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第12話 非合法な研究をしているのはだいたい倫理観や常識がぶっ壊れているタイプの科学者


 一瞬の浮遊感とめまい。

 眼を開けると、そこは知らない空間だった。植物の(つた)みたいなものがあちこちから生えていて見通しは悪いけれど、壁らしき場所まではかなり距離がある。


 下手すると野球場やサッカーコートが入りそうな広い場所のようだ。


 ……頭が痛くなりそうな匂いと、妙な気配が充満していた。僕の五感がちゃんと働くか不安なので、最大限に警戒する。


「る、ルゥくん……離れないでね!」


 天塚さんの声からは、緊張が(にじ)んでいた。

 それも当然だ。ダンジョン内で起きる死亡事故。その直接的な死因はモンスターに殺されることだが、転移罠は間違いなくその発端の一つとしてランクインするものなのだ。


 基本的に探索中は配信をしているのだから、一撃で殺されるようなことがなければ何とかなる。

 配信を観返せばどこにいるのか特定できるし、とにかく逃げ回り、隠れて(ねば)り、救援を待てば良い……もちろん救援に掛かった費用を請求されたりはするらしいけれど。


 だが、転移罠にかかってしまった場合はそうはいかない。


 どこにいるのか特定するのが難しいし、【ワースケベ】に目覚める前の僕がそうだったように、粘れないほどの実力差がある階層に飛ばされるなんてこともあるのだ。


 ……そもそも、今はドローンカメラそのものが見当たらない。おそらくは転移罠の範囲外を飛んでたんだろうな。


「大丈夫だよ……お姉ちゃんが絶対に守ってあげるから」


 天塚さんが僕の前に立って槍を構える。

 どうやら天塚さんが僕を抱きしめたのは、守るつもりだったかららしい。指が白くなるほどに槍を握りしめる天塚さん。


 出てくるモンスターの強さも分からず、地上に続く道だって分からない。

 天塚さんだって怖いはずだ。

 なのに、咄嗟に僕を守ろうと動いて、言葉が通じてるかなんてわからないのに僕を励ましてくれる。


 こんな優しい子に、怖い思いや苦しい思いをさせたくない。

 僕こそ、天塚さんを守らなきゃ、と自然と思えた。


 何があっても天塚さんを無事に地上まで送り届ける。


 そう決意して、周囲に警戒を向ける。 

 果たして、そこには人影があった。

 ボロボロの布に身を包んだ猫背(ねこぜ)っぽいシルエットは人間にも見える。

 だが、頭に当たる部分には、カタツムリやアンモナイトのような大きな(から)が乗っかっていた。襟元(えりもと)と殻との間――本来ならば顎や首に当たる部分から、赤く発光する眼が覗いている。


