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第30話 あいり先生のうちに突入!?

「ごめんなさい」


 いつの間にか泣き止んでいた先生が、ぽつりと言った。


「あたしの不注意のせいで、文研のみんなを巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」


 先生は、濡れた瞳をふるわせている。机の一点をずっと見つめていた。


「壊してしまったパソコンは、先生が弁償するから。だから、みんなはもう帰って」


 今回の問題は、先生ひとりが悪いわけじゃない。文研の全員の不注意と怠慢が生んだ問題なんだ。


「あのですね。先生は、此度の問題を自分ひとりのせいだと思い込んでいませんか?」


「だってそうでしょ。先生の不注意でパソコンを壊しちゃったんだからっ」


「直接的な原因はそうです。どうやったのかはわかりませんが、先生の誤操作がコンピュータウィルスを呼び出してしまったのは事実です」


「ほら、やっぱり先生のせいなんじゃない! だから――」


「いいえ、違うんです。この問題は、そんなに短絡的な原因によって引き起こされたものじゃないんです」


「えっ、どういうことなの?」


 先生が当惑して言葉を詰まらせる。


「俺は、コンピュータウィルスのことなんて全然知りませんが、それは先生だって同じですよね?」


「うん」


「先生には失礼ですけど、パソコンにそれほど詳しくない先生が、悪意をもってコンピュータウィルスを仕込めるとは思えません。それに、あのパソコンにウィルスを仕掛けた理由やメリットもありません。つまり、あのパソコンに仕掛けられたウィルスは、どこかから持ち込まれたものではないかと思うんです」


「あっ、なるほど!」


 柚木さんが感嘆してペンを止める。


「だれかが、何かしらの目的で、部室にウィルスを持ち込み、それを先生がつかんでしまった。先生がつかんだのは、まったくの偶然で、タイミングを間違えれば、俺や柚木さんも犯人になる可能性があったんです」


「そうですよね。先生が持ち込んでないんだったら、わたしたちも間違える可能性があったんですよね」


「その通り。そして、コンピュータウィルスの侵入を未然に検知できなかったことや、ウィルスに感染した後の対策方法を考えていなかったのは、先生だけの責任ではありません。俺たち文研の部員たち全員の責任です。ですので、部員の代表として、俺や部長には責任を負う義務があるんです」


