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第133話 部室のまわりにいたのは

 パソコンの操作で悪戦苦闘する先生を見て、一年生の村田が脳裏を過ぎった。


 ――その、文研に興味があって、先輩と仲良くなりたいんです!


 有栖川の豪邸へ行ったり、柚木さんが怖かったりしたから、彼のことをすっかり置き去っていた。


「先生。一年生で入部希望者がいるんですけど」


「入部希望者? ほんとに?」


 先生が手を止めて俺を見やる。


 柚木さんや他の部員からの視線も感じる。


「こんな時期に部活を変える子なんているの?」


「はい。俺も疑問に感じたんですけど、そういう人が稀にいてもおかしくないと思います。なにより、本人が文研の入部を強く希望しているみたいなので」


「こんな時期に、うちみたいにマニアックな部活に入らなくてもいいのにねえ」


 先生が呆れるような感じで笑う。


「運動部を辞めて、うちに入部したいって言ってましたので、帰宅部へ入るつもりで入部したいんじゃないですかね」


「そういうことね。それなら、仕方ないわね」


 先生があっさり納得する。融通が利くのは、この人の数少ない美点だ。


「先生も、部活なんてやる気がなかったから、高校のときは帰宅部だったもん」


「そうなんですか?」


「ええ。あたし、運動も勉強も得意じゃなかったから、熱心に活動する部活には入れなかったのよ。でも、部活には絶対に入りなさいっていう校風だったから、部活を探すのは大変だったわ」


 それだから、村田の気持ちがわかるのか。


「運動は俺も苦手ですけど、運動音痴にとって運動部は敷居が高いですよね」


「そうなのっ。弱い部活だったら、まだマシだけど、強い部活だと昭和のスポ根みたいなところもあるでしょ。失敗したら、校庭十周! みたいな」


「ありますね。しかも、罰則がだいたい連帯責任なんですよね」


「そうそう! あたし、中学生の頃はバレー部だったんだけど、顧問の先生が超スポ根だったから、地獄だったわよっ」


 そんな部活に入ったら、俺は一週間で辞めているだろうな。


 となりの柚木さんがくすりと笑って、


「わたしは中学校で吹奏楽部でしたけど、吹奏楽部の先生もすっごいスポ根でしたっ」


「そうなのっ!?」


 彼女の話題に先生が食いつく。


「吹奏楽部も強豪だと練習きついでしょ」


「はい。わたしの中学校は吹奏楽の強豪だったので、大変でしたっ」


「土日の練習は当たり前とか?」


「はいっ。土日の両方とも部活で、土曜日が朝から夕方まで練習っていう日もありました。時間にもうるさくて、友達が部活に遅刻して、反省文を書かされてました」


「なにそれ。超やだー」


 遅刻する度に反省文を書かされるなんて、ほぼ拷問じゃないか。


 きつい運動部や吹奏楽部なんかとくらべると、文研って案外いい部活なんだな。


「チアリーダーなんかも、結構ブラックなのよね」と先生。柚木さんが「はいっ」とうなずいて、


「わたしの中学校のチアリーダー部は、練習がむちゃくちゃ厳しかったそうです。チアリーダー部だった友達が言ってましたっ」


「そうでしょ。あたしの高校のチアリーダーもめちゃくちゃだったわよ。顧問の鬼塚っていう教師がいてさ、こいつがほんと鬼みたいな教師なのよっ」


「えっ、そうなんですか!?」


「だって、普段から竹刀を持ち歩いているのよ。それで、言うことを聞かない部員を竹刀でめちゃくちゃに叩くんだもん。あたし、その人の顔も見られなかったわ」


 竹刀を持ち歩いている体育教師って、漫画やアニメでたまに見かけるけど、そんな人が実在するんだな。


 そういえば、俺は先生になんの話をしようと思ったんだっけ。


「しかも、その鬼塚って、女の先生なのよっ」


「女の人で竹刀を持ち歩いてるんですか!?」


「そうなのよっ。アラフィフのおばさんで、髪型がいつもおばちゃんパーマで、着てるのもいつも赤いジャージだから、みんな『赤鬼』って呼んでたのよぅ。今考えると、めっちゃ受けるよね!」


 竹刀を持ったおばちゃんパーマの赤鬼か。


 想像すると、けっこう面白いな――じゃなくてっ。


 村田が文研に入部したがっていることを先生へ伝えたかったんだ。


「先生。あの、入部希望者の話がしたいんですけど」


「あ、そうだったわね。鬼塚の鬼みたいな顔を思い出してたから、忘れちゃったっ」


「鬼、鬼って連呼しないでくださいよ。気になりますから」


「わかったって。で、入部希望者ってだれなの? 宗形くんのお友達?」


「いえ。一年の村田くんっていうんですけど――」


 がたっ。となりの椅子から音がした。


「な、なんで、村田がっ」


 不意に立ち上がった柚木さんがふるえている。顔を赤くして、唇をひくひくさせながら。


「村田くんって、柚木さんの友達だよね。ちょうど――」


「友達なんかじゃないです!」


 柚木さんが叫ぶように即答した。


「村田なんて、文研に絶対に入れちゃだめですっ」


「いや、でも彼が入部したいって言ってるんだから、入部を拒否するのは――」


「だめです! 村田なんて入れたら、文研がだめになりますっ。だから、絶対にだめですっ!」


 ものすごい拒否反応だ。


 きみは、どうしてそこまで彼を毛嫌いするんだ。


「んだとっ、おい! 聞き捨てならねえなあっ!」


 ばんっ、と部室の扉を乱暴に開ける闖入者ちんにゅうしゃがいた。


 予期しない騒音に、先生と部員たちがびくりと反応する。


 狐塚先輩のように仁王立ちしていたのは、一年の村田だった。


 彼は扉に手をついて、部室を――いや、柚木さんを見つめている。


「おい、ゆずっ。なんで俺を拒否しやがるんだよ。ああ? 文研がだめになるって、どういう意味だよ!」


 ちょっと、声が大きい。――いや、なんできみが、こんなところにいるんだ。


「あら、あなた。さっきそこにいた子ね」


 茫然自失している部員たちの中で、先生がつぶやく。


「あなた、さっきから部室の前でうろうろしてたけど、入部希望者だったのね!」


 なんですとっ?


 茫然としている部員たちの表情が、疑惑と不信感に染まる。


 傲然とたたずんでいた村田が、急に焦り出して、


「部室の前で、うろうろなんかしてねえよっ。俺はただ、偶然っ、そこを通りがかっただけだ」


 だれでも見破れる嘘をついた。


「もしかして、この間から部室のまわりにいたのは、きみなの?」


 俺が追い打ちをかけると、村田の顔がさらに赤くなって、


「この間からって、しし、知らねえよ! しょ証拠もないのに、人をストーカー、扱い、するなっ」


 おろおろしながらぼろを出す。


 この間から部室を覗かれる視線を感じていた。


 柚木さんとパソコンの入門書を借りに図書室へ行った帰りに、殺意に似た視線を感じたんだ。


 こいつの目的は、なんだ? 純粋な気持ちで文研へ入部したいだけなのか?


 俺のとなりから、「だから嫌いなのよ」とつぶやく声がかすかに聞こえた。


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