第35話 パソコン部の部長を説得する秘策
「で、にいは僕に何をしてほしいの? 教頭先生を倒してほしいわけ?」
「いや、そうじゃない。パソコン部の部長を説得する方法を、いっしょに考えてほしいんだ」
「パソコン部の部長を説得ぅ?」
比奈子が顔を突き出して、目を丸くする。
「なんで、そこでパソコン部の部長が出てくるわけ? 説得するのは、頭の固い教頭なんじゃないの?」
「教頭先生の説得の仕方は、だいたいわかってるんだよ。文研のパソコンをちゃんと復旧させて、学校へコンピュータウィルスが蔓延しないように対策できれば、たぶん説得できるから」
「まあ、そうだよね。あの人、すっごい頑固っぽいから、方法なんて他にないものね」
比奈子が小さく何度かうなずく。
「結論はもう出てるじゃん」
「いや、結論がまだ出てないから困ってるんだ。コンピュータウィルスの対策は何をすればいいのか。どんな方法を提示すれば、パソコンに詳しい教頭先生を納得させられるのか」
「そんなこと言われたって、パソコンを触ったこともないのに知るわけないじゃん」
「だから、パソコン部の部長の力を借りたいんだよ」
比奈子を俺をしげしげと眺める。
「そういうことね。だったら、パソコン部の部長を説得すればいいじゃん」
「それも難しいから、お前に相談したいんだよ。パソコン部の部長に会って、文研のパソコンを診てもらったんだけどさ。陰険というか、かなり気難しい人でさ。プレゼントでも持っていかないと、手伝ってくれなそうなんだよ」
「なるほどね。まあ、親交のない部活の難題を解決してくれって言われたら、だれだって嫌がると思うけど」
比奈子の言う通りだ。俺は、横になって枕に肘を立てた。
「そうだよな。俺も知らない部活の問題を解決しろって言われたら、困るもんな」
「当たり前でしょ。なんか、本当に余裕ないんだね」
比奈子が息をついて苦笑する。
「それでも、パソコン部の部長になんとかしてもらわないと、文研のパソコンが没収されちゃう、ということね」
比奈子が椅子の背もたれに顎を乗せる。首を何度か動かして思案する。
「なんかさぁ、弱みとかないの?」
「弱み?」
「そ。パソコン部の部長が、びびって従わざるを得なくなるようなもの。たとえば、重大な秘密を知ってるとか」
比奈子の口から、とてつもない言葉が出てきたぞ。
「パソコン部の部長を脅す気か!?」
「そうよ。がっと脅せば、親交のない人だって簡単に動かせるんだから」
「そうかもしれないけど、そんなことをしたら良心が痛むぞ。パソコン部の部長は何も悪くないんだから、いくらなんでも、それは――」
「かーっ。だからにいは、いつまで経っても、ことちゃんにアタックできないのよ」
柚木さんは関係ないだろ。
「いい? 今の文研には猶予がないんだよ。だれも傷つかない方法でのろのろやってたら、教頭に切れられて、パソコンが全部没収されるの。それでもいいわけ!?」
「いや、よくはない」
「そうでしょ。それに、脅すって言ったって、利用するのは今回だけにすればいいじゃん。『ごめん』って後で謝って、文研の部費でパソコンの部品でも、なんでも買ってあげればいいじゃん。そんなことも考えられないの!?」
この妹はやはり切れ者だ。滝のような言葉の怒涛さに、何も言い返せなかった。
「ひなの言う通りだけど、パソコン部の部長の弱みを、どうやってにぎったらいいんだ?」
「それはまあ、パソコン部の部長に接近して、いろいろ聞き出すしかないんじゃない?」
「そうなんだが、パソコン部にのんびり聞き込んでいたら、それこそ手遅れになるだろ」
比奈子がそっと後退りする。
「でも、そうするしかないじゃん。他にいい方法があるわけ?」
「ないから困ってるんじゃないか」
比奈子の破天荒な案で、ひとつの答えが出そうだったけど、また振り出しに戻ってしまった。
こうなれば、パソコン部の部長を四の五の言わさずに拉致するか?
「パソコン部の部長のことで、知ってることはないの?」
「知ってること? そうだなあ。偏屈なところと、体型が太めだったところと、あとはパソコンに相当詳しそうなところくらいかな」
「なんかさぁ、他にないの? もっとこう、弱みをにぎりやすいところは」
「無茶言うなよ。今日初めて会ったのに、そんな都合のいい欠点がわかるわけないだろ」
パソコン部の部長は、部室の一番後ろの席に座っていて、複数のパソコンや電子機器を見事に使いこなしていた。
IT企業に就職する人は、きっとあんな人なんだろうな。
そういえば、パソコン部へ押しかけたとき、柚木さんにはまったく話しかけていなかった気がする。
「そういえば、柚木さんと全然話してなかったなあ」
「どういうこと? 話してなかったって」
「今日、柚木さんとふたりでパソコン部へ押しかけたんだけど、パソコン部の部長は柚木さんと一回も会話しなかったんだよ。柚木さんが怖がってたっていうのも、大きな理由だけど」
「ことちゃんは人見知りするからね。その部長もおんなじなんじゃないの?」
「そうだけど、パソコン部の部員は全員が男子で、女子はひとりもいなかった。もしかしたら女子が苦手なのかもしれない」
「女子が苦手っていうのは、弱みになるかもね。文研って逆に女子の部員ばっかりだから、女子だけでパソコン部へ押しかけてみるとか?」
「それはいいかもしれないな。文研の部員も人見知りが多いから、お願いするとなると部長が適任か」
部長なら、パソコン部のあの閉鎖的な空気でも、呑気に振舞えるだろう。
そういえば、うちの部長が高杉先生といっしょに帰ってきて、パソコン部の部長に声をかけてたな。
あのときのパソコン部の部長は様子がおかしかった気がする。
疲れ果てていた俺の脳裏に、眩いばかりの光芒が差し込んだ。
この手ならパソコン部の部長を確実に説得できる!
俺は飛び起きて、比奈子の肩をつかんだ。
「な、なにっ」
「ありがとう、ひなっ。お陰でいいアイデアが浮かんだよ。お前はやっぱりすごいな!」
「そうなの? 自己完結されると、こっちはいい迷惑なんだけど」
「安心しろ。お前との約束も必ず果たすっ。よおし、待ってろよ! 完璧な案を出して、文研のパソコンを死守してやるからなっ」
頭がすっきりしたら、喉が渇いてきた。
部屋を飛び出して、一階のダイニングへ向かった。




