第84話 「使い過ぎないでくださいね」
「ほー…これに魔法付与して欲しい、か」
「はい。どうでしょうか?」
ジドさんの手にはダンジョンで手に入れたローブがある。
ジッとローブを見る眼は真剣そのもの。
だが、あまり気乗りはしてないようだ。
「…魔法付与なら弟子にも出来る奴は居るが?」
「その方は高位の付与が出来ますか?」
「少しならな。何の魔法を付与して欲しいんだ?」
「フェイクとハイド、です」
フェイクは鑑定等のアビリティでステータスを盗み見された際に偽の情報を与える魔法。
ハイドはステータスを盗み見られないように隠す魔法だ。
ハイドは高い能力で見られたら見破られるが、フェイクを掛けてあれば二重に護られる。
両方、見破る事が可能なアビリティは存在するが所持者はほんの僅か。
此処までやればボクのステータス内容がバレる心配は無い筈だ。
「フェイクにハイドだ?何でぇ?やましい称号でも持ってんのか?」
「…違います。ボクは成人したら冒険者になるので。魔帝だとか公爵家子息だとかは隠して。他国にも行こうと思ってるので、身分は出来るだけ隠したいんです」
嘘です。いや、嘘じゃないけどメインの理由はあの称号を隠したいからです。
「ふん…なるほどな。なら確かに、俺がやった方が良いだろう。俺のハイドやフェイクを見破れる奴なんて、そうは居ないからな」
「では…」
「だが悪いな。俺は今、ある研究に夢中なんだ。他を当たってくれ」
ダメか…予想はしてたけど、ガックリ来るな。
しかし、ボクも諦めは悪い方なんだ。
簡単には引き下がらないぞ。
「では、その研究とやらが実ればボクの依頼を受けてくれるのですか?」
「あ?…まあな」
「良ければお手伝いします。どのような研究をされているのでしょう?」
「は!テメェみたいなガキに…いや、お前さんは魔帝だったな。なら学問もそれなりか?」
「え?ええと、まぁ、それなりに」
「…よし。丁度行き詰まってた所だ。お前さんが役に立ったら依頼を受けてやる。タダでな」
タダで?…アイシスさんの剣もタダだったらしいけど、条件をクリアしたらタダで仕事してるのかな。
「わかりました。それで、どのような研究を?」
「ああ、話す。だがその前に。この場に居る全員、研究の内容を他言しないと約束しろ。できなきゃ話さねぇ」
ジドさんの言葉に全員が頷く。
勿論、ボクもだ。
「よし、なら話すが……お、お前ら、俺のこの髭…どう思う?」
「……は?髭?」
「ハッキリ言え!見すぼらしいだろう!情けないだろう!」
いえ、小綺麗だと思ってましたけど?
綺麗に整えてあるし。
「…ドワーフが髭をとても大切にする種族なのは知ってますけど…研究内容の話から髭の話になったという事は?」
「ああ、そうだ…お、俺の髭は年々薄くなって…とうとう此処までハゲて来ちまった」
…髭もハゲとか言うのか。あ、いや、そんな事はどうでもいい。
「あの、つまり…ジドさんの研究内容は新しい鍛冶の製法や技術では無く…」
「ああ…かつての髭を取り戻す…育毛剤の研究だ」
「「「「「……」」」」」
何だろう…つい最近にも似たような研究を目の当たりにしましたけど。
「ふっ…言いたい事はわかるぜ。人族は髭に執着しないらしいからな。だが俺達ドワーフは違う!髭はドワーフの命だ!」
「…因みに、その髪型は…」
「こりゃ髭に合わせてるだけだ。頭の髪は問題ねぇ。それに頭はハゲても仕方ねぇって思えるが髭は諦めきれねぇ。それがドワーフだ」
そうなのか…ドワーフは髭。エルフは髪が大事。
ジドさんも、このまま行けば魔獣の研究に手を出したりするのだろうか?
