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第109話 漫研の副部長

 操作するキャラクターを選んだから、次は戦場の選択だ。


 義仲といえば、やっぱり倶利伽羅峠くりからとうげがいいかな。有名だし、敵もそんなに強くないから。


 宇治川の戦いも有名だけど、敵で出現する義経と弁慶がうざいからなあ。


「戦場は倶利伽羅峠にしようか。広いけど敵はそんなに強くないから」


「はい」


 画面が切り替わり、夜の山道のフィールドが映し出される。


 木曽義仲軍が平維盛たいらのこれもり軍へ夜襲するシーンだ。


 コントローラを操作して、道幅の狭いフィールドを駆ける。


 ふもとの小さな陣地へ近づくと、平軍の兵士がわんさか現れた。


 義仲が豪槍を振るう度に、兵士たちがばったばったと薙ぎ倒されていく。


 平軍の武将が出てきたけど、レベルMAXの義仲の敵ではない。


 二発の攻撃を当てたら、あっさり討ち取られた。


「先輩っ。ちょっと、待ってくださいっ」


 柚木さんの操作する巴御前は、ゲームがはじまってから、わずかな距離しか移動していない。


「移動は、方向キーか左スティックでできるよ。攻撃はBボタンとYボタンを押せばできるからっ」


「はいっ」


 柚木さんは普段からゲームをしていないから、操作の仕方がわからないんだな。


 巨大な薙刀を持った巴御前が、左右にふらふらしながら駆け寄ってくる。


「頭の上に、赤いバーが浮かんでるキャラがいるでしょ。あれが敵だからね」


「はい、わかりましたっ」


 巴御前が舞うように薙刀を振り回す。


 操作はぎこちないけど、巴御前のレベルもMAXだから、一撃を当てただけで平軍の兵士たちが倒されていく。


 平軍のモブキャラの武将もあっさり討ち取って、ちょっとずつ操作に慣れてきたかな。


「あ、楽しいですねっ」


「でしょ。無双は一度やると、はまるからね」


「はいっ」


 倶利伽羅峠の麓の敵陣を制して、画面が切り替わる。


 牛の角に二本の松明たいまつを結び付けた「火牛かぎゅうの計」のイベントがはじまった。


 数百頭の牛が突進して、平軍の兵士が谷底へ落ちていく。


 松明の火が服へ引火して、炎に包まれる兵士もいた。


「先輩。このゲームは何をすればクリアになるんですか?」


「敵の総大将を倒せばゲームクリアだよ」


 スタートボタンでポーズをかけて、戦場の情報を映す。


 いくつかの項目から勝利条件を選択する。


「敵の総大将で、平維盛っていう武将がいるから、そのキャラを倒したらゲームクリアだよ」


「そうなんですね。はい、わかりましたっ」


 平維盛はメインキャラのひとりだけど、美形なだけの雑魚だ。


 得物もなぜか笛だし。攻撃範囲もめっちゃ狭いし。武器が笛って。


 もうひとりのメインキャラの平盛嗣たいらのもりつぐは、けっこう強いんだよな。


 とはいえ、レベルMAXの義仲の敵ではないけど。


「この人だけ、キャラがなんか違いますっ!」


「平維盛はメインキャラだから、他の武将とグラフィックが違うんだ。変な攻撃をしてくるから気をつけてっ」


「はいっ」


 難易度が普通だったら、倶利伽羅峠の平維盛は大して強くない。


 けれど、柚木さんは慎重だ。


 いつの間にか覚えた防御でダメージを受けないようにしている。


 平盛嗣を葬って、柚木さんの救援へ向かう。


 平維盛を後ろから攻撃して怯んだところを、柚木さんの操作する巴御前が連続攻撃を仕掛ける。


 さっきプレイしたばかりなのに、かなりうまくなってる。


「あ、倒したっ!」


 巴御前が平維盛をあっさり討ち取った。


「ことちゃん。今度は僕といっしょにやろう!」


「うん!」


 比奈子がソファから飛び出して、俺の手からコントローラをひったくる。


「僕は義経にするから、ことちゃんは巴御前でやってねっ」


「うん、わかったっ」


 比奈子が戦場で富士川を選択する。あそこの難易度も、それほど高くない。


 後ろのソファへ移動する。四橋さんがとなりでテレビの画面を眺めている。


 四橋さんは静かな子だ。


