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第128話 有栖川家のティータイム

 昼食の後に有栖川が屋敷を案内してくれた。


 お父様の趣味だという海外の名画や骨董品がいたるところに飾られているから、趣味の紹介だけで一日が過ぎてしまいそうだ。


 名前のよく知らない画家の描いた油絵とか、白くて大きいだけの壺に数百万円という値段がつけられているのだから、金持ちのお金の使い方って意味不明だ。


「少し休まれますか?」


 一階の客間へ戻ってきた頃に、有栖川が俺を見かねてそう言った。


「そうしてくれると助かる」


「わかりましたわ」


 カーテンの開け放たれた窓から、光が差し込んでいる。


 あの窓からどんな景色が見えるのだろうか。


 少し重い身体を起こして窓へ移動する。


 俺の視界に広がったのは、黄や赤に変色しつつある木々。銀杏いちょう紅葉もみじの紅葉しかけている色合いが、絶妙な景色を生み出している。


 他の木の名前はわからないけど、常緑樹の緑色や落ち葉の色とマッチしていて、すごくきれいだ。


「瀬場。ティーブレイクの支度をして頂戴」


 俺の後ろで有栖川の指示が飛ぶ。「かしこまりました」と、瀬場さんの低い声も聞こえた。


 紅葉の木のそばに、屋根のあるベンチが佇んでいる。


 うちの近くの公園でも見かけそうな、雨宿りのできるベンチだ。


 あのベンチで外の景色をもっと見てみたい。それは、いいアイデアだ。


「何を見てるのですか?」


 振り返ると、有栖川がすぐそばに来ていた。


「あそこにベンチがあるんだなあって、思って」


「はい。あれは、お母様がつくらせたベンチですわ。あそこで休憩するのが、お母様のお気に入りなんですの」


 有栖川のお母さんは、自然を眺めるのが好きなんだな。


「お嬢様。ティーブレイクの用意が整いました」


 瀬場さんが銀色の高級そうなトレイを運びながらあらわれる。


 トレイには、ティーポットやティーカップなどの茶器が揃えられている。


「ありがとう。では、早速――」


「ちょっと待って」


 屋敷の庭の紅葉を楽しめる場所に屋根付きのベンチがあるのだから、あそこで休憩してみたい。


 野外で紅茶を楽しむ方が、なんだかおしゃれだし。


「せっかくだから、あそこで休憩させてくれないかな。庭も案内してほしいし」


 有栖川と瀬場さんがきょとんとする。顔をしばらく見合わせて、


「お外でティーブレイクするのですか?」


 有栖川が首を少しかしげる。


「だめかな」


「いえ。お外でティーブレイクすることはあまりありませんので、少々珍しい趣向だと感じただけですわ」


 普通は外でお茶を飲んだりしないのか。


「ですけど、宗形くんのご希望であれば、お外でティーブレイクにいたしましょう」


 有栖川が、俺の提案をすんなり受け入れてくれた。


「急にわがままを言って、すまないね」


「いいえ。宗形くんはガーデニングの趣味がおありなのですか?」


 テラスでサンダルを穿いて、屋敷の庭へ出る。今日はよく晴れていて、日差しが強い。


「そういうわけじゃないよ。単にいい景色だなって思っただけだよ」


「宗形くんは山や自然が好きなのですね。日傘は使いますか?」


「いや、いいよ。日焼けはあまり気にしてないから」


 有栖川が白い日傘を開いた。


「山や自然が好きかと改めて言われると、どうなんだろうな。そういうことを特別に意識したことはないから」


「そうなのですか。でも、お嫌いでしたら、お外でティーブレイクをしようとはおっしゃりませんわ」


「そうかもしれないね」


 屋根付きのベンチのそばに、横長のウッドテーブルが置かれている。


 ベンチに腰かけて紅葉を眺める。


 なんとなく比奈子の顔が思い浮かんだ。


 紅葉がきれいだなんていう感想を聞かせたら、あいつはまた「老けてる」だの「老化がはじまった」と揶揄やゆするんだろうな。


「ひなに言ったら、また老けてるって言われるんだろうな」


「ひな、ですか?」


 有栖川がとなりで行儀よく座っていた。


「ひなは俺の妹だよ。あいつもうちの学校に通ってるんだぜ」


「えっ、そうなのですかっ? では妹様は、一年生?」


「そうだよ。一歳しか違わないから、普通の兄妹とは感じが少し違うかもしれないけど」


 普通の兄妹の感覚なんて、よくわからないけど。


「そうなのですか? わたくしには兄弟や姉妹がおりませんから、その辺りのことはよくわかりませんけれど」


「有栖川には兄弟がいないんだね。ひとりっ子って、俺は羨ましいけどな」


「そんなことはありませんわ。わたくしは、妹がほしかったですもの」


 妹や弟のいない人は、だいたいそう言うんだよな。


 妹や弟の可愛い姿なんて、漫画やテレビドラマで美化されたフィクションなのに。


「妹なんて、いない方がいいよ。うるさいし生意気だし、俺の言うことなんて、ちっとも聞いてくれないから」


「そうなのですね。宗形くんの妹様は、素直で可愛らしい子だという印象ですけれど」


「全然。むしろ真逆だよ。ひねくれまくってるし、ちっとも可愛くないし、手が付けられない困ったやつなんだよ」


 有栖川が「ふふ」と淑やかに笑う。


「兄妹のいる生活って、やはり楽しそうですわ。ひな様にお会いしてみたいですわっ」


「あいつはうるさくて、有栖川と性格が全然違うから、会わない方がいいと思うよ」


「あらっ、そんなことはございませんわ。わたくしだって、おしゃべりは得意ですのよ」


 瀬場さんが優雅に淹れてくれた紅茶を手に取る。


 ロイヤルミルクティーの甘い色と華やかな香りが心を躍らせる。


 紅茶の上品な味わいと茶の独特な渋みが口いっぱいに広がって、とても優雅な気分だ。


「この紅茶もすごいね。自販機で買えるミルクティーとは大違いだ」


 俺のへんてこな感想に、有栖川と瀬場さんが微笑する。


 瀬場さんが歩み出て、


「イギリス王室御用達の最高級の紅茶でございますから」


 とんでもない言葉をさらりと言いのける。


「イギリス王室御用達の紅茶なんですか!?」


「ええ。ご主人様と奥様は紅茶がとてもお好きでして、最高級の紅茶をお求めになられます。ですので、本場のイギリスから取り寄せているのです」


「それは、すごいですね」


「宗形様は、紅茶はよく飲まれますか?」


「いえ。俺はコーヒー派なんで、紅茶はあまり飲まないです」


 有栖川が俺の顔色をうかがうように、


「それでしたらコーヒーをお出ししましょうか」


 俺にまた気を遣いそうだったので、


「だいじょうぶ。紅茶も好きだから」


 有栖川の気配りを辞退した。


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