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第123話 部活帰りで有栖川と

 秋の空に浮かぶ綿菓子のような雲が、黄金色に煌めいている。


 学校の上に広がる空は高くて、夏の空よりも青い色が薄くなっている。


 どこからともなく吹き付ける秋風が、部長や柚木さんの身体を揺らす。


 制服のミニスカートの裾がひらひらと舞う度に、俺は顔を背けて空を仰いだ。


「今日も風が冷たいですね」


 顔にマスクをつけている柚木さんが、部長と並んで歩道を歩いている。


 駅まで続く下り坂の車道には、今日もたくさんの自動車が行き交っている。


「そやな。うちも油断しとったら風邪を引きそうや」


「部長は今がとても大事な時期なんですから、風邪を引いたらいけませんよっ」


 言いながら、柚木さんは何か深刻な事態に気づいたのか、「はっ」と大げさに声を上げて部長から離れた。


「わたしのそばにいたら、風邪がうつります!」


「ほほ。マスクしたはるから、飛沫感染の心配はしなくても平気よ」


「そうですけど、万が一ということがありますし」


「柚木はんは人の心配ばかりして、ほんまにええ子な。そやから、こうや!」


 部長が不意に両腕を振り上げる。そして困惑する柚木さんに、がばっと後ろから抱き付いた。


「きゃっ! ちょ、ちょっと!」


「柚木はんは、ひなちゃんよりもやらかいな。こんなにやらかいんの卑怯や」


 部長が両手を触手のように伸ばし、嫌がる柚木さんの全身を舐めまわすようにまさぐる。


「なに言ってるんですかっ。やめてくださいっ!」


「うちは、前から柚木はんに目を付けとったんよ。そやから、もう離さへんよ」


「わけのわからないことを言わないでください! せ、先輩、助けて、くださいっ」


 部長に抱きつかれて、胸や腰をまさぐられている光景を、ずっと見ていたい。いや、垂涎すいぜんしている場合じゃない。


「道行く人が見てますから、やめてくださいよ」


 横で冷たい視線を浴びせると、部長がやっと柚木さんから離れた。


「柚木はんの身体、めっちゃやらかいんよ。むなくんもやってみいや」


「できるわけないでしょ。セクハラで捕まりますよ」


「むなくんをセクハラ容疑で訴えるかどうかは、うちと柚木はん次第よ。うちは許すから、ほら、早うっ」


 ほら、じゃないですよ。柚木さんだって、どう反応すべきか困ってるじゃないですか。


「下らないことをやってないで、早くコンビニに寄って帰りますよ」


「むなくんは、相変わらずノリが悪いなあ。それじゃ女子に嫌われるわよぅ」


 後ろで世迷言をしゃべる部長を無視して、交差点の横断歩道を渡る。


 駅前のコンビニに入って、スイーツのコーナーを探す。スイーツの置かれているショーケースはレジの目の前にあった。


 苺の乗った定番のショートケーキ。百円の大きなシュークリーム。そして、おしゃれなプリンやクッキーが展示品のように並べられている。


「買うのはプリンでいいんですよね」


 柚木さんと遅れて入店した部長が、スイーツのショーケースを眺める。


「他にも買うてくれるんやったら選ぶけど」


「じゃ、このプリンで決定ですね」


 三種類のプリンのうち、一番手前に置かれているプリンをつかむ。


 部長が途端に不満げな顔をした。


「やん。うちに選ばせてや」


「部長が真面目に選ばないからですよ。柚木さんも待ってますから、早くしてくださいよ」


「むなくんは、せっかちな子やなあ」


 俺がせっかちなんじゃなくて部長がマイペース過ぎるだけでしょ。


 ショーケースを部長がうきうきしながら眺めている。


 その無邪気な姿から、ネット小説の世界で大成功を収めている姿は想像できない。


「わたしも、プリン買おうかな」


 部長を後ろから眺めている柚木さんが、ぽつりと言う。


「柚木さんも買う? 金は俺が出すよ」


 そう提案すると、柚木さんは驚いて、


「いえいえ! わたしは、自分のお金で、買いますからっ」


 両手で拒否する態度を示しながら言った。


 部長が意地悪するときの顔で笑った。


「柚木はんも、むなくんにプリン買うてもらえばええやん」


「柚木さんは部長と違って、図々しくないんですよ」


「なによ。ほな、うちが図々しい女子みたいやんか」


「部長は図々しい女子でしょ」


 歯に衣を着せずに返すと、部長が柚木さんに泣きついた。


「えげつないっ。むなくんが、うちにえげつないことを言わはったっ」


「はあ」


「はいはい。わかりましたから、早く買って帰りますよ」


 柚木さんとレジで並んでプリンを買う。スマートフォンの時計を見ると、午後の五時三十分を過ぎていた。


 駅前のマンションにかかっている夕陽も地平線の底へ消えようとしている。


 交差点の歩行者用の信号が赤から青に変わった。横断歩道の先に、うちの高校の制服を着た女子が何人かいる。


 女子高生たちの中に、赤ワインを頭から被ったような、とても目立つ髪の色の女子がいた。


 ゆるいウェーブのかかっている長い後ろ髪が秋風になびいている。


 有栖川だ。彼女は鞄を両手で持って、信号の色が変わるのを待っている。


 海外セレブのように細い有栖川は、遠くから眺めるとまるで美術品だ。


 珠のように白い肌といい、細く尖った鼻といい、外国人モデルに引けを取らない。


 有栖川がこちらに振り向く。俺の存在に気づいて、目をわずかに見開いた。


「やあ」


「宗形くん」


「有栖川も帰り?」


「ええ。もう少し部室にいようと思っていたのですが、皆様が帰りたそうにしていましたので、少し早めに切り上げましたの」


 有栖川が、いつもの上品な口調で受け止めてくれた。


 交差点の信号が変わり、有栖川と並んで横断歩道を渡る。


「宗形くんも、こんな時間まで残っていらしたのね」


「そうだね。今日はそこのコンビニで寄り道したけど」


「普段から、こんな時間まで残っていらっしゃるの?」


「どうかな。早く帰るときもあるから、帰りが遅いのは週一、二日くらいかな」


「そうでしたの」


 有栖川が口に手を当てる。考える素振りで、


「文研って意外と真面目に活動していらっしゃるのね」


 感心するようにつぶやいた。


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