第121話 ひさしぶりに登場した部長は、やっぱり部長だ
部長は柚木さんと楽しくおしゃべりしている。文化祭を過ぎてから、ふたりの距離はかなり近くなった。
「柚木はんは、今月の球技大会は、なんの球技に出るん?」
「球技大会ですか? まだ決めてないです」
「そうかあ」
「部長は、もう決まってるんですか?」
「うちも、まだ決まっとらんなあ」
球技大会は、今月末にあるんだっけ。参加したくないなあ。
球技大会の競技は、サッカーとバレーボールだったかな。ドッジボールだっけ?
「部長って、運動神経はいいんですか?」
「うちか? 運動は、からっきしよ。ほら、うち、デスクワーク派やさかい」
「はあ。そうなんですね」
「運動ができたら、小学生の頃から、絵なんて描かへんと思うよ」
「あ、それもそうですね」
部長の何気ない言葉に納得するけど、じゃあ狐塚先輩も運動神経は悪いのかな。
雰囲気的には、めちゃくちゃ運動できそうだけどな。
部長が柚木さんを見て薄く笑う。
「柚木はんは、見るからに運動はできなそうやな」
「はい。小学生の頃から運動は苦手です」
「ほほ。そうか」
「わたしも、ひなちゃんみたいに運動ができたら、よかったんですけど。体育で何をやっても、うまくできなかったので」
「こればっかりは、生まれもったもんやさかい、仕方あらへんよ。なあ、むなくん」
部長から急に話をふられて、どきりとした。
「え、ええ。そうですね」
「むなくんも、スポーツはからっきしやもんなあ」
「そうですね。体育の成績も微妙ですし」
「ひなちゃんは、スポーツむちゃできるんか?」
「ええ。あいつは運動神経の塊みたいなやつですからね。水泳以外だったら、なんでもできますよ」
「水泳以外なら、なんでもできるんか」
部長がけらけらと笑った。
「ひなちゃんは、なんで泳げないん?」
「さあ。水が嫌いなんじゃないですかね」
「ほほ。そら、いいことを聞いたわ。その方面で、今度いじめてみよ」
やっぱり、いじめてたんですね。この人は、もう。
普段の意地の悪さを見せる部長だけど、微笑んでいる表情には、疲労の色がうかがえる。
「受験勉強は捗ってますか」
部長に尋ねると、目を細めて眉をひそめた。
「全然あかんわ。勉強してるのに、英語の問題がいっこも解けへんのよ」
部長は英語が苦手なのか。英語は俺も苦手だ。
「英語、難しいですよね。俺もリスニングが特に苦手です」
「そやろ。文章問題はなんとかなるんやけども、うちもリスニングがあかんのよ。あれ、なんとかならへんの?」
「なんとかならへんのって言われましても、困るんですけど」
「そんなあ。むなくんの、いけずぅ」
部長が細い腰をわざとらしくくねくねさせて、
「文化祭で勝ったら、うちの願いをなんでも聞いてくれるって言うたやろ。今がそんときやん」
一度も交わしたことのない約束を持ち出して、意味不明な要求をしてきた。
「なんですかそれ。そんな約束、いつ交わしたんですか」
「あら、忘れたん? 文化祭でスイーツをいっしょに食べてるときに言うとったやん。『困ったことがあったら、俺にいつでも頼ってください』って、少女漫画のイケメンみたいなドヤ顔で」
「そんなことは言ってないでしょ。話を捏造しないでくださいっ」
「くくっ。でも、スイーツをいっしょに食べたことは、否定せんのな」
部長が意地悪する気で満々のしたり顔で笑う。
となりの柚木さんから浴びせられる視線がつらいから、余計なことを言わないでくださいっ!
「明文を受験するって聞いたので、一応心配してましたけど、そんな軽口がたたけるんですから、問題ないですね。さっさと帰って受験勉強してください」
「ええん。ややあ。もっと部室におってもええやろ」
「だめです。部長は勉強が足りてないんですから、もっと勉強しないとだめです。それとも、ここで勉強しますか?」
「そんなあ。今日のむなくん、こわいっ」
苦節一年。部長をやっと困らせることができたぞ。机の中でこっそり拳をにぎる。
「みんな、いつもと変わらんと、部活をやってて安心したわ」
部長が部室を振り返ってつぶやく。
「文研は、むなくんにまかせて問題なさそうやな。引き続き、部長代理がんばってな」
「はい。部長代理と言っても、副部長の頃から変わったことなんて、してませんけど」
「そらそうよ。むなくんが副部長だった頃から、ずっと部長の仕事をしとったんやから」
さらりと言い切ったな。この人は、ほんと……。
「むなくんに、いつでも部長の仕事を引き継げるように、うちはむなくんをずっと指導しとったんよ。お陰さんで、すんなり引き継げたやろ?」
「俺に仕事を引き継いでたんじゃなくて、仕事を単に押し付けてただけでしょっ」
「そないなことはないわよ。むなくんってば、被害妄想が強くて困るわあ」
部長が露骨にドン引きする態度を見せびらかせる。
身体を乗り出して、顔を柚木さんに近づけて、
「今日のむなくん。機嫌がよくないみたいやから、気をつけてな」
「はあ」
彼女に呆れられていることに気づかずに、そうつぶやいた。
部長は、いつまで経っても部長なんですね。呆れるような、嬉しいような。
いや、嬉しくはないか。どさくさに紛れて、何を考えてるんだ、俺は。




