表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

155/164

第155話 告白のこたえは

「やあ。ひさしぶりだね」


 右手をあげて、自然を装って歩み寄る。


 柚木さんは立ち上がって、少し後ずさりした。


「比奈子から、聞いたんだ。きみが、ここにいるって」


 まずい。緊張で頬や顎の筋肉がこわばっている。言葉が滑らかに発せられない。


 柚木さんはスマートフォンを両手で抱えていた。顔を少し下げて、鋭い眼光を俺に発している。


 今まで一度も向けられたことのない敵意だ。でも、この眼光を俺は何度か見たことがある。


 村田だ。この子が村田に向けているものと同じなんだ。


「最近また寒くなったけど、風邪を引いたりしてないかい?」


 当たり障りのない会話で切り出してみる。しかし、柚木さんの怖い表情は変化してくれない。


「この前、『煉獄れんごくのごとく』を読んでさ。なかなか面白かったよ。主人公の復讐心というか、執念深さに対する描写が鋭くて――」


「なにしに来たんですか」


 ぴしゃりと言い捨てられてしまった。怒った柚木さんの心は、今日も分厚い氷に覆われているか。


「なにしにって、きみと話がしたいだけだったんだけど、そんな許可をいちいちいただかないといけないの?」


「うそをつかないでください。部活に出ろって、また言いに来たんでしょう?」


 きみの意中は俺の的を射ているけど、そんな端的なことをしに、ここまでわざわざ来たわけじゃない。


「そうじゃないよ。俺は、本当に話がしたいだけなんだ」


 貴重な昼休みが刻々とすぎていく。


 早く気持ちを伝えなければいけないが、本題を切り出すことができない。


 柚木さんは、鋭い目で俺を見つめていた。俺の様子をうかがうように、身じろぎせずに、ずっと。


 無言の圧力と気まずさに、心がむしばまれてしまいそうになった頃、


「わたしは、部室には行きません。行かないって、もう決めたんですから」


 また冷たく言い放って、俺に背を向けてしまった。彼女との距離が急に遠くなっていく――。


「待って!」


 足がひとりでに動いた。彼女を追って、その細腕を力強くつかんだ。


「はなしてくださいっ!」


 彼女の悲鳴に、はっとする。慌てて手をはなした。


「違うっ。違うから、俺の話を聞いてくれ」


 落ち着いていた胸の鼓動が、また急速に早くなっていく。


「俺は、その、きみにそばにいてほしいんだ。きみのことが、好きだから」


 どうやって彼女を説得すればいいのか、わからない。気持ちが逸って、説明する順序を組み立てることができない。


「ひなに言われて、気がついたんだ。自分の気持ちに。きみがはなれて、きみがそばにいてくれないことのつらさに」


 俺は、しどろもどろになって、訳のわからないことをしゃべっている。正面を向くことができない。


「だけど、きみが俺の話を聞いてくれないから、ひなにお願いして、きみと会えるようにしてもらったんだ。だから、文研に勧誘したいわけじゃない」


 柚木さんは、俺を受け入れてくれるのか。あたりの冷たい空気が、暖かくなったような気がした。


 俺は決然と前を向いた。


「きみと、またいっしょにいたい。だから、昔みたいに、俺のそばに――」


「ひなちゃんから、そう言えって吹き込まれたんですか?」


 柚木さんの冷たい一撃が、突然に俺たちの間の空気を裂いた。


「いや、そういうわけでは――」


「好きだって言えば、わたしがおとなしく従うと思ったんですか?」


 柚木さんのこわばった表情は、変わらなかった。好きだと言ったのに、どうして。


「ひなには、きみを説得しろと言われたけど、あいつに、強制されたわけじゃない。俺は、あくまで俺の意思で、きみに会おうとしたわけで、あいつに言われなかったら、きみに会おうとしなかったわけじゃないっ」


 まずい。柚木さんの剣幕に気圧されてしまう。


「ひなに吹き込まれてなんか、いない。俺は、心の底から、きみといっしょにいたいと思ってるんだ」


 俺はうそなんてついていない。だから、柚木さん。俺を信じてくれ!


「うそ、です」


 柚木さんの言葉が、急にか細くなった。


「先輩の言葉は、うそばっかりです。先輩は、やっぱり、わたしに、文研に戻ってほしいだけなんです」


 それは違う! そんなことは断じてありえない!


「違うよ! 文研に戻ってきてほしいっていう気持ちはあるけど、そんなことはどうでもよくて――」


「好きだって言えば、わたしを文研に連れ戻せるって、ひなちゃんに言われたんですよね。ひなちゃんは、わたしの気持ちがわかってるから」


 柚木さんの悲しい言葉に、胸が張り裂けそうになる。


 ああ、どうして、こんなに誤解されているのか。


「わたしは、全部お見通しです。先輩とひなちゃんには、もうだまされません」


 校舎から昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。この寂しい空気を無常に奏でるように。


「有栖川先輩と、お幸せに。わたしは、もう、文研には戻りませんから」


 柚木さんが睨むように俺を見た。きびすを返して、ゆっくりと去ってしまった。


 俺は、ふられたのか。


 今しがた起きた出来事を受け止めることができない。


 足の力が失われる。愕然と片膝をついた。


 どうして、こんな結末になってしまったのだろうか。


 彼女が入学してから、ずっと仲良くしてきたのに。


 魂が抜けてしまった身体は、立つ気力すら俺に与えてくれない。


 秋の肌寒い風が吹く昼下がり。生まれてはじめて感じる挫折だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