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第141話 副部長たちの悩み

 比奈子のサッカーの試合の様子を話したら、有栖川が笑顔で食いついてきた。


 ひとりで三点も入れていたことを話すと、


「ひな様は、やっぱりすごいお方ですわ」


 歌劇団の男役の女優に憧れるファンのように言った。


「すごいというか、ただの運動ばかなんだけどね」


「そんなことはありませんわ。ご自分の類い稀な才能を発揮して、チームの勝利に貢献する。とても素晴らしいことですわ」


 今日もあいつが、本人の知らぬ間にべた褒めされている。


「わたくしは、みなさまを引っ張っていくような、強靭な力や才能なんて持ち合わせておりませんから、ひな様のようなお方に憧れますわ」


 となりの部屋に住んでても、うるさいだけなのにな。


「あいつは、そんなにいいやつじゃないよ。わがままだし、自分勝手だし。この前なんか、有栖川のうちに行った件で、しつこく聞いてきたから」


「わたくしのうちへ来られた件で、ですか?」


 有栖川が「まあっ」と驚く。


「わたくし、ひな様に悪いことをしてしまったのかしら」


「あ、いや、そうじゃないよ」


 有栖川が不思議そうに首をかしげる。余計な話をするんじゃなかった。


「あいつは、長所と短所がはっきりしているというか、そんなにすごいやつじゃないからね。あんまり褒めない方がいいよ」


「そうなのでしょうか。わたくしは、ひな様とお会いしたことがありませんので、その辺りのことは存じ上げませんけれど」


「有栖川は、ひなに会ったことがないんだっけ。会ったって、うるさいだけだよ」


「まあ、宗形くんは、先ほどからひな様の悪口ばっかりおっしゃって。ひな様のことがお嫌いなのですか?」


「いや、嫌いなわけじゃないけど」


 有栖川には冗談が通じないんだっけ。なかなか厄介な性格だ。


「とにかく、ひなは明日もサッカーの試合があるから、明日の試合を見てみればいいんじゃない?」


「そうですわね。ひな様のご活躍、ぜひ拝見させていただきますわっ」


 有栖川が、両手に手を合わせて言った。


 比奈子は、天才肌というか、人を引き付けるやつなのかもしれない。


 正面の席でにこにこしている有栖川を眺めていると、そんなことをぼんやりと考えてしまう。


「ひなは、カリスマ性というか、人を引き付けるものを持ってるのかもしれないね」


「カリスマ性、ですの?」


「夏休みの前に、あいつは文研の部員じゃないのに、文研の合宿に行きたいって言い出してさ。あいつも合宿に参加したんだけど、うちの部員とすぐに打ち解けたんだよね」


「それは、素晴らしいですわ」


「うちの部長なんか、あいつを一目で気に入っちゃってさ。人形みたいに扱ってたよ」


「まあ、山科先輩って、ひな様をお人形みたいにしてしまうのですね」


 有栖川が、また少しずれたことを言った。聞いてなかったことにしよう。


「俺は、ひなみたいに縦横無尽に動くことはできないから、羨ましいよ。あいつみたいに、人を引き付ける力があればいいんだけどね」


「人を引き付ける力、ですか」


 有栖川が口を噤む。


「その点は、わたくしも同意いたしますわ。わたくしも、いたらない部長代理ですから」


「そんなことはないと思うけど」


「いいえ。カリスマ性、という点において、部長も素晴らしい方でした。あの方の天性の才能と、冷めることのない情熱に、漫研の方々は多大なる影響を受けておりましたから」


 それは、うちの部長も同じだ。文化祭で見せた狐塚先輩との大勝負は、文研でずっと語り継がれることだろう。


「わたくしに、部長ほどの才能はありません。当たり前のことですけれど。それが最近、とても心苦しいのです」


 先輩に追いつけないことが、苦しい。


「部長の代わりが務まるように、漫研を導いていきたいのですが、わたくしにできるのは、鍵を管理することくらい。それを痛いほど感じてしまうんです」


「有栖川も、似たようなところではまってるんだな」


「似たようなところ、ですか?」


 有栖川が不安げに俺を見やる。


「俺も同じだよ。部長との差を感じて、いつも落胆してる」


「山科先輩は、部長と肩を並べられる方でしたから」


「そうだよ。あんな人たちの代わりをやれというのが、無理なことなんだよ。だから、有栖川が気にすることじゃない」


「そうなのでしょうか」


「そうだよっ」


 右手に力が入る。


「あの人たちは、プロの世界で活躍できる人だ。対して俺たちは、全然そんな感じじゃない。小説や漫画だって、ろくに書いてこなかった。それなのに、あの人たちと同じ土俵に立てるわけがないじゃないか」


 有栖川の前で、情けないことを言っている自分が悲しかった。


「だから、有栖川が気に留めることじゃない。気にしたって、俺たちには何もできないんだから」


 有栖川を直視することができない。膝に手をついて、うつむくしかなかった。


「宗形くんも、苦しんでおられるのですね」


 有栖川の優しい声が聞こえた。


「苦しんでるのは、わたくしだけなのだと思っていましたわ。実力も才能もないわたくしが、部長と自分を比べるなどという、大それたことを考えてるなんて、なんてはしたないことなのだろうと、思っておりました」


 顔を上げた先にあった有栖川の顔は、優しく微笑んでいた。


「わたくしは、宗形くんや、クラスのみなさまと考え方がずれていますから、わたくしの考え方は、とてもおかしいものなのだと思っていました。でも、そうではなかったのですね」


 有栖川の考えは、何も間違っていない。むしろ謙虚で、比奈子に見習わせたいくらいだ。


「それがわかっただけでも、心が救われますわ」


 有栖川に嫌われると思っていたのに、なんだか妙な雰囲気だ。


「俺、有栖川に軽蔑されると思ってたのにな。有栖川と話してると、やっぱり調子が狂うな」


「わたくしが、宗形くんを嫌う? どうしてですの?」


「いや、だって、かっこ悪いことを言ったから」


「かっこ悪いことなんて、おっしゃってませんと思いますけれど」


 有栖川が戸惑うように言う。


「どなたにも悩みはありますわ。実現できないことがあって、それを克服されるために悩まれることは、おかしいことではないと思います。ですから宗形くんは、かっこ悪いことをおっしゃられていないと思いますわ」


 勇壮に語る有栖川に、つい見とれてしまう。


 部長との力の差に悩む俺の考えが正当だということは、同じ悩みを持つ有栖川の考えも正当だと、自ら主張しているわけで――。


 有栖川は、しばらく目をぱちくりさせていた。やがて、はっと顔を赤くして、


「ご、ごめんなさいっ。わたくしのことを、棚上げしてしまいまして」


 慌てて弁明している姿が、この上なくおかしかった。


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