第32話 先生のうちでも対策は決まらない?
近くのコンビニでお弁当を買って、夕食をとってから話し合いを再開させた。
「教頭先生は、ウィルスに感染しない方法を考えろって、おっしゃってたけど、そんなの、どうすればいいのよ。全然わかんないわよ」
先生がテーブルに肘をつく。柚木さんも困り果てて、
「コンピュータウィルスって、病気のウィルスなんかと同じように対策できるんですかねなんか、イメージが沸かないんですけど」
「そうよね。コンピュータウィルスっていうのが、どういうものなのかもわからないんだから、対策しろって言われたって無理よ」
先生の言う通りだ。
だけど、コンピュータウィルスの正体がわかれば、対策も考えられるということになる。
「このまま考えていても、いいアイデアは出ませんから、インターネットで調べてみませんかっ?」
柚木さんの提案に、先生の顔が明るくなった。
「それ、いいわね! 先生のパソコンで調べてみましょう」
テーブルの隅に置かれている、薄いピンク色のパソコンを立ち上げる。
電源のついたディスプレイを、柚木さんといっしょに覗き込む。
「部室のパソコンが壊れたばっかりなのに、別のパソコンでその原因を調べるというのは、少し野暮ですね」
「仕方ないでしょ。パソコンでググった方が、すぐに解決できるんだからっ」
先生を眺めて、柚木さんがくすくすと笑った。
先生からパソコンを借り受けて、デスクトップの左上に表示されているブラウザのアイコンをクリックする。
検索サイトを表示し、画面中央にある入力ボックスに「コンピュータウィルス」と打ち込むと、一千万件以上のWebサイトが検索された。
「すごい。こんなにたくさん情報が出るんですね」
「ネットって、なんでこんな簡単に情報が探し出せるのかしらね。いつも不思議に思うわ」
「あ、そうですよね。だれかが情報を提供してるんでしょうか」
インターネットで情報を提供しているのは、日本のプロバイダや世界各国のネットユーザたちなんだろうな。
「コンピュータウィルスは、どうやら有害なプログラムのことのようですね。パソコンに寄生するから、ウィルスと呼ばれてるんですね」
「プログラムって、パソコンを動かしてるアプリのことよね?」
「おそらく。正体が悪いアプリだとわかれば、大よその感触はつかめそうです」
「先輩、見てください! 他にもたくさん書かれていますよっ」
柚木さんの指す記事を読み進める。
コンピュータウィルスには、有害なことをする以外にも、いくつかの特徴があるのか。
病気のウィルスみたいに伝染したり、パソコンに潜伏する機能なんかもあるんだな。
「コンピュータウィルスを駆除するためには、アンチウィルスソフトが必要らしいですね」
「それはどこで手に入るんですか?」
「さあ。パソコンにインストールするソフトだから、家電量販店に売ってるんじゃないかな」
「それよっ!」
先生が不意に立ち上がった。
「そういうことなら善は急げよっ。これからそれを買いに行きましょう!」
勇躍して部屋を出ていこうとする先生の手首をつかんだ。
「先生、ちょっと待ってくださいって」
「なんでよ。そのアンチなんとかソフトっていうのを買えば、文研のパソコンが治るんでしょ。宗形くんたちはパソコンが使えるようになるし、あたしは教頭先生から怒られないで済むから、万々歳じゃない」
「違うんです。パソコン部の部長は、パソコンを修理する方法にアンチウィルスソフトを挙げなかった。それはきっと、アンチウィルスソフトでは解決できないからなんですっ」
「そうなの? 単に気づかなかっただけでしょ」
「その可能性も否定できませんけど、あの人は大事なことをぽかんと忘れるような人じゃない。だから、きっと違うと思うんです」
「じゃあ、どうするのよ!? 他にいい方法なんてないじゃない」
つかんでいた先生の手首を離す。
先生はきまりの悪そうな顔つきで、元の場所へ戻った。
「文研のパソコンに仕掛けられたランサムウェアには、パソコンの中にあるファイルを操作する特徴がありました。パソコン部の部長は、ファイルを元に戻す方法がないから、OSを再インストールして、パソコンを初期化するしかないとおっしゃってたんです。ですから、アンチウィルスソフトでは対処できないのだと思うんです」
「そうだったんだぁ。パソコン部の部長がそう言ってたんだったら、その方法しかないんだね」
先生がだらりとテーブルに突っ伏す。右腕がパソコンに当たり、がたっと音がした。
「先生、諦めないでください! いい方法は必ず見つかりますよっ」
「そんなこと言われたってぇ。あたしじゃもう、どうしたらいいのか、わかんないしぃ」
先生の宝石のような瞳が、うるうると震える。
柚木さんが心配して先生の背中をさする。先生は声を出して、泣き出してしまった。
「あらら。なんだか、にぎやかねぇ」
部屋の隅で静かにしていた部長が、俺の肩に寄りかかってきた。
部長の柔らかい感触に、胸がどきっと高鳴る。
部長が俺の気持ちも知らずに、重たい瞼を開いて目をこする。
「さっきまで寝てたんですか」
「せやかて、もう、うちの就寝時間をすぎてるんやもん。眠くなるわよぅ」
まだ夜の九時になっていませんけどね。
「それに加えて、今日はいつになく、がんばりすぎてしもた、さかい、頭にまわす、エネルギーも、残ってへんし」
「そうですね。今日の部長は、とてもがんばってましたね」
「ほんまに? ほな、ご褒美の、アイスを」
柚木さんが振り返って目を見開く。部長の肩をつかんで、俺から強引に引き離した。
「あうっ」
「山科先輩っ、何してるんですか。起きてくださいよっ」
「堪忍して、おくれやすぅ。うち、もう眠い」
「それだったら、わたしが枕になりますっ! 先輩にだけはだめですっ」
柚木さんが部長の肩を揺らす。眠たそうな部長の表情は、本気で苦しんでいそうだ。
見かねて、部長から柚木を引き離すと、
「先輩っ」
「部長をあんまりいじめちゃ可哀想だよ。部長だって、がんばってたんだから」
「そうですけど」
「今日はもう遅いし、このまま時間を費やしても埒が明かないから、そろそろ帰ろう」
柚木さんは、むっと口を閉ざしてしまったが、こくりと小さくうなずいてくれた。
「部長。帰りますよ。立てますか?」
「立てない。おんぶぅ」
「それは、さすがにだめです」
先生が泣き止んでタクシーを呼ぼうかと提案してくれたけど、俺は丁重に断った。




