第22話 救出
本日2話目です。
『ドアを開けてくれないかな』
「開けて、どこに行こうって言うの?」
決まっている。
ダンジョンだ。
天塚さんの匂いならば、鼻腔の奥に――否、脳や魂にまで染み付いている。少しでも痕跡があれば絶対に見逃すことなどあり得ない。
それに、僕の予想ではあのサキュバスはシュタイン=デ・ルモントと同じ、イレギュラーな存在だ。普通のモンスターとは実力も知能もまったく別格。
モンスターなのか覚醒者なのかすら分かっていない状態で接触しても、倒せるはずがないのだ。僕とてどうなるかは分からないけれど、えっちな経験によってとんでもない勢いでレベルアップした今ならば戦える気がした。
「……分かった」
『ありがとう。ごめん……飼われてはあげられないけれど、戻ったら必ず顔を出すよ』
もともと飼われるつもりはなかったけれど、これっきりというのはあまりにも不義理だろう。
まぁ、眷属化で魔力経路が繋がっているみたいだし、もしかしたら僕の安否とか所在とかもなんとなく分かるかもしれないけど、それでも天塚さんを探し出したら一度は会いに来るのが礼儀だと思った。
のだが。
「はぁ? 何言ってんのよ。私も行くわよ」
『えっ!? ダメだよ! すごく危ないし――』
「うるさいわね。私はアンタの飼い主なのよ? 放り出すなんてできるはずないでしょ」
それに、と瑠璃華さんは唇を尖らせる。
「私はまだ聖奈に勝ってないもの……こんな終わり方なんて絶対に許さないんだから」
言い方こそ素直じゃないが、どうやら瑠璃華さんも天塚さんのことを心配しているらしい。
ライバルだ、勝負だ、と噛みついていた時もなんとなくじゃれるような感じだったし、天塚さんも瑠璃華さんを嫌ってる気配はなかったもんね。
「な、何よ! 私は聖奈のことなんてまったく気にしてないわよ!? とーやがどうしてもって泣きそうな顔で言うから、飼い主としての責務を果たそうとしているだけ!」
『分かった……でも、絶対に僕のそばから離れないでね。あと、何かあったらすぐ逃げること』
「……生意気……!」
瑠璃華さんがスマホを弄って天塚さんについて調べる。世界的な人気を誇っているだけあって、すでに有志が位置特定や捜索に必要な情報なんかを集め始めていた。
犯人と思しき女を各国DAのデータベースから探す、などと見当はずれなものもあるけれど、万単位で存在する顔写真を人海戦術で総浚いにする熱意はとんでもないものだ。
「犯人は人間じゃないのよね? 知り合い?」
『……僕も襲われたことがある』
人間であることを隠しながらもかいつまんで説明する。といっても、ものすごく強いことや、人間の言葉を話すくらいしか言えることはないけれど。
「戦ってみないとわからない、か……まぁいいわ。私がギッタンギタンのベッコンベコンにしてやれば、聖奈より強い相手を倒したってことで私の勝ちだもの」
だから、と瑠璃華さんは僕の両頬を抑え、むぎゅっと潰した。
「私が聖奈を助けに行くのは普通で自然で合理的なことなの。分かった?」
『ふぁい』
なんで念話なのに発音的なサムシングがおかしくなるのか不明だけれど、そういうことになった。
入口の無人機に登録証をかざし、新宿ダンジョンに突入する。事件があったということで警察の姿もあったし、天塚さんのことを探しに来たらしい探索者やら、行方不明に便乗して少しでも目立とうとする配信者の姿もあった。
正直なところ、エンタメ感覚の奴らは業腹ではあるけれど、人数は多ければ多いほど天塚さんを見つけられる可能性が高いので我慢だ。
「聖奈の匂いは?」
『……まだ分からない』
「そう。深部に行きましょ」
あっさり駆け出した瑠璃華さんだけど、僕の方が早いので降ろしてもらう。
・――ワースケベ形態へと移行します。
「……っ」
『驚かないの?』
「驚いてるわよ……どう考えてもモンスターだもの。役所もよくこんなのを犬で登録したわね」
『……ん?』
天塚さんが配信で言っていたので周知の事実と言えばそうなんだけど、僕はおろか天塚さんも瑠璃華さんには説明していなかったはずだ。
『……もしかして、配信観てた?』
「らっ、ライバルを倒すためよ! 研究と分析のため!」
『あーはいはい』
真っ赤な顔で否定する瑠璃華さん。いい加減、素直じゃない感情表現にも慣れてきたので彼女の思っていることが簡単に分かってしまう。
下手な視聴者よりもよっぽど天塚さんのファンである。
『まぁとにかく乗ってよ』
「うん……あっ、ふわふわ……!」
瑠璃華さんも覚醒者なのでもふもふに餓えているらしく、背中に乗ると僕の体毛を堪能し始める。撫でたり抱き着いたりとひとしきり楽しむと、僕の背中に顔を埋めた。
「はぁぁぁ……あったかい」
『それじゃ、行くよ』
「うん。聖奈発見の情報が出てこないかネットを見るから、敵が出たり変な動きをするときは教えて」
言いながらスマホを取り出す瑠璃華さん……仮にも僕の背中の上なんだけど。
『……くつろぎすぎでは?』
「うるさいわね。ごちゃごちゃ言ってると敷物にするわよ!」
『現在進行形で敷物みたいな扱い受けてるんだけど』
「良いからちゃっちゃと動く! 聖奈を探しなさい!」
それは言われなくてもそうするつもりだ。
大きく深呼吸をすると、多くの情報が僕の中に流れ込んできた。
汗や涙。制汗剤やシャンプーの香り。モンスターの体臭。血の匂い。
入口付近の浅い層なのもあって、新しいものから古いものまでがごちゃ混ぜだ。さすがにここまで情報が多すぎると、天塚さんの香りをかぎ分けるのも難しい。
『進むよ』
宣言と同時、僕は風のように駆け出した。
……つもりだったが、後ろ足の蹴りだしが強力過ぎらしく、地面が爆ぜた。そういえば、瑠璃華さんを舐めたり瑠璃華さんに舐められたりしたことで僕のレベルはまた上がっていたんだっけか。
レベルアップに応じて僕自身の反射神経や五感も強化されているので、壁に突っ込んで挽肉になるようなことはないけれど、自分でも驚くような速度だった。
「きゃぁぁぁぁっ!? はっ、早すぎよっ! 怖いッ!」
背中の瑠璃華さんからクレームが飛ぶが、それすら置き去りにして走り続ける。
瑠璃華さんには悪いけれど、天塚さんが心配なので速度をさげるつもりはなかった。
「ちょっと! 聞いてるの!? もうちょっと遅くしなさい! 怖いってば!」
『……粗相しないでね』
「敷物にするわよッ!?」
いや、だって前科あるじゃん。しかも僕のせいにしたし。
背中をぺしぺしと叩いて抗議する瑠璃華さんだけど、そんなことする余裕があるならもっとスピード出すからしっかりつかまっていてほしい。
僕の体内で暴れる魔力はこんなもんじゃない。
本気で走れば、ここからさらに二段階は早くなるだろう。これなら、もしかしたらあのサキュバスを相手取っても戦えるかもしれない。
そんな期待とともに僕は下層を目指し続けた。