 人間みたいだけど、絶対に人間ではない何か。

 見ているだけで嫌悪感が止まらなくなる、まるで悪夢のような姿だった。


 夢遊病患者のように、よたよたしながら歩く巻貝人間が、僕らに視線を向けて立ち止まる。


「ルゥくん、気を付けて!」


 天塚さんが武器を構えるけれど、少なくともこの身体は人間よりも頑丈なはずなのでむしろ僕が前に出るべきだろう。

 天塚さんを(かば)うように一歩進むと同時、僕の喉がぐるる、と低い唸り声をあげた。本能的な警戒が、唸り声として出てきたのだ。


 ……こいつは《《ヤバ》》い。


 飛びかかろうとしたところで、巻貝が首を傾げた。


「んんん……人間、か?」

「「ッ!?」」


 当たり前のように発された流暢(りゅうちょう)な言葉に、僕と天塚さんの動きが止まる。


「なんでこの階層に……? 売女(ばいた)の言っていた獣もいるな」

「……私達、転移の罠に巻き込まれたんです。帰り道とか、分かりませんか?」


 警戒しつつも困惑を隠せない天塚さんがおずおずと訊ねると、巻貝人間は両手をぽんと合わせた。


「ああ、なるほど……済まなかったね。人間は巻き込まないように指示したんだが、あんまり頭の良い子じゃないみたいで」


 話が飲み込めず、言葉の続きを待つ。が、巻貝人間は説明の代わりとばかりに、近くに垂れ下がっていた蔦を思い切り引っ張った。

 僕たちがいる空間そのものが(ゆが)んだかのような錯覚(さっかく)とともに、部屋全体がぐにゃりと崩れた。

 そこかしこの蔦がほどけ、その奥にあったものが顔を覗かせる。


「ひっ!?」


 それは、イソギンチャクと樹木の中間みたいな存在だった。


 天井からぶら下がった《《それ》》の巨躯から生えた触手は、絡まり合っていくつもの束になっている。どうやら僕が蔦だと思っていたのはこいつの一部だったらしい。


「君たちの世界の言葉にするならば、魔導生命体と言うのが適切かね」


 場違いなほどに明るい巻貝の声が響くが、僕は巨大イソギンチャクから目が離せないでいた。


 絡み合って束になった触手は、魔力を放出して魔法陣を描いている。複数の触手で複雑な図形を描き上げると同時、虚空(こくう)からモンスターが出現した。


 ――転移罠だ。


 つまり現れたモンスターはどこかから転移させられているのだ。

 どんな基準があるのか、出てきたモンスターに対して巨大イソギンチャクのリアクションは大まかに二種類に分かれた。


 触手でぎちぎちに締め上げるか。

 新しく描き上げた転移の罠をぶつけてどこかに送るか。


 何が起きているのかは分からない。でも、ただ事じゃないことだけは理解できた。


「これは……いえ、あなたは……?」

吾輩(わがはい)はシュタイン=デ・ルモント。偉大なる探究者にして真理を探求する学徒(がくと)である」


 どこか誇らしげに自己紹介したシュタインは、天井からぶら下がった巨大イソギンチャクに目を向ける。


「この魔導生命体はローパーという生物を改造した者なのだが、元の飼い主が品性も知性もない性悪女(しょうわるおんな)でね。ペットの知能もお察しというものさ……大方、間違えて君たちを転移魔法陣に巻き込み、どうしていいか分からずに放置したんだろう」

「……私たちがここに転移して来たのは、あなたの指示ってことですか?」

「ふむ、誤解しているようだね。吾輩が指示したのは特定の世界のモンスターを収集すること。その中に人間は含まれていない。つまり、不幸な事故ってことだ」

「事故……なら、元の場所に戻してもらうか、帰り道を教えてもらうことはできますか?」

「ははは。面白いな、君は」


 シュタインの目が赤く輝く。


「実験のためにモルモットを確保しようとしてドブネズミが混じっていたら、処分するだろう? 吾輩は愛護活動家ではなく探求者にして学徒だと言ったはずだ」


 言葉の意味を理解した瞬間、僕は弾かれるように走り出した。


 ただでさえダンジョンのどこかでモンスターを従えて何かをしている、なんていう怪しい状況なのだ。僕たちを――少なくとも天塚さんを無事に帰すつもりがないのであれば、敵と認定するしかないだろう。


「ぐるぁぁぁっ!」


 突撃と同時に爪を振るう。

 魔素によって強化された僕の前脚ならば、さすがにノーダメージってことはないだろう。

 そう踏んでの一撃だったが。


「ふむ……吾輩は頭脳労働担当でね。荒事は得意じゃないんだ」


 なおも場違いな雰囲気のシュタインは、触手をぐいっと引っ張った。

 ただそれだけで、天井に張り付いていた巨大イソギンチャク――ローパーが引きちぎれて、僕とシュタインとの間に落下してくる。


「吾輩のこの手は神秘を解き明かすためにあるのでね。荒事は御免被(ごめんこうむ)る」


 言葉と同時、シュタインは(ふところ)から小型のシリンジを取り出した。


「ローパー、吾輩を万魔殿(パンデモニウム)へと転送しなさい。それからこの実験フィールドは廃棄する。ここに残されたすべての生物は、お前の好きにしたまえ」


 シュタインがローパーにシリンジを突き刺した。体を引きちぎられ、墜落させられたローパーは身悶(みもだ)えしていたが、シリンジの中身が注入されるのと同時に触手を爆発的に伸ばした。

 ミチミチと音を立てながら太くなっていく触手の隙間で、シュタインが軽く手を振った。


「では、さらばだ」

「待って!」


 天塚さんの制止も虚しく、ローパーの描いた魔法陣にシュタインが吸い込まれ、消えた。

 そして残ったのは、出口が分からないままの僕たちと、嫌な音を立てながら成長を続けるローパーである。


 大きいだけのイソギンチャクにしか見えなかったそれは、急激な成長とともに別種の何かへと変化しているようだった。

 触手がぬめりを帯びて、とろとろと何かを分泌し始めた。嫌な匂いを放つそれはどう考えても触っていい類のものとは思えない。


 さらに、それまで動くことのなかった胴体部分が意志を持っているかのようにうねっていた。

 事態についていけず、呆然(ぼうぜん)とする天塚さん。

 その首根っこを牙に引っ掛けた僕は、全力で退避した。


 一瞬の間をおいて、僕たちがいた場所に粘液まみれの触手が振り下ろされる。


 おおよそ目や鼻のようなものがあるようには見えないが、ローパーは僕たちのことを知覚しているらしかった。


「わんっ!」


 気合を入れるために吼えると、呆然としていた天塚さんがハッと顔をあげた。


「ルゥくん、ありがと! まずはこいつを倒さなきゃね!」

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