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第103話 部長の正体

 二日間の文化祭が終わった。


 今年の文研の出し物は、例年にない盛り上がりを見せた。


 文化祭の前日までは、目が回るような忙しさだった。けど今となっては、いい思い出だ。


「ついに、発表ねっ」


 俺のとなりで立ち尽くしている先生が息を呑む。


 展示パネルの片された文研の部室に、文研と漫研の部員たちが集まっている。


 机とノートパソコンは、掃除用具入れのそばへ追いやられている。


 教壇に銀色の投票箱がふたつ、仰々しく置かれている。


 投票箱の後ろ、俺たちと向かい合わせで、ふたりの男の先生が立っている。


 公正に開票してもらうために、職員室から派遣された人たちだ。


 どの学年の担任なのか、俺はまったく知らない。


 左の先生は、ひょろりと背が高い。ひょうたんみたいな青い顔で、科学者の着る白衣がすごく似合いそうだ。


 右の先生は、逆にぽっちゃりしている。メタボ体型を地で行くような、典型的な中年男性だ。


 文研の部員と漫研の部員で、部室を左右に分割している。


 俺たちは窓に近い左側に集まり、廊下側の先頭には、狐塚先輩が偉そうに腕組みしている。


 不敵に笑う姿は、自信に満ち溢れている。


 狐塚先輩のとなりには、部長が佇んでいる。


 部長の表情も、いつもと変わらない。綿あめのようにふわふわとした笑顔で、投票箱を眺めていた。


 柚木さんや四橋さんも、部室の後ろで見守っている。


「それでは、竹田先生。山下先生。開票してください」


 教壇側の扉の近くで腕組みしている教頭先生が合図する。


 鍵のかけられていた投票箱が、重々しく開かれる。投票箱から投票用紙が取り出されていく。


 ふたりの先生は、四つ折りにされた用紙を開いて、投票箱の両脇に並べているお菓子の箱へ入れていく。


 一同が固唾を呑んで見守る。心臓の鼓動が、みるみる早くなる。


 投票箱の左の菓子箱は、文研に投票された用紙を入れる箱だけど、文研の投票は少ないんじゃないかっ?


 先生は、お腹の前で組んだ両手をずっと摩っている。


 それにしても、得票数はものすごいたくさんある。


 全校生徒の分だけで、百枚は軽く超えるのだから、集計するのは大変だ。


 それでも、ふたりの先生は、黙々と投票用紙を集計していた。


 三十分以上もかけて、すべての投票用紙が菓子箱へ移された。


「集計は終わったかね?」


「はい」


 ふたりの先生が、互いに目で合図を送る。部室を包む緊張が、最高潮に達するっ!


「それでは、集計結果を発表したまえ。まずは漫研の得票数から」


「はい」


 教頭先生の指示に、ぽっちゃり体型の先生が返事する。


「漫研の得票数は、三百五十二です」


 三百五十二!? そんなに投票されてたのかっ。


 漫研の部員たちから歓声が上がる。


 対する俺たちには、お通夜に参列しているような空気が早くも流れている。


 うちの学校の生徒数は、ひと学年が三百人くらいだ。


 漫研はやっぱり強い。今年も俺たちは漫研に勝てないのか。


「では竹田先生。文研の得票数を発表したまえ」


「はい」


 もやしのように細い竹田先生が、覇気のない声で返事した。


 先生が「お願いっ!」と両手を合わせて祈る。部長のほわほわした様子には、今も変化が見られない。


 竹田先生の薄い唇を凝視する。文研の得票数は、いくつなんですかっ!


「文研の得票数は、三百五十六です」


 三百五十六? そんなに投票されてたんですか。


 漫研の得票数は、三百五十二だ。ということは――。


「勝ったあ!」


 先生が歓喜の声を上げて、部長に抱きつく。後ろから、もわっと歓声が沸き起こった。


 俺たちが、漫研に勝った、のか?


