第29話 文研の対策会議が決まらない
「ほな、今日の部活はもう解散な。あいりちゃんも、こないな感じやし」
部長の突然の指示に、部員たちがざわめく。
「しかし、部長。まだ部活の終わる時間じゃないですよ」
「そうですよ。わたしたちにも、できることはないですか」
部員たちの言葉に、胸がじんと熱くなる。
部長はにっこりと微笑むと、すぐに表情を戻して、
「みんなで残ってもすることがないから、今日はおとなしく帰るんよ」
優しいけど、決然とした言葉で部員たちを諭した。
「むなくんは副部長やし、文研で一番パソコンに詳しいさかい、まだ残ってな」
「もちろんです」
部員たちが、とぼとぼと部室を出ていく。部長が不安げに、彼らの背中を見つめていた。
「ほな、うちらで対策会議しよか」
「はい――」
いつも使っている机に移動しようとしたら、柚木さんがそこに立っていた。
「柚木はん。なにしてるん? あんたも早う帰りな」
「わたしも何か手伝います!」
「手伝いますって、言われてもなぁ。他のみんなは、もう帰しちゃったし」
柚木さんは机にかけた鞄を漁り、ピンク色の大学ノートを取り出して、
「会議の内容を記録する人が必要じゃないですか!? わたしが書記になりますっ」
早口で部長を捲くし立てた。
部長が、珍しく困惑した面持ちで俺を見やる。俺はうなずいた。
「柚木さんの言う通りです。重要な話し合いをするんですから、話し合った結果を記録してもらった方がいいですよ」
「そうやろうか」
「はい。柚木さんも、文研のためにがんばりたいと言ってるんですから、素直に力を借りましょうよ」
柚木さんは、赤い顔で目をきらきらさせていた。
「そういうことだから、柚木さんは書記をお願いね」
「はいっ!」
部室の隅で泣く先生を連れてきて、四つの机をつなげたテーブルを四人で囲む。
「ほな、まずは状況を整理しようか。むなくん、あのパソコンのわかっとるとこを簡単に説明しいや」
「はい。あのパソコンには、ランサムウェアというコンピュータウィルスが仕掛けられています。ランサムウェアは、パソコンを使えなくして、パソコンを元に戻す替わりに身代金を要求するウィルスなのだそうです」
「身代金を要求しはるんか。そら難儀やなぁ」
「身代金というのがとても厄介で、お金を支払ったところで、壊されてしまったパソコンは元に戻してもらえないのだそうです。そのため、被害に遭ってしまったパソコンのOSを再インストールするしかないと、パソコン部の部長がおっしゃっていました」
「うちらよりもパソコンに詳しい人が言うとったのやから、その指示に従っといた方がよさそうやな。ほして、OSの再インストールちゅうんは、簡単にでけるん?」
「いえ。パソコン部の部員くらいの知識がないと、できないと思われます」
となりで、柚木さんがノートにシャーペンを走らせている。
「ごめん、話のペースが早かったね」
「だいじょうぶですっ。わからないところは後で聞きますので、先輩たちは会議を続けてください!」
部長が、柚木さんを見て微笑んだ。
「ほな、OSの再インストールちゅうのをするときは、パソコン部にやり方をおせてもらおうか」
「そうですね。OSの再インストールには、もうひとつ懸念しないといけないことがあるんです」
「もうひとつ懸念せんといけへんこと?」
「俺も詳しいことは知らないんですが、OSを再インストールすると、パソコンに保存してあるデータが全部消えてしまうのだそうです」
「あらま。そら、えらいことねぇ」
「うちのパソコンは、データをバックアップしていません。ですので、あのパソコンのデータは諦めるしかないんです」
部長がパソコンをしげしげと眺める。
「データが消えてしまうんは厄介やけども、あのパソコンを、そのまんまにしておくわけにはいかへんさかい、データは諦めるしかないなぁ」
「データのバックアップを取っていれば、よかったのですが、どうして、そのことに頭がまわらなかったのでしょうか」
「終わってしもたことを悔いても、なんにもならん。ほな次は、うちらの報告をしよか」
あのパソコンの問題は、ひと通り報告できたはずだ。部長は、何を議題にあげるつもりだろうか。
「部長と先生は、教頭先生へ報告したんですよね。教頭先生から何か言われたんですか?」
「そらもう、どえらいことを言われてしもたよ。このまんまだと、うちのパソコン、みな没収や」
「没収!?」
柚木さんがペンを止めて声を上げた。
「す、すみませんっ。会議を続けてください」
「そら、柚木はんもびっくりするやね」
微笑む部長の表情に、険しさが戻った。
「教頭せんせは、今回の問題にかんかんや。うちらのパソコンが壊れたんは、コンピュータウィルスのせいだって、すぐに気づいとったわ」
教頭先生は、パソコンに詳しい人だったんだな。
「コンピュータウィルスに感染したんは、うちらがしっかりしておらんせいやさかい、パソコンを管理でけへんうちらに、パソコンを預けられへんちゅうんが、教頭せんせの言い分や」
「とても厳しい言葉ですけど、何も言い返せないですね。パソコン部の部長からも、ウィルスの対策ができていないと、さっき厳しく言われてしまいましたから」
「そないなこと言われてもなぁ。うちらはパソコンに詳しくないんやから、なんでも器用にでけへんよ」
部長の気持ちは、すごくよくわかります。
「ほして、あのパソコンを元に戻して、コンピュータウィルスちゅうのに感染せん方法を提出せな、うちのパソコンは、みな没収しはると、教頭せんせに言われてしもたんや」
「そういうことでしたか。とてつもない難題を吹っかけられてしまいましたね」
「そやし、むなくんにええ案を出してほしいんよ。うちはパソコンのこと、いっこも知れへんから」
「そうしたいのは山々なんですが、俺もパソコンには詳しくないですし」
「そないなこといわんといて。なんでもええさかい、案を出しいや」
部長の余裕のないお願いに、返す言葉が思いつかない。
放課後のチャイムが鳴る。
気づいたら陽は沈みかけ、部室の机が夕日に照らされて、橙色の光に包まれている。
ディスプレイの閉じられているノートパソコンは、側面からちかちかと青い光を発していた。




