するもの、だから、直接的な対策にはならない」
「どういうこと?」
先生が両目をぱちくりさせる。柚木さんは、ぽかんと口を開けたまま絶句している。
今日の加賀谷先輩は、滑舌がひどく悪い。俺がフォローしないと。
「アンチウィルスソフトのインストールは、パソコンを管理する上で必ず行うなんですよね? だから、今回のランサムウェアの感染の直接的な対策にならない」
「ああ、そう。そんな感じ」
加賀谷先輩が、ズボンのポケットからハンカチを取り出す。額の汗をごしごしと拭った。
「では、先輩。今回のランサムウェアの感染の直接的な対策をするためには、俺たちは何をすればいいんですか?」
「その前に、ランサムウェアに感染した原因を、知りたいんだが。お前は知ってるのか?」
「いいえ。知りません」
「はあ? なんだよそれ。お前、そんなんでよく俺に、助けを――」
そう言いかけて、加賀谷先輩が縮こまった。部長のにこにこした表情に変化は見られない。
ランサムウェアに感染した原因はなんだ?
教頭先生へ提出する対策ばかりを考えて、どうしてランサムウェアに感染したのかを考えていなかった。
「そもそも論になりますが、うちのパソコンはどうしてランサムウェアに感染したんでしたっけ」
「そないなもんは簡単よ。あいりちゃんが全部知ってるんやさかい」
部長の言葉に、先生が飛び跳ねそうなくらいに驚く。
「あ、あたし!?」
「当たり前や。あのパソコンを壊したんは、あいりちゃんやろ」
部長の言う通りだ。うちのパソコンにランサムウェアを感染させたのは、紛れもなく先生なんだ。
「先生は、どうやってランサムウェアを感染させたんですか?」
「ランサムウェアを、感染させただなんて、い、言いがかりよ」
「俺の言い方が間違っているのは気にしないでください。対策を考えるために、少しでも多くの情報が必要なんです」
「そうだけど、げ、原因を考えるのは、後でもよくない?」
先生は、探偵にトリックを暴かれた犯罪者のようにうろたえている。
部長の笑顔がぴたりと止まった。
「あいりちゃん」
「ひぃ、ごめんなさいごめんなさい! ち、違うの。あたしは、何も知らないのっ。でも、昨日のことは、お思い出したくないから、考えたくない、だけで」
先生は腕で顔を隠して、両手をものすごい速さで振り回している。
追い詰めちゃうと、昨日みたいに泣いちゃうな。
右手を出して制止を呼びかけると、部長は静かに嘆息した。
「原因が究明できないとなると、困りましたね。どうやって対策を考えればいいんでしょう」
「いや、待て」
加賀谷先輩は身体を向けて、ランサムウェアに感染しているパソコンを見つめている。
「あのパソコン、スタンドアロンだったよな」
「スタンドアロンってなんですか?」
「インターネットにつながってねえよなって言ってるんだよ!」
加賀谷先輩が振り返って激怒する。それだったら、最初からそう言ってくださいよ。
「インターネットには、つながっていないですよ。執筆するだけのマシンですし、インターネットにつなげると、管理作業が増えそうでしたので、パソコンを導入したときのままにしてあるんです」
「そんなことは別に、あ、そうだったのか」
加賀谷先輩が不自然に納得する。
「それが何か関係あるんですか?」
「大いに関係あんだよっ。ウィルスの感染経路は、だいたい三つしかない。ひとつは、電子メールの添付ファイルからの、感染。ふたつ目は、Webページの、アクセス。三つ目は、外部記憶媒体からの感染だっ」
電子メールの添付ファイルは理解できる。他のふたつは正確に理解できない。
「Webページというのは、インターネットやホームページのことですよね」
「ああ、そうだ」
「では、三つ目の外部記憶媒体というのは、なんですか?」
「外部記憶媒体っつうのは、CDとかUSBメモリのことだよ」
USBメモリ!?
「つっても、CDでデータのやりとりや書き換えはしねえから、ウィルスの感染経路になるのは、USBメモリだけさ」
なんということだ。文研で管理しているUSBメモリが悪用されただなんて。
柚木さんが困惑して俺を見やる。
「あの、どういうことなんですか」
「文研のパソコンは、インターネットに接続していない。電子メールとホームページのアクセスは、どちらもインターネットに接続しないと利用できないんだ」
「ということは、原因は、三つ目のUSBメモリしか――あっ!」
柚木さんが部室の本棚を見た。
本棚の上に置いている保管庫を取り出した。机の真ん中へ持っていき、蓋を静かに開ける。
保管庫には、いくつかのUSBメモリが入っている。加賀谷先輩も保管庫の中を覗いた。
「お前ら、USBメモリでデータを管理してんの?」
「はい。インターネットに接続していませんので、USBメモリを使わないと、データの受け渡しができないんです」
「それはわかるけどさあ、学校でUSBメモリなんて使ったら危ないぜ。ウィルスに感染する以前に、盗難とか紛失したらどうすんの?」
「その可能性はありますけど、ルールを決めて正しく運用してるんですから、問題はないはずです。うちの部員に限って、USBメモリを盗んだり、紛失させる人はいないんですから」
「かーっ、マジかよ。そりゃ教頭も怒る――」
加賀谷先輩は、俺たちを罵倒するところで口を止めた。
部長が、落胆を禁じ得ない様子で、
「今までは問題がなんも起きんかったけども、昨日みたいな問題が起きてしもたんやさかい、これからはもうあかんよ」
加賀谷先輩の意見にそっと同意した。
「ですが、部長。USBメモリを禁止されたら、文研のパソコンでは執筆できなくなります。それでは、没収されるのと同じですよっ」
「そやなあ。それも困りもんや」
「ですから、副部長としてUSBメモリの廃止には賛同しかねます」
「そやけども、むなくん。このUSBメモリを廃止せんと、教頭せんせは納得せんよ。それとも、USBメモリをそのまんまにして、教頭せんせを納得させる案が他にあるん?」
そんな案を俺に出せるわけがないじゃないか。部長は意地悪だ。
しかし部長の困り果てた表情に、いつもの意地悪する余裕さはない。
「この人の、言う通りだぜ」
加賀谷先輩が緊張しながら言葉をつなげる。
「文研の連中が、いい奴らしかいないとしても、ミスは絶対にする。USBメモリに重要なデータが、入ってたら、紛失して大きな問題になるんだ。教頭は、それを絶対に許さないぜ。諦めるしかねえよ」
そんなことを言われても、引き下がることはできないんだ。何か、いい方法はないのか。




