057 猫耳メイドさんと 12
「サニアさんですか? どうぞ」
マリコはミランダの身体がきちんとシーツに覆われていることを確認すると、サンダルを引っ掛けながら立ち上がって返事をした。ガチャリと扉が開いて、サニアが顔を覗かせる。
「ああ、マリコさん、いたいた。あら? あれ、ミランダよね。どうしたの?」
元々さして広くもない部屋である。扉を開ければベッドも丸見えになる。そちらに目をやったサニアはそこに横たわる人型に早々に気が付いた。
(そりゃ、さっきまで一緒にいたの知ってるんだからバレる、というか私といるってところで他に選択肢ないよな)
「え? ああ、ええと、実はですね……」
マリコは頭脳をフル回転させて言い訳を考える。
「実は先ほど、ミランダさんに宿の敷地内をあちこち案内していただきまして。その途中で敷地の隅の、練習場でしたか、そこで少々一緒に剣の練習をしたんです。それで……」
「あら。もしかしてマリコさん、もうミランダに勝負を挑まれたの?」
「えっ?」
マリコの言い訳は、最後まで言い切る前にサニアに遮られた。いきなり核心に切り込まれて、マリコは目を見開いた。
「ミランダはね、ちょっと覚えがありそうな人を見ると、とにかく一度は勝負を挑むのよ。今の私みたいなのはさすがに挑まれないけど、うちの人や宿の皆を始め、里の人や宿にやってくる探検者なんかにもね。さすがに母さんにはちょっと遠慮してるみたいだけど」
「はあ」
「口にする勝負の理由はまあ、相手次第でいろいろみたいだけど、いろんな相手と戦って強くなりたいっていうのが本音らしいわよ」
マリコは視界の端でシーツの山がピクリと動くのが見えた。
「で、なに? マリコさん、ミランダに勝ったの? すごいわね」
「え、いやその」
「だってあれ、勝負に負けて不貞寝してるんじゃないの?」
サニアはミランダを指差しながら、少し声を潜めてそう言った。
「いえ、そういう訳ではないのですが、ちょっと疲れたらしくて……」
しっぽを撫でまくったらぐったりしました、と言うのも憚られてマリコは言葉を濁すしかなかった。
「まあいいわ。マリコさんがミランダに勝てる腕なら、狩りも楽になるでしょうしね」
「ああ、狩りに行く話は本当なんですね。ミランダさんもそう言ってました」
「あら、そう?」
その後、サニアは改めて狩りの事について説明してくれたが、それはマリコがミランダに聞いた話と同じ内容だった。
「じゃあ、次の時はマリコさんも行ってらっしゃいね。何事も経験よ。と、いけない。元々ここに来たわけを話してなかったわね」
サニアは表情を改めて話し始めた。
「いつもなら、まだしばらく一休みしててもらってもいい時間なんだけど、できれば今からミランダと一緒に厨房に来てほしいのよ」
「えっ? 何かあったんですか?」
「それがね、夕食の時間にはまだちょっと早いんだけど、食堂に人が集まり始めちゃったのよ。昼に定食を食べ損ねた人達が、ね。だから、ちょっと早目に始めたいと思って」
「あー。でも、ご飯の準備とかは大丈夫なんですか?」
「そっちはもう炊き始めたわ。だから後は今日の調理担当のあなた次第よ。どう?」
「分かりました。行きます。っと、ミランダさんを起こしてから」
マリコは一度ミランダの方を振り返ってから言った。その言葉に、またシーツの山が少し動いた。
「じゃあ、お願いするわね。私は先に戻ってるから。大丈夫だとは思うけど、火の番してるのがうちの子達なのよ」
「早く行ってあげてください。私もすぐに行きますから」
「じゃあね」
そう言うとサニアは足早に部屋を出て行った。マリコはそれを見送った後、ベッドの方を振り返った。
「あ」
横たわったまま、目から上だけをシーツから出してマリコに半眼を向けているミランダと目が合った。
「ミランダさん……。大丈夫ですか?」
「私は別に、勝負に負けて不貞寝してたわけじゃないぞ」
不機嫌そうな声が返ってきた。目はもちろん半眼のままである。
(目と猫耳だけのぞいてるミランダさんがかわいい、とか思ってる場合じゃないな、これは)
「いえ、それは分かってますから」
「だめだと言ったのに、マリコ殿が離してくれなかったからであろう」
「すみません。ついしっぽの感触が気持ちよすぎて歯止めが……」
「おかげであんな、あんな……ううっ、恥だ。えいっ」
ミランダはさっきまで抱えていた枕をマリコに投げつけた。マリコは反射的にぽふんと受け止める。
「体は大丈夫なんですか? どこか痛くありませんか?」
「問題ないっ!」
ミランダは怒ったように言うと、ようやく手を突いて身体を起こした。
「ひゃっ、つめっ」
「え、やっぱりどうかしましたか?」
「いやっ、何でもない。何でもないからっ!」
ミランダはあわてて起き上がると、ベッドから降りて靴を履くと立ち上がった。パタパタとスカートの裾をはたいて直すとそのまま扉に向かっていく。
「ミランダさん?」
「マリコ殿は準備ができたら、先に厨房へ向かってくれ。私も一度部屋に戻ってパ……、いや、準備ができ次第向かうから」
扉の前で一度マリコを振り返ってそう言うと、ミランダは出て行った。すぐに隣の部屋の扉が開け閉めされる音が聞こえてきた。
「どうしたんだ。ミランダさんは」
マリコはしばらくミランダが出て行った扉を見つめた後、自分もブーツに履き替え始めた。
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