 先生が、ぽかんと口を開けて俺を見つめている。


「要は、連帯責任ちゅうことな」


 部長が言葉を添えてくれた。


「そういうことです。これは文研の全員で解決しないといけない危機です。ですから、俺たちも全力で協力しますっ」


「義務やとか危機やとか、むなくんは硬い言葉を使うんが好きやなぁ」


「すみません。熱が入りすぎてシリアスになってました」


 柚木さんがくすりと笑った。


「わたしも、先生や文研のために協力しますっ!」


「うちは、この辺でもう帰りたいんやけども、帰っちゃあかん?」


「山科先輩は部長なんですから、帰っちゃだめですよっ」


「むなくんと柚木はんが残ってくれるんやさかい、うちは帰ってもええでしょ」


「だめです! 山科先輩は、何がなんでも残ってくださいっ」


「そんなぁ。柚木はんのいけずぅ」


 部長が、わざとらしく袖を濡らす仕草をしたので、つい吹き出してしまった。


「ほな、しゃあない。部長のうちがちゃんと見れてなかったんも原因や。最後まで面倒みようか」


「そうですね。帰りは遅くなってしまいますけど、もう少しがんばって話し合いましょう」


 先生はきょとんとして、俺たち三人をじっと見つめていた。


 そして、またハンカチを取り出して泣き崩れた。


「ありがとう、みんな」


「あいりちゃんは、泣き虫はんやね」


 部長が見かねて先生の肩をさする。柚木さんはペンを止めて、もらい泣きしていた。


「でも、もう部活の時間が終わっちゃいましたから、部室にはいられないですよね。どうしましょうか」


「そやな。カフェにでも移動しようか」


 部長の案はかなり無難だが、


「俺たちと先生がカフェにいるのを、PTAとかに見られたら、それはそれで問題になりませんか?」


「あっ、そうですよね。PTAの人たちって、そういうのうるさそうですし」


「そやけども、他にええ場所なんてあるん?」


「ないですね」


 部活の終了時間を前にして、席を立つことができない。


 部長と柚木さんも困り果てて、身じろぎできずにいた――。


「わかったわっ!」


 先生が、だん! と机に手をついて立ち上がった。右手に持っていたハンカチが床に落ちる。


「なら、うちで部活のつづきをやりましょっ!」


 先生の自宅で打ち合わせをするんですか!?


「いいんですか?」


「もちろんよっ。みんなが、あたしや文研のためにがんばってくれてるんだもん。あたしの部屋でよかったら、好きにつかって!」


 突拍子もない提案に、開いた口がふさがらない。部長と柚木さんも唖然としている。


 しかし、先生の自宅だったら人目につかないし、お金もかからない。長時間の話し合いにうってつけだ。


 返答しかねて部長を見やる。部長はこくりとうなずいた。


「では、せっかくですので、先生のご自宅をつかわせてください」


「うんっ。そうしてっ」


「ほほ。あいりちゃんのプライベートルームを拝見ね」


 部長が肩を揺らして笑った。



  * * *



 小間市駅のとなりにある稲田山いなだやま公園の駅に電車が停車する。


 駅のホームは、左側に大きく湾曲している。電車から降りる乗客は、俺たちの他に二、三人しかいない。


 ホームに駅員の姿はなく、売店も当然ながら存在しない。


「先生って、一人暮らしをしてるんですか?」


 柚木さんが駅の改札にICカードをかざす。


「そうよ。お給料が低いから、普通のマンションにしか住めないんだけどね」


「一人暮らししてるなんて、すごいですっ。さすが先生ですねっ!」


 声を弾ませる柚木さんに、先生がまんざらでもない顔で、


「そ、そうかしら。まあ、先生も大人だからねっ」


 右手を立てて、「おほほほ」と笑った。


 遮断機の上がった踏み切りを越えて、稲田山公園の傍の夜道を歩く。


 片道一車線の狭い道路だけど、車の交通量は多い。


 それにしても、先生のうちか。


 一人暮らしをしているというのは、学校の噂で聞いたことがある。うちに訪問できる日が来るなんて。


 どんなうちなのか、無言で歩いていると、つい想像してしまう。


 歩道の隅を歩いていると、縁石に足を踏み外しそうだ。事故にならないように、気をつけないと――。


「むなくん、さいぜんから、ぼうっとして、あいりちゃんのお部屋が気になってるん?」


 後ろの首筋に、唐突に息を吹きかけられる。俺は慌てて部長から離れた。


「な、なに言ってるんですかっ。そんなわけないでしょ!」


「おほほ。お顔に気持ちが、くっきりと出てるわよん」


 前を歩く柚木さんが、白い顔で目を細めている。


「先輩、目がなんだかやらしいですっ」


「あ、いや……すみません」


 先生が振り返って苦笑した。


「先生のうちは普通のマンションだから、楽しいものなんてひとつもないわよ」


「いえいえ、そうではおまへんのよ、あいりちゃん。むなくんくらいの年齢の男子にとって、せんせのおうちは秘密の花園なんよ。ねえ、むなくん」


「そうなの?」


 先生が真顔で首をかしげる。俺はたまらずに、部長の首根っこをつかんだ。


「思ってもいないことを、勝手に代弁しないでください」


「やせ我慢したかて無駄よ。うちはなんでもお見通し――」


「黙らないと、もっと力を込めますよ」


「きゃん。むなくんが、うちをいじめるぅ」


 部長のか弱い悲鳴が、夜空に響いた。


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