第122話 小説の秘訣を部長に求めて
部長がせっかく部室に顔を出してくれたんだ。小説のアイデアの出し方について教えてもらおう。
「部長。折り入って相談したいことがあるんですけど」
「どうしたん。急に改まって」
「その、俺、新しい小説を書こうと思ってるんですけど、アイデアが全然出なくて困ってるんです。部長は、新しい小説を書くときにどうやってアイデアを出してるんですか」
「新しい小説を書くんか。そら、ええなあ」
部長が背を正して腕組みする。さっきまでのふざけた表情を一変させて、
「むなくんは、どないな小説を書こうとしたはるん?」
「まだ明確に決めていないんですけど、ファンタジー小説を書こうかなと思ってます」
「ファンタジー小説かあ。むなくんの書いたファンタジー小説は読んでみたいわあ」
部長が小学生のような無垢な瞳で喜ぶ。
不意打ちのような笑顔に、胸がどきっと跳ね上がった。
「で、どないなファンタジー小説を書くん!?」
「いや、そこが決まらないので、そのアイデアの出し方を部長に教えてほしいんですよっ」
「アイデアの出し方?」
部長が「はて」と小首をかしげる。態度を少し落ち着かせて、
「そないなもん、むなくんの好きなようにすればええと思うけどなあ」
柚木さんと同じことしか言ってくれない。柚木さんが俺に顔を向けて、
「やっぱり、そうですよ。わたしも、そうした方がいいと思うんですっ」
「そやなあ。柚木はんの言う通りや」
「はいっ!」
部長の後押しに笑顔で返事する。
「ちょっと待ってくださいよ。俺の思う通りに小説を書いたって、楽しいものなんて絶対に書けませんよ」
「そうなん? うちは、めっちゃ面白いと思うけどなあ」
だめだ。部長は今日も「俺の小説が面白い」の一点張りだ。
認めてくれるのは嬉しいけど、質問の仕方を変えないと、夏休みのときみたいに議論が平行線になるぞ。
「部長は小説を新しく書こうと思ったとき、どうやってアイデアを出してるんですか?」
「どうやって? そやな。うちの小説の読者層と、ラノベやネット小説の最近の流行をまず考えるわな」
自分の小説の読者層と、小説の最近の流行!?
「異世界もんとかゲーム系とか、魔法学校とか、ラノベやネット小説の最近の流行を考えて、うちやったらこうしはるわ、とか、世界観をああした方がうちは好きだわ、とか、人気作品の傾向をうち流にアレンジしはるかいな」
部長はやっぱりすごい。目から鱗とは、こういうことを言うのか。
最近のライトノベルやネット小説を研究するのは、考えたことがなかった。
「ラノベの新人賞なんかを狙うんやったら、レーベルの傾向なんかも踏まえて小説を書かないけへんのやけども、むなくんはそういうことがしたいんか?」
「いや、新人賞の応募までは考えていないです。面白い小説を書くためにはどうすればいいのか、その秘訣を教えてほしいと思っただけです」
「むなくんは真面目やなあ」
そう言うあなただって、陰で真面目な努力をたくさんしてるんでしょ。
「読者層や小説の流行を意識するんは、むちゃ大事なことやけれども、一番大事なんは、むなくんの好みや個性を出すことなんやと、うちは思うよ」
「俺のこのみや個性、ですか」
「正直な話な、むなくんの今の腕やったら、最近の人気のある小説を真似すれば、それっぽい小説が書けると思うんよ。そやけども、他人が書いた小説を真似したって、いい小説にはならへんよ」
そうなんですか? 漫研の四橋さんに言ってしまったことと、真逆の意見だ。
「どうしてですか。読者のこのみや流行に合わせることは、大事なことなんでしょ。他人の小説をそっくりそのまま真似するのは、いけないことですけど、いい小説を書くために人気作品を参考にするのは、決して悪いことではないでしょう」
「あんな。読者っつうのは、敏感でわがままな生き物なんよ。流行に合わせることは大事なことなんやけども、他の小説を真似したかていうんは、読者にすぐばれるんよ。ばれた瞬間にな、読者はむなくんの書いた小説を読まなくなってしまうんよ」
そうなのか? 部長がわけのわからないことを言っているのか、それとも内容が高度だからなのか、部長の言葉を理解することができない。
「読者は、自分のこのみに合うけども、今までの小説とはちゃうもんを常に求めてるんよ。そやからな、既存の小説をむなくんがアレンジして、むなくん流の新しい小説を書かないけへんのよ」
「はい」
「むなくんは、自分を過小評価してるから、自分の良さに気づいておらんだけなんよ。むなくんのこのみや感性で書かれた小説は、今までにない新しい小説なんやから、むなくんが好きなように書いたらええと思うんよ。流行とか読者のこのみは、ひとまずこの辺に置いておいてな」
部長が箱をとなりに置く仕草をする。
「そうなんですかね。俺には、よくわかりませんけど」
「うちがそう言うんやから、間違いおらんよ。そら、むなくんだけじゃなくて、柚木はんや、みんなもおんなじよ」
柚木さんがつぶらな瞳で茫然としていた。
部員たちの話し声でにぎやかだった部室が、しんと静まり返っている。
部長は「はて」と首をかしげていたが、俺たちの異様な視線に気づいて顔を赤くした。
「むなくんのせいで、余計なことをしゃべってしもたわ。後でプリンでもおごりや」
部長がまた小学生のような表情に、笑みが思わずこぼれた。