「宗形くんっ。やったねっ!」


 先生が俺の手をとってはしゃぐ。


 にわかに信じがたいけど、俺たちは漫研に勝ったんだっ。


「はい! やりましたねっ。これで俺たちは、顧問と副部長を辞めなくていいんですよ!」


「そうよそうよ! だって、あたしたちが勝ったんだもんっ!」


 ああ、よかった。これで肩の荷が下りた。


 漫研に勝った喜びよりも、安堵の方が勝っている。


 副部長を辞めさせられるプレッシャーが、余程大きかったんだな。


「ち。今回は、お前らにしてやられたか」


 狐塚先輩が俺たちを眺めて舌打ちする。その表情は、清々しいほどにあっさりしている。


「今年は鏡花に圧勝できると思ってたのによ。お前は、やっぱり強敵だよなあ」


 狐塚先輩が部長に右手を差し出す。部長は両手で、狐塚先輩の手をにぎった。


「あんたの今年の漫画だって、すごかったではおまへんの。うちらに、ちょい運が向いとっただけよ」


「運も実力のうちだぜ。学校なんかの勝負で、運を手繰り寄せられねえんだから、俺の実力もまだまだだっつうことだよ」


「あんたは、ほんまにストイックやなあ」


 部長が呆れ口調で微笑む。


 感動的な場面だけど、なんだろう、この違和感。


 歓喜とざわつきに支配されていた部室が静まり返る。


 部長と狐塚先輩が長年の好敵手のように握手していますけど、部長は大して活躍されていませんよね?


 小説の執筆はおろか、今日まで部室にすら来ていなかったのに、プロでストイックな狐塚先輩と部長が、どうして握手してるんだ。


 先生が、不思議そうな顔で俺に振り返る。そして、


「山科さんって、小説とか書いてたっけ? 先生は、ちょっと覚えてないんだけど」


 俺たちの心の声を代表して訊ねた。


 部長が狐塚先輩の手を離す。珍しく困惑して返答しかねているけど、


「あ? 先生、何言ってんすか」


 狐塚先輩が、部長の肩を抱いて言った。


「あんたらの票を集めたのは、鏡花の書いた小説でしょうが」


 この人は、急に何を言い出すんだ?


「部長って、小説なんて書きましたっけ?」


 狐塚先輩が、かつあげする前のヤンキーみたいな顔をする。


「副部長。お前まで惚けんなよ。全然面白くねえよ、その冗談」


「冗談ってなんですか。冗談なんて言ってませんよ、俺は」


「言ってんだろうがっ。おい、鏡花。お前からもなんか言ってやれよ!」


「そやなあ」


 部長が狐塚先輩に揺すられている。首が風船のように動いていた。


 狐塚先輩が部室を舐めまわして、珍しく唖然とした。部長のふわふわした顔を睨みつけて、


「お前、もしかして、言ってねえの? こいつらに」


「そやなあ」


「この期に及んで惚けんなっ!」


 部長の顎を、ぐいっとつかんだ。


「さおたん、ちょい痛い」


「さおたん言うな!」


「顎が、うちの顎が、もげる、さかいっ」


「ふざけたことを抜かす顎なんか、いっそのこと外しちまえ!」


 呆然とする俺たちの前で、部長と狐塚先輩のショートコントがはじまってしまった。


「ちょっと、待ってください!」


 このまま放っておいたら、話がこじれてしまう。部長と狐塚先輩を引き離した。


「狐塚先輩。部長は、俺たちに何かを隠してるんですか。それなら、教えてください」


 この人が隠していることって、なんだ? 受験のことか?


 狐塚先輩は、「やれやれ」と言いたげな感じで首の後ろを掻いた。


「泉京屍郎っていう、ふざけた名前の野郎がいるだろ」


「はい。うちの部に小説を提供してくれた人です。面識はありませんが」


「マジかよ」


 狐塚先輩が閉口しそうになるのを我慢して、


「そいつはな、こいつなんだよ」


 右手の人差し指で、部長の額を指した。


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