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新世界のメイド(仮)さんと女神様  作者: あい えうお
第四章 メイド(仮)さんのお仕事
245/502

242 八つ当たり 7

「何をアホなことを喚いておるのじゃ」


「あいた! 何するんですかぁ」


 ビシッと衝撃を受けた頭に手をやりながらマリコが顔を上げると、片手を手刀の形にした女神と目が合った。どうやらそれで(はた)かれたらしい。


「途中から口に出ておったわ! 刷り込みというのはあれじゃろう? (かえ)ったばかりのヒヨコが初めて見たものを親じゃと思い込む」


「えー、まあ」


「その理屈なら相手は一番始めに出()うた男ということになるじゃろうが? バルトとはその相手かの?」


「ええと……」


 いい加減酔いが回った頭でマリコはこれまでのことを思い返す。こちらで目覚めて一番に会ったのはアリアで、次はその父親のカミルだった。つまり、初めて出合った男性はカミルということになる。


 しかし、カミルを見た時に整った顔をしているなと思ったことは覚えているが、それ以上何か気になったわけではない。かといってカミルが男であることを感じさせなかったわけでもなかった。マリコの胸に向けられるカミルの視線に気付いて「男なら仕方ないなあ」と思った覚えもあるのだ。


 一方のバルトはというと会ったのは何日か後である。その間に里の男たちとは大分顔を合わせているので、順番で言えばむしろ後ろから数えた方が早いかもしれない。初めて見た時、バルトは食堂でビールか何かをこぼして固まっていたような気がする。刷り込みも何も直接話さえしていない。


「あれぇ?」


 いわゆる刷り込み(インプリンティング)とは違うようだと気付いたマリコは、その後バルトとの間にあったことを順に思い出そうとした。


(ええと、お風呂場の事故で見てしまって、告白もどきをされて、手合せをして、転移門まで見送りに行って、スカートの中に頭を……)


 そこまで考えたところでマリコは愕然とした。ほとんど顔を合わせる度に何か起こっているような気がする。しかも、この後ボスオオカミの来襲があるのだ。これだけ何だかんだと起きている相手と言えば、他には一緒にいることの多いミランダくらいであろう。


「なるほどのう」


 固まったマリコを見ながら、女神は何かに納得したように頷いた。


「何がなるほどなんですかぁ」


「だからおぬし、さっきから口に出ておると言うておるじゃろうが!」


「え」


 どうもまた考え事をそのまましゃべっていたらしい。


「でもぉ、今の話で分かるっていうことは女神様はバルトさんを知ってるんですかぁ」


 先ほどから微妙に呂律の回っていない口調でマリコは問いかける。


「お、おぬし、わしを何じゃと思うておる。その気になればなんということはないわ! ……まあよいわ。なるほどと言うたのはじゃな。この本にある話と似ておると思うての」


 女神は少しあせったようにそう言うと枕元に積んであった本の小山から一冊を取り上げた。それを受け取ったマリコが中をパラパラと見ていくと、登場人物が神々になっていることを除けばよくある恋愛物のようである。次々と起こるいろいろな出来事に揺れる女神(ヒロイン)が描かれていた。


「私、こんな風に見えてるんですかぁ……」


「いや、ここまで単純な話ではないということは分かっておる。いろいろとあったせいで溜め込んでおるということもの」


「誰のせいだと思ってるんですかぁ」


「それも分かっておるわ! じゃから溜まっておることは吐き出してしまえ。ここならわししかおらぬ」


 女神はそう言うとマリコの酒杯(カップ)に追加を注いで押し付ける。手にしたそれをしばらくじっと見つめていたマリコは、ぐっとあおってタンと脇に置いたかと思うと半ば座った目を女神に向けた。


「それじゃあまずはぁ……」


(よしよし。とりあえず短い間にいろいろと起こり過ぎたようじゃからの。こうして聞いてやれば少しは自分の中で整理がつくじゃろう)


 悩みや迷いは誰かに話をするだけで結構楽になるものである。それを知っている女神は盛大に愚痴をこぼし始めたマリコを前に鷹揚に構えた。


 ◇


(……さすがに飽きてきたの)


 始めこそ胡坐をかいてはいるもののまともに話を聞いていた女神ではあったが、マリコの話は留まるところを知らなかった。バルトさんがミランダさんが真理子がと段々と管を巻く酔っ払いそのものになっていく。


 やがて同じ話が出てくるようになったところで女神は横になった。肘で頭を支えて時折相づちを打っていたのだが、マリコは特に気にしていないようである。酒杯を傾けながら何でこんなことにいやそれで正しいとも思えるんですなどと言っている。


 さらにしばらくして、マリコの話が完全にループするようになったところで女神はうつ伏せになった。枕元から読みかけの本を取ってめくりながらも、時折相づちを打つことは忘れていない。女神の能力をもってすればその状態でもマリコの話は十分理解できるのである。


 ◇


「……女神様?」


「なるほどのう」


「聞いてますかぁ」


「ほうほう」


「聞いてないですよねぇ」


「そうかそうか」


 程なくマリコは状況に気が付いた。どうやら女神はマリコが何を言っても同じパターンの相づちを繰り返しているようだった。酔いの回った頭でも、途中からぐだぐだと益体もない話になっていたのは申し訳ないとは思える。しかしこれはないんじゃないかなぁという気もしてくるのである。


 ふと顔を上げて、うつ伏せになって本を捲っている女神に目を向ける。マリコが身動きしても女神は気にしていないようだった。美しい白銀色に覆われた大きな耳は時々ピクリと動き、腰から生えた同じ色に輝く長いしっぽは別の生き物のようにゆらゆらと動いている。初めて見た時から気になっていたそれら。


 先ほどまでの女神への話の中で気付いたことがあった。自分も確かに猫派ではあったはずだが、そこまで猫耳としっぽに執着していただろうか。それは自分より真理子が好きだったことではなかったか。では何故自分はこれまで猫耳としっぽに入れ込んできたのか。異性、いや同性か。とにかくそういった感情を猫耳としっぽへの執着として昇華してきたのではなかったのか。


 本当にそうなのかどうかは今のところ分からない。だが、目の前で揺れるそれらはマリコの真意に係わりなく魅力的だった。


「女神様の耳としっぽが可愛いんです」


「なるほどのう」


「前から撫でてみたかったんですよ」


「ほうほう」


「撫でさせていただきますね」


「そうかそうか」


 マリコはゆらりと、音もなく体を起こした。

散々回り道してやっとここまで辿り着きました。

誤字脱字などありましたら、ご指摘くださると幸いです。

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