第152話 宗形の態度が諸悪の根源!?
「ま、いいわ。その人のことは。にいもその人も、付き合おうとは思ってないんでしょ?」
比奈子が急に明るい声で言った。
思い切りがいいというか、頭の切り替えが早いんだよな、こいつは。
なんで、こんな瞬時に発想を切り替えることができるのだろうか。
「ああ。俺も有栖川も、そういう気持ちはない」
「じゃあ、それをことちゃんに伝えるしかないわね」
「そうなんだが、柚木さんにメールを送っても、何も返事してくれないんだ」
「あ、そっか」
比奈子が弾けるような声で言う。
「ことちゃん、強情っていうか、意地っ張りなところがあるから、喧嘩すると大変なんだよね。どうしよっか」
喧嘩すると、ということは、お前も柚木さんと喧嘩したことがあるのか。
「柚木さんと喧嘩したことがあるのか?」
「あるよ。一回か二回くらいしかないけど、仲直りするの大変だったんだから」
そうだったのか。比奈子と柚木さんが喧嘩しているところは、あまり想像できないが。
ん? でも、夏休みに、そういうことがあったな。
あのときは、どちらかと言うと、比奈子が意地を張っていたような気がするが。
「ことちゃんは、一度喧嘩すると、なかなか許してくれないから、地道に説得するしかないね」
「地道にか。たしかに、それしか方法はないんだろうが」
テーブルに肘をついて考える。
大まかな対策は、それしかないのだろうが、もう少し具体的な方法を導き出したいんだよな。
「参考に聞きたいんだが、お前が柚木さんと喧嘩したときは、どうやって仲直りしたんだ?」
「僕? うーん、どうかな。どうやってというか、お互いの気持ちが落ち着くまで、待ってただけだと思うけど」
お互いの気持ちが落ち着くまで、待つか。
「喧嘩したばっかりのときって、僕もことちゃんも謝る気がないから、話しても喧嘩になるだけなんだよね。だから、三日か四日くらい待って、ことちゃんとやっぱり遊びたいなって思ったら、ご機嫌をうかがう感じで連絡してみるかな」
お前は、柚木さんのご機嫌をうかがったりしてるんだな。自分勝手なやつだとばかり思っていたが。
「すると、ことちゃんも遊ぼうって言ってくれるから、喧嘩したことはとりあえず水に流して、いつも通りに遊んでる感じかな。もちろん、喧嘩したときの話はしないようにしてね」
比奈子に相談してよかった。暗かった前途が、少しずつだけど明るくなってきた。
比奈子が顔を上げた。その表情に怒りや不満は感じられない。
「ことちゃんを説得するのは、難しいかもしれないけど、がんばってよ。にいとことちゃんが喧嘩別れするのは、見たくないから」
「ああ。がんばるよ」
「で、結局のところ、にいはことちゃんのことをどう思ってるの?」
どう思ってる? 相談は終わったのに、なんで、そんなことを聞くんだ?
「どうって、大事な後輩だと思ってるけど」
「そうじゃなくて、好きなのかどうかって、聞いてるのよ」
う。比奈子の奇襲じみた突撃が、またしても俺のどまんなかにクリティカルヒットした。
「なんだよそれ。俺が柚木さんを嫌ってるわけがないだろ――」
だんっ! ものすごい音がした。
息つく間もなく、俺は比奈子に胸倉をつかまれて、
「いい加減にしなさいよっ。彼女にしたいのかどうか、ここできっぱり白状しなさい!」
待て、待てっ。苦しいっ。喉がつぶされて、このままだと窒息するから!
比奈子の、熊をも窒息死させかねない力を、なんとか引き離そうとする。
俺の脆弱さではどうしようもないが、比奈子が見かねて手を離してくれた。
「にいだって、もうわかってるんでしょ。曖昧な気持ちで説得したって、ことちゃんは応じてくれないんだからね」
そんなことを言われても、柚木さんからすかれている実感なんてないんだ。
それなのに、俺に告白のようなことをさせるなんて――。
「ちょっと待てっ。俺に、そういうことを言わす気なのか!?」
「当たり前でしょ。にいって、ばかなの?」
ばかなの、は余計だろ。これでも漢検の一級をもってるんだぞ。
「ことちゃんは、にいのことが好きなのよ。それなのに、部活の先輩と後輩として仲直りしましょうって言われて、はい、そうしましょうって、言ってくれると思ってるの?」
「いや、でも、柚木さんが俺を。え、そんなわけないだろ」
柚木さんが、俺のことを好きだなんて、どうしても信じられない。
俺なんかのどこがいいんだ。見た目は普通だし、背だって特別に高いわけじゃないし、運動神経なんかも悪い。
いいとすれば、学力が校内で高い方であることくらいしかないが、俺よりも頭がよくて、もっとかっこいい男なんて、この世には腐るほどいるだろ。
「にいってさ、何もわかってないんだね」
比奈子が呆れるように言った。
「なにがだよ」
「なにもかもよ。ことちゃんがにいに愛想をつかしたのは、にいのそういう態度が原因なんだからね」
俺のこういう態度が、原因?
「ことちゃんは、にいのことが好きだけど、にいは、なんだかはっきりしない。しかも、クラスメイトの他の女子と仲良くしてる。こんなの見たら、ことちゃんだって、自分のことは好きじゃないんだって思うでしょ」
そうなのか? 確信はもてないけど、比奈子の言葉にうなずくしかない。
「だから僕は、早く付き合えって、言ってきたの。今だったら、わかるでしょ」
「わかるでしょって、言われてもなあ」
比奈子の言葉には説得力があるのだが、自分の中で釈然としないというか、柚木さんに告白して成功する確信がどうしても持てない。
告白のようなことをして、失敗したら、それこそ取り返しのつかないことになる。
そんなリスクを背負うくらいだったら、無謀なことはしないで、柚木さんの気持ちが落ち着くまで待った方がいいのではないか?
比奈子が気だるそうに頬杖をつく。俺を検問するように見上げて、「はあ」とため息をついた。
「一応、僕からもことちゃんを説得してみるけど、当てにしないでよね。さっきから言ってるけど、ことちゃんは頑固だし、何よりも、にいの気持ちをたしかめたがってるんだからね。わかった?」
「お、おう」
「声が小さい! もっと大きな声でっ」
「なんだそれ!? 体育会系っぽいノリはいらないだろっ」
俺が思わず奇声を発すると、比奈子は露骨に嫌そうな顔をしたが、やがて呆れたようにそっと口もとをゆるめた。