しかし、まぁ…不幸中の幸いというべきか。
一応手に入れておいたアレが役に立つかも。
「つまり髭が生えれば全て解決なんですね?」
「ああ、そうだ。だが…見ろ、このツルツルの顎。かつてドワーフで一番の髭と言われた俺の髭はもう見る影もねぇ。かつての栄光を取り戻すのは不可能に近い。それはわかってんだ」
「髭にどんな栄光が?」
「アイシス、余計な事言わない」
地下遺跡でも同じ事言ってましたね、アイシスさん。
髪と髭の違いはあれど。
おっと、そんな事よりも、だ。
「では、これを試して見てください」
「あ?何だ、こりゃ?」
「魔獣由来の毛生え薬です。かなり強力ですよ」
そう、例の毛蛇魔蛇の体毛の毛根から抽出したエキスだ。
例のエルフの日記にあった通りの効能があるなら、いつか役立つ日が来るかもと思い、倒した毛蛇魔蛇の死体から集めておいた。
他に素材となる物も無かったし。皆、要らないとの事だったので全てボクが持ってる。
巨大化していた為に酒樽二個分にもなった。
まだ実験は出来てなかったが、もし上手く行けば一財産になるかも。
「魔獣由来…大丈夫なのかよ?」
「少なくとも髪の毛には効果があったそうです」
二千年以上前の話ですけど。
「ほう…まぁ物は試しだ。どれ…塗ればいいのか?」
「はい。そしたら翌日には……あれ?」
「な、なんだ…あ、顎が、なんかムズムズ……ほわぁぁぁ!!」
あれ?日記には翌日に髪の毛は復活って書いてたように思うけど。
即座に復活したな。
「こ、こりゃあ…何てこった!ツルツルだった俺の顎が!あっというまにフサフサに!」
「よ、良かったですね…」
「で、でもさ、なんか…」
「す、凄い勢いで伸びてない?」
も、もう既に椅子に座ってるジドさんの足元に髭が届いてる…それでも伸びが止まらない。
「ちょ、ちょっと?伸び過ぎではありませんの?」
「わ、私達の足元まで来た!」
それでも伸び止まらない、ジドさんの髭。
こ、これは一体、どういう…
「ちょっとおぉー!何処まで伸びるのん!?」
「応接室の床が髭で埋まっちゃったよ!?」
既にジドさん以外の皆は椅子やソファの上に立っている。
ボクも足首に髭が触れるのは何となくやだ。
そして、それでも伸びが止まらないジドさんの髭。
「まだ伸びるの!?」
「あのエルフの髪は此処まで伸びて無かったよ!?」
「毛蛇魔蛇の状態が違ったせいか、エルフとドワーフの差か、単なる個人差か、塗った量の違いか、それら全てかはわかりませんが…こ、このままだと、この部屋はジドさんの髭で完全に埋まって…」
「やだー!それは気持ち悪い!」
「ジュン君、何とかして!」
何とかって言われても…と、取り敢えず窓と扉を開けよう。
「ね、念の為、避難しようよ!」
「そ、そうね。アイシスに賛成するわ」
「「「「「異議なし!」」」」」
髭が伸び続けて床が髭で埋まるという異常事態に、歴戦の騎士達も動揺を隠せず。
全員窓から避難。
窓から見守る事に。
そして見守る事、数分。
「止まった…?」
「みたい…ですね」
応接室の床は完全に髭で埋まり。
ジドさんの足首は髭で埋まってる。
「凄い毛生え薬ね…何処であんなの手に入れたのん?ジュンちゃん」
「この間、帝国に行った時です…それよりも、ジドさん?」
「そう言えばさっきから無言…ちょっと、何か様子が変だよ!」
ジドさんがピクリとも動かない。
それどころか急激に痩せ細ってる…こ、これはまさか…
「ひ、髭に身体中の栄養を吸い取られた?」
「なるほど。これだけ急激に伸びたらな」
「つまり…ほっとけば死ぬのでは?」
「それは拙いです!ジュン様が罪人になってしまいます!」
それは本当にまずい!
「と、兎に角何か栄養を!そ、そうだ、土産に持ってきた酒とツマミを!」
ありったけの酒と食料をジドさんの口に放り込んだ結果。
何とかジドさんは一命をとりとめた。
毛生え薬で死なせるとか、前代未聞過ぎる。
何とか防げて、本当に良かった。
それから翌日。
再び尋ねると、すっかり元気になり上機嫌なジドさんは快く依頼を引き受けてくれた。
それはいいんだけど…
「髭…切らないんですか?」
「切るなんてとんでもない!」
ジドさんの伸びに伸びた髭は一切切らず。
複雑に編んだり髪の毛のように頭に巻いたり肩に掛けたりして、漸く地面スレスレの長さに抑えられていた。
鍛冶仕事とか、邪魔だと思うんだけどな。
「ところで、この薬。残りも貰って良いか?」
「…使い過ぎないでくださいね」
急速な栄養失調で死にかけたのはどうでもいいらしい。
この毛生え薬は用法用量を守って正しくお使いください…




