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第124話 有栖川の思いがけない誘い

「むなくん。その子、知り合いなん?」


 駅前の大きな交差点の横断歩道を渡り切った頃に部長が声を上げた。


「はい。あの、漫研の元副部長の有栖川なんですけど」


「有栖川はん?」


 部長が腕組みして小首をかしげる。


 柚木さんも肩掛け鞄の紐をにぎりしめて、有栖川をじっと見つめている。


 俺は有栖川と顔を見合わせた。


「じゃあ紹介します。有栖川は漫研の元副部長で、俺のクラスメイトです」


「有栖川と申します。よろしくお願い致しますわ」


 有栖川が背筋を伸ばしてお辞儀する。部長と柚木さんもつられてお辞儀し返す。


「有栖川は漫研の副部長だったんだけど、狐塚先輩が漫研の部員じゃなくなっちゃったので、今は部長代理として漫研を引っ張っているんです」


「いえ、引っ張っているだなんて、そんな」


 有栖川がとたんに赤面する。


「部長のご厚意で、わたくしは副部長を務めさせていただけただけですので、部長代理なんていう柄ではありませんわ。今だって、みなさまのおっしゃられるがままに部を見守ってるだけですし」


 部長が「ふうん」と有栖川を見つめる。


「ほな、あんたが、さおたんの言うとった由香梨ちゃんか」


「ゆ――あ、はい。そうですけど、どうして、わたくしの名前を」


「うちの部に可愛い後輩がおるって、さおたんがよお言うとったわ。あんたがそうなんか」


 有栖川が困惑して俺に目を向ける。有栖川も部長と柚木さんのことを知らないのか。


「紹介が遅れてごめんね。この人は文研の部長の山科先輩だよ。そしてこの子は、後輩の柚木さん」


「文研の元部長の山科どすぅ」


「一年一組の柚木と言います。よろしくお願いしますっ」


 部長と柚木さんが挨拶する。有栖川は部長をまじまじと見つめて、しばし呆気にとられて、


「あっ、あなた様が、文研の部長の山科先輩ですの!?」


 その場で卒倒しそうな勢いで驚いた。肩にぐっと力が入って、


「部長から、お話は伺っておりますっ。部長がっ、いつもお世話になっておりますわっ」


 へこへこと高速で頭を下げた。有栖川、緊張しすぎだ。


「ほほ。さおたんの言う通り、可愛い子な」


「部長が、申しておりました。文研の山科先輩は、部長と並び称されるほどのすごいお方なのだから、お前もあいつを参考にしなさいと」


「あら、すごいだなんて、由香梨ちゃんは褒めるのがお上手な。おほほほ」


 並び称されるって、なんだか三国志の武将を評価しているみたいだ。


 部長はおだてるとすぐに調子に乗るから、褒めるのはほどほどにしておいてくれよ。


「山科先輩と、常日頃からお話してみたいと思っていましたわ。お話ができて、とても光栄ですわ」


「うちも由香梨ちゃんとお話できて、とっても光栄よう。由香梨ちゃんから、ゆかたんに格上げしとこ」


「格上げ、ですの?」


 有栖川が、天然丸出しの真面目な顔で不思議がる。


 有栖川が柚木さんに身体を向ける。穏やかに頭を下げて、


「あなたは、一年生なのですね。漫研と文研はおとなりですから、うちの一年生と親しくしてあげてくださいね」


「あ、はいっ」


 柚木さんに優しく言った。柚木さんと四橋さんのことを教えておこう。


「柚木さんは、漫研の四橋さんと仲がいいんだよ」


「あら、そうですの?」


「この前なんか、ふたりで俺のうちへ遊びに来て、俺の妹と三人で遊んでたんだよ」


「そうでしたの。それは知りませんでしたわ」


 有栖川がしみじみとつぶやく。


「文化祭で文研と勝負をすることになったときは、文研との交流が途絶えてしまうのではないかと心配しておりました。けれど、昔の通りに交流が続けられて、よかったですわ」


 有栖川って天然で独特な雰囲気をもつ女子だけど、いいやつなんだな。


 文化祭の勝負が終わるまで、俺は漫研に勝つことしか考えていなかった。


 有栖川は、どんな気持ちであの勝負に臨んでいたのだろうか。


「むしろ、あの勝負があったから、柚木さんと四橋さんが仲良くなったんだよ」


「そうですの?」


「うん。文化祭の文研の監視員が四橋さんだったからね。彼女は融通の利く子だったから、何かと助かったよ」


「そういえば、漫研の部室へいらした文研の方と、親しくなられた方が大勢いましたわ」


「そうだね。部長や副部長の俺たちはともかく、部員は文化祭を楽しんでいたから、あの勝負が交流の切っ掛けになったんだろうね」


「そうでしたのね」


 有栖川が人の良さそうな顔で微笑む。不意打ちのような笑顔に、どきっとした。


 交差点の横断歩道を行き交う通行人が、俺たちのそばを通り過ぎる。


「あの、宗形くん」


 有栖川が振り返って俺を見ていた。


「うん。なに?」


「その、折り入ってお話したいことがありますの」


 俺に折り入って話したいこと?


「ほな、うちらは先に行くで」


 部長が気を利かせてくれる。


 柚木さんは俺と有栖川を不安げに見比べていたが、ぺこりと頭を下げて駅へと向かっていった。


「話って、なに? なんなら、そこのカフェにでも移動する?」


「いいえ。すぐに終わりますので、ここで結構ですわ」


 カフェでじっくり話は聞けないか。膨らんだ期待が一瞬で打ち砕かれる。


「そう。で、話って、なに?」


「今度のお休みなんですけど、予定は空いていらっしゃるかしら」


 今度のお休みの予定?


「今週の土日だったら、予定は特にないけど」


「文研は休日に部活をしていないのですか?」


「部活はしてないよ。休日に部活をやるほど、うちはやる気のある部活じゃないから」


「そうですか」


 有栖川が口を閉ざして考え込む。


「その点に関しましては、漫研も同じですわね」


 その点の他にも漫研と文研の共通点は多いと思うけどね。


「それでは、今週の日曜日のお昼に駅へいらしてください」


「駅に?」


「ええ。迎えを用意致しますわ」


 迎えを用意する?


「駅って、そこの小間市駅で待っていればいいの?」


「ええ。他の駅がよろしければ、それでも構いませんけれども」


 小間市駅は自宅の最寄り駅だから、小間市駅で待ち合わせをすることに異論はないけれど。


 有栖川が左手の手首を出して、銀だかプラチナだかわからない、小さいけどかなり高級そうな時計を見やった。


「あら、もうこんな時間。早く帰らないと瀬場せばに叱られてしまいますわっ」


 有栖川が鞄の紐を肩にかける。くるりと軽やかにきびすを返した。


「ではお時間ですので、今日はこれで失礼いたします」


「あ、待ってっ」


 有栖川は俺に背を向けると、少しもためらわずに駅へと走り去ってしまった。


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