第22話 柚木さんと部長の関係も気になる
駅で柚木さんと別れて、比奈子と並んで帰路に着く。
デパートの裏手の坂を降りて、コンビニの傍を通り過ぎると、
「で、にいの方はどうなのよ」
比奈子が、肩にかけた鞄の紐をにぎりながら聞いてきた。
「どうなのよって、何がだよ」
「とぼけないでよ。ことちゃんとはうまくいってるの?」
「うまくいってるのって言われてもなあ。仲はいいと思うけど」
「そういうことが聞きたいんじゃないんだけど」
比奈子が歩きながら項垂れる。
「ことちゃんだって、にいに気があるんだから、もっと積極的にいかなきゃだめでしょ。なに呑気に空なんか見てるのよ」
「それはいいだろ、別に」
俺は、雄大な空を眺めるのが好きなんだ。
「早くしないと、新たなライバルが現れて、その人にことちゃんを奪われちゃうんだよ」
新たなライバルって、少年漫画のキャラクターみたいで、ちょっとかっこいいぞ。
「お前の方はどうなんだよ」
「僕?」
「そうだよ。俺にばっかり聞いてくるけど、お前の方はそういうのはないのか?」
「僕は別に、そういうのはないけど」
比奈子が夕空を見上げる。
「クラスの男子には興味ないしなぁ。かと言って、空手部の先輩でも気になる人はいないし」
比奈子に意中の人はいないんだな。聞いておいてなんだが、兄として少しほっとする。
比奈子がちらっと俺を見て、すぐにそっぽ向いた。
「いたとしても、にいには言わないけどね」
「言えよ」
今晩の夕食は鰈の煮付けと麻婆豆腐、野菜炒めと味噌汁がついていた。
ご飯を掻き込んで二階へと駆け上がる。
面倒だけど、試験勉強をしておこう。学習机に世界史の教科書とノートを広げる。
「にい、入るよ」
後ろの扉の開く音がする。
「あれ、にい、勉強してるの?」
「そうだよ。俺だって試験で赤点は取りたくないからな」
「ふーん」
ベッドにどさっと物の乗る音がした。
「にいの成績だったら、勉強しなくたって赤点なんか取らないでしょ」
「そんなことはない。気が散るから、用がないんだったらお前も勉強しろよ」
「漢検一級もってるのに? 嫌味ったらしいっ」
シャーペンを持って分厚い教科書を開いてみたけど、勉強に集中できないな。
「ことちゃんも漢検もってるんだってね。知ってた?」
「知ってるよ。前に本人から聞いたからな」
「へえ、そうなんだぁ。ちょっと意外かもっ」
机とベッドの間のテーブルに、俺がいつも使っているコーヒーカップが置かれている。
ミルクの入ったホットコーヒーが、カップにいっぱいになるまで淹れられていた。
「コーヒー淹れてくれてたんだな。サンキュー」
「淹れたのは僕じゃないけどね」
「だろうと思ったよ」
コーヒーカップの取ってを持って、コーヒーを一服する。
インスタントコーヒー特有の単調な味が口いっぱいに広がる。
「部活でちゃんと会話してるんだね。ちょっと安心したかも」
比奈子もピンク色のコーヒーカップをもってコーヒーを飲む。
「彼女はいい子だよ。部室にいつも顔を出してくれるし、図書委員の手伝いも積極的にやってくれるから」
「聞いたよ。ふたりで図書館に行ったりしてるんでしょ。嫌らしっ!」
「そういう言い方をするな」
コーヒーカップをテーブルへ戻した。
「でも部長とは、あんまりうまくいってないみたいで、それが少し気がかりかな」
「部長?」
「部長がいると、柚木さんの機嫌が悪くなるんだよ。部長のことが嫌いなのかな」
比奈子が両目をぱちくりさせる。
「文研の部長って、どんな人?」
「ひなは知らないのか。部長はとってもマイペースな人だよ。いつも寝てて、なんというか、つかみどころのない人だね」
「なにそれ。そんな変な人が文研の部長なの?」
「変と言えば、そうだな。京都の出身じゃないのに京都弁みたいな言葉で話すし、理由もなく俺に引っ付いてくるしな」
「にいに引っ付くぅ?」
比奈子が露骨に嫌そうな顔をする。
「その人、もしかして、ゲイとかそっち系の人?」
「ゲイ? 部長は女の人だよ」
「あ、そうなんだ。部長っていうから、てっきり男子なんだと思った」
「空手部の部長は男の人だからな」
比奈子が眉をぴくんと動かす。
「えっ、待ってよ。部長は女の人なのに、いつもにいに引っ付いてるの?」
「そうだよ。部長は先輩だから、俺も対処しづらくて困ってるんだけどね」
「ふーん。そういうことぉ」
比奈子が小悪魔っぽさ全開のしたり顔で嘲る。
「そういうことぉって、なんだよ。なんかわかったのか?」
「別にぃ。ことちゃんが可愛いなあって、思って」
「柚木さんが可愛い? それはどういう意味だよ」
さっきの話に、柚木さんが可愛くなる要素なんてひとつもなかったぞ。
「文研の部長って、僕は一回も見たことないけど、にいは部長のことをどう思ってるの?」
「どう思ってる? さあな。うちの学校でトップスリーくらいに入るほど、きれいな人だから、嫌いじゃないけど、それ以上に何かがあるわけじゃないし」
「よくわかんないけど、部長と付き合ったりしたくはないってこと?」
「付き合うのなんて、無理に決まってるだろ。俺なんかじゃ相手にもしてもらえないぞ」
部長は、俺をいじりやすい後輩のひとりだと認識しているだけだ。
一年の頃から部長を観察し続けてきたからわかる。
「そういうことね。ふーん」
比奈子が得心して何度か頷いた。
「なんかわかったのか? なら、教えてくれよ」
「なんのことー? 頭の悪い僕じゃ、よくわかんなーい」
「おい、ひなっ」
比奈子がコーヒーカップを置いて立ち上がった。
「そういうことなら、にいは気にしなくてもだいじょうぶよ。ことちゃんも、そのうちにわかると思うから」
「わかるって何がだよ。部室で気まずくなるから困ってるんだぞ」
「そんなこと言ったって、しょうがないでしょ。じゃあ、ことちゃんに言いなよ。部長と仲良くしてって」
そんなこと言えるわけないだろ。言えば余計に気まずくなってしまう。
「じゃ、部屋でゲームしてこようっと。あ、そのカップ、後でいっしょに洗っといてね」
比奈子がさらりと身勝手な要求を出して、部屋から出ていった。