 柚木さんも静かな方だけど、意外と積極的というか、自分から話しかけてくれるから、四橋さんと雰囲気が違うのかもしれない。


 そういえば、狐塚先輩はあれからどうしてるのだろうか。


 部長を辞めても元気に連載漫画を描いているのかな。


「四橋さん、あの」


「は、はひっ」


 四橋さんが、飛び出しそうになるくらいに驚く。


「な、なんで、しょうか」


「狐塚先輩のことなんだけど、先輩はあれから元気?」


「部長、ですか」


 四橋さんが、はっと顔色を変える。


「もう、部長じゃないんですよね」


「そうだね。俺たちのせいで、なんか悪いことをしちゃったね」


「い、いいえ。元々は、部長が、持ち出した話でしたから」


 そうだけど、あの人を漫研から追い出したことには変わりないからなあ。


「先輩は、元気だと、思います。部室には、来てませんけど」


「そうなんだ。連載で忙しいのかな」


「はい。前から、その、部室には来てませんでしたから」


 漫画を連載するのって、きっと大変なんだろうな。


 週刊誌に連載すると、漫画家は寝る時間すらろくに取れないって言うから。


「狐塚先輩、すごいよね。絵、めちゃくちゃうまいし、設定とかストーリー展開もすごいしね」


「はいっ。先輩は、天才ですから」


 それは間違いない。


 ああいう人が、数年のうちに漫画界で頭角をあらわすんだろうな。


「うちの部長もそうだけど、ふたりともすごいよね。俺たちでふたりの後が務まるのかな」


「どう、なんでしょう。あたしには、よくわからないですけど」


 四橋さんが、呆然と俺を見つめ返している。


「狐塚先輩は部長じゃなくなっちゃったけど、漫研って、あれからどうなったの?」


「どうなった?」


「ええと、部長がいなくなっちゃったけど、だれが部長の替わりになってるの?」


「部長、替わり。あ、はい。その、副部長が、部長の代理に、なってますっ」


 狐塚先輩が卒業するまで、正式な部長は任命しないんだな。


「漫研の副部長って、だれだったっけ?」


有栖川ありすがわ、先輩ですっ」


 有栖川先輩か。同じ苗字の人は、うちのクラスにもいるなあ。もしかして姉妹か?


「有栖川先輩は三年生だよね。じゃあ来年に卒業しちゃうんだ」


「い、いいえ。有栖川先輩は、二年生、ですから」


「二年生? 有栖川先輩って、もしかして二年一組の有栖川ありすがわ由香梨ゆかりさん?」


「あ、はい。クラスまでは、わからないんですけど」


 なんということだ。有栖川が漫研の副部長だったなんて。


 となりの席にいるのに、漫研に所属してることすら知らなかった。


 夏休みの江島神社で、狐塚先輩たちとばったり会ったけど、そのときに有栖川の姿はなかった気がする。


「夏休みの合宿で、狐塚先輩たちに会ったんだけど、有栖川は見かけなかったね」


「あ、有栖、川先輩は、ご、ご家族の用事で、合宿には、来てませんでした、から」


 だから狐塚先輩の取り巻きになっていなかったのか。


「有栖川先輩も、絵、すっごい上手です。あたしなんかより、全然っ」


「そうなんだ。俺も見てみたいなあ」


「えっと、文化祭で、有栖川先輩も、漫画を展示してたんですけど」


 そうだったのか。漫研の漫画はひと通り見たはずだけど、印象に残っていないなあ。


「文化祭のときに漫研で発表していた漫画は全部見たんだけど、狐塚先輩の漫画のインパクトが強すぎたのかな。他の人が描いた漫画は覚えていないや。有栖川さんが描いたのって少女漫画?」


「いえ。その、ヤンキーのお話です」


「ヤンキーの話?」


 そういえば、漫研で展示されていた漫画の中で、少年漫画みたいな作品がひとつだけあったかもしれない。


 俺くらいの男子高校生が主人公で、他校のヤンキーに囲まれている女子を助ける漫画だったかな。


「そんな漫画を描いてる人がいるんだね。漫研はやっぱりレベル高いなあ」


「そんなことは、ないですっ。文研だって、すごいですから」


 腕組みする俺を、四橋さんが茫然と眺めている。


 テレビ画面では、柚木さんの操る巴御前が、平軍の総大将の平維盛をまた討ち取っていた。


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