第23話 イケメンの木戸先生と落ちつかないあいり先生
六月になって、雨の日が多くなった。
朝からどんよりとした雲が重苦しく空に広がっている。
「俺としたことが、部室に置き忘れてしまうなんて」
昇降口でビニール傘をたたんで、表面についた水滴を落とす。
朝の八時前だから、昇降口に生徒の姿は見えない。
二階へ上がって文研の部室へ向かう。部室に忘れた小説を、早く取りにいかないと。
梅雨の雨模様が廊下に入り込んでいるせいか、校内の空気がひどく蒸し暑い。
部室の教壇側の扉が開いている。そこから、固い何かを触る物音がする。
なんで、部室の扉が開いてるんだ? それに、この物音は?
もしかして、泥棒? それとも、幽霊とか?
部室の前で震えていると、戸口から背の高い男性が、にゅっと姿を現した。
「おや」
「木戸先生?」
背がバレーボールの選手のように高い。この人は木戸先生だ。
白のワイシャツに、ズボンは黒のスラックスを穿いている。礼儀正しくて真面目な先生って感じだ。
顔はすっきりとした面長で、髪型は無駄のないショートヘアだ。教師というより、サラリーマンっぽい。
「きみは文研の部員かな?」
「はい。二年の宗形です。文研で副部長を務めています」
「ああ、副部長の。どこかで見たことがあると思ったら、新歓で部活紹介をやってたね」
木戸先生が手を打って微笑む。
「そうなんですけど、木戸先生はうちの部室で何をしてたんですか?」
「いや、別に。扉が開いてたから、高杉先生が来てると思って見に来たんだよ」
「そうでしたか」
校内でいろんな噂が流れているのに、そんなことを俺に打ち明けてもいいのだろうか。
「高杉先生は朝の弱い人ですから、こんな時間に部室には来ませんよ」
「あはは。そうだね」
木戸先生は年甲斐もなく笑った。
「ところで、部室の鍵がかかっていなかったけど、鍵はだれが管理してるんだい?」
「僕と高杉先生です。昨日は鍵を閉めたはずですけど、その後に高杉先生が部室に入ったんでしょうね。部室のパソコンをちょくちょく使ってるみたいですから」
「だから、鍵がかかっていなかったのか」
「前にも先生が鍵を閉め忘れていますから、先生が犯人で間違いないです」
高杉先生のそそっかしい性格には、頭を悩まされる。
「それは危ないね。部室の貴重品を盗まれたら大変なことになる」
「はい。僕や部長からも言ってるんですけどね。先生はそそっかしい人ですから、なかなか治ってくれなくて困ってます」
「指導しても改善されていないのか」
木戸先生が、ファイルの持っていない左手に目を落とす。
銀色のごつくて高そうな腕時計が鋭い光を放つ。
「おっと。そろそろ職員室へ戻らないと。じゃあ宗形くん。部室の鍵をよろしくね」
「わかりました」
木戸先生の後ろ姿は、すらっと細長くて、テレビドラマの俳優みたいだ。
俺もあれだけ背が高ければ、クラスの女子からもてたりするのだろうか。
「先生に見とれてる場合じゃない。『きみの夢は』はあるかなっ」
開いている扉から部室を覗く。いつも使う机の上に小説が置いてあった。
* * *
雨は放課後でも降り続いている。部室の窓から覗く空模様は、朝と変わらずにどんよりとしている。
「雨、降り止まないですね」
柚木さんが本を置いて空を見上げる。
雨の勢いはさほど強くない。しとしと落ちてくる水滴が、窓に当たって視界を遮る。
「梅雨だからね。天気が悪いのは仕方ないよ」
「そうですけど、晴れてないと気分が暗くなっちゃいます」
柚木さんも同じことを考えてるんだな。
「先輩は、雨の日は好きですか?」
「普通かな。傘を差すのが面倒だけど、部屋でおとなしく本が読めるのは、嫌いじゃないし」
「そうですよね。雨が降ってると、部屋にいる口実ができますから、わたしたちみたいなインドア派には都合がいいですよね」
「そうそう。家にいても外に出ろって言われないから、気兼ねなく本が読めるんだよね」
「あ、わかります、それっ」
柚木さんが無邪気に笑った。
「柚木さんってインドア派なの?」
「めちゃめちゃインドア派ですよっ。当たり前じゃないですか」
「そうなの? ひなとよく外で遊んでた気がするけど」
「それは、ひなちゃんが外へ出たがるからですよ。わたしだって、先輩と同じで一日中本を読んでいたいタイプなんですから、アウトドア派じゃないことだけは確かですっ!」
言われてみれば、その通りだ。
「先輩は、アウトドア派の人の方が好きですか?」
「いや、インドア派の方が好きだね。アウトドア派の人といたら、退屈させちゃいそうだから」
「先輩は、インドア派の方が好きなんですねっ」
柚木さんが首を動かして何度か頷いた。
「こんにちはー」
教壇の方の扉が、がらがらと開く。リクルートスーツ姿の高杉先生が入ってきた。
「先生、こんにちは」
「はいっ、こんにちは」
先生がにこっと微笑んで、部室のノートパソコンを立ち上げる。
「あの、先生。昨日の夜もパソコンを使いました?」
「えっ!? なんで知ってるの?」
先生が大げさに驚いてバランスを崩す。
大きく仰け反った拍子に椅子が後ろへ傾いて、そのまま転倒しそうになった。
俺は慌てて後ろから先生を支えた。
「あ、ありがとう。宗形くん」
「驚き過ぎですよ、先生」
「だって、宗形くんが脅かすようなことを言うから、びっくりしちゃったんだもん」
俺は昨日にパソコンを使ったか訊ねただけだったんだけど。
「なんで先生が、部活の終わった後にパソコンを使ったことを知ってるの?」
「はい。朝のホームルームの前に部室へ行ったら、鍵がまた開いていたんです。なので、先生が犯人かなと思ったんですよ」
「う。そういうことね」
先生がばつの悪そうな顔をする。
「そうです。たぶん先生が犯人です」
「やっぱりそうでしたか。鍵の閉め忘れは、盗難のリスクが上がりますから、何度も繰り返すと危ないです」
「はい。今度から気をつけます」
先生が、親に説教をされた子どもみたいに謝った。




