表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法学園の悪役令嬢、破局の未来を知って推し変したら捨てた王子が溺愛に目覚めたようで!?  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/33

2-2

 錬金術基礎の教室は、半円形の階段教室だった。

 私とセレスティンが入ると、すでに多くの生徒が着席している。


 教壇には、私の推し――ネクロセフ教授がいた。

 

「開始五分前だ。空席に着きなさい」

 

 深みのある低音の声を録音できないのが残念だ。


 漆黒の髪をオールバックにして、スリーピーススーツ風の教授服を隙なく着こなした姿は格好いい。

 切れ長の黒曜石の瞳が、静かに教室を見渡す。

 その冷ややかな視線に、生徒たちは一斉に背筋を伸ばした。

 

 ……生で見る推し、やっぱり格好よすぎる!


 推しの講義を受けられるだけで、この人生に悔いなしだ。

 

「パメラ、あそこ空いてるよ」

 

 後方の席が空いていたので、私はセレスティンの左隣に座った。

 直後、私の左側の席に誰かが座った。

 

「失礼」

 

 爽やかな声に顔を上げると、アトレイン殿下がいた。

 周囲を確認すると、レイオンとコレットの姿もある。


 えっ、嘘……全員、同じ講義!?


 私の左側の空席に、アトレイン殿下。

 前の座席にレイオンが座り、レイオンの隣にコレットが座った。

 

「アトレイン殿下、後でノート見せてくださいね」

「コレット嬢、自分の手で取ることをお勧めするよ」


 着実に距離が縮まっている気がする。

 仲よくなるのはいいんだけど、できれば遠くで交際してほしい。

 

「……では、講義を始める」

 

 はっ……推しの講義!

  

 私は瞬時に推し活モードへ切り替わった。

 

「魔力を用いて物質の本質を理解し、新たな物質を創り出す――それが錬金術だ」

 

 見惚れてしまいそうになるけど、ノートも書かなくては。

 教授の言葉、仕草、指先の動き、全部を書き留めたい!


 隣では、アトレイン殿下もサラサラとノートにペンを走らせている。

 チラッと見ると、『ネクロセフ教授の手から』という文字が見えた。


 ん? 

 なんですか、その文? 

 すごく気になる。


 何を書いているのか見ようとしたら、気配に気づいた殿下は明らかに気まずそうな顔をして、サッとページをめくってしまった。

 見ないでほしいオーラがひしひしと伝わってくる。

 ……あまり気にしない方がよさそうな気配かな?

 

「錬金術の起源は古代魔法文明に遡る。当時の術者は、物質を四大元素……火、水、土、風に分解し、再構成した」

 

 教授が短杖(ワンド)を掲げ、水晶を指先で軽く叩く。

 すると、水晶が淡く輝き始め、魔力の流れが視覚的に浮かび上がった。

 

 綺麗でわかりやすい。

 推しの魔法をリアルタイムで鑑賞できるなんて、最高……!

 

「これが、魔力注入の基本動作だ。魔力を流し、制御し、形を与える」


 私は羽ペンを走らせながら、教授の手元を凝視する。

 黒い手袋がよく似合っていて、指が長くて美しい。


「この鉱石を識別できる者は?」


 教授が虹色に光る魔法鉱石を掲げる。

 私は真っ先に手を挙げた。すぐ後に、コレットも。


「ミス・タロットハート」


 な、名前を呼ばれた――!


 幸運の鐘が頭の中で鳴り響く。

 私は立ち上がって答えた。


蓄魔石(マナストーン)です。魔力を貯蔵し、必要に応じて引き出す鉱石です。教授がお持ちなのは、高純度のものかと」

「正答だ」

 

 教授が顎を引く。

 その一瞬の表情が、私にはどんな宝石より尊く見えた。

 

「優秀な回答者に、これを授けよう」


 教授が私に歩み寄り、蓄魔石(マナストーン)を手渡す。

 トゥンク。指先が……かすかに触れた……!


「顔が赤いが……体調はどうだ?」

「えっ、あ、はい! 健康です!」

「入試のときも倒れかけていたな。無理はするな」


 えっ。覚えていてくださってたの?


「は、は、はいっ……!」


 教授は何事もなかったように講義を続けた。

 でも私の心臓は、もう制御不能だ。


 なんて幸せな講義なの……!

 

「ふふ……」 

「パメラ、よかったね」

 

 セレスティンが小声で囁いてくる。

 

「うん、うん!」

「ネクロセフ教授、噂よりずっと良い先生だね」

「でしょう? 教授は素晴らしいの!」

 

 私が夢見心地で頷いていると、横からそっと袖を引かれる。 

 びくりとして視線を向けると、アトレイン殿下がノートの上に苺キャンディとメッセージカードを置いた。

  

『ネクロセフ教授は私語に厳しい。婚約者がいるのに他の男子と親しくすれば誤解を招く。気を付けるように――あなたの婚約者より』 

 

 ……セレスティンは女子だけど?


 教えてあげるべきか迷っているうちに講義は続き、あっという間に終わる時間になった。

 

「――以上だ。次回は実技を行う。各自、短杖(ワンド)と保護手袋を用意しておくように」

 

 教授が教壇から降りる。

 私は教授の後ろを追って声をかけた。


「ネ、ネ、ネクロセフ教授! すみません!」

「講義内容の質問か?」


 冷静な声音と視線が返ってきて、心臓がひっくり返りそうになる。

 私は勇気を出して思いを口にした。

 

「この学園は、優秀な生徒が教授の研究を手伝うと聞いています。私、教授の研究助手になりたいんです」


 そして、研究を禁忌の魔法なしで安全に成功させて、あなたに幸せになってほしいんです!

 

 ……熱いまなざしを注ぐと、教授は軽く顎を上げて目を眇めた。

 わぁあっ、この上から見下されるような表情、堪らない。写真を撮りたい……。

 

「本気か?」

「はい」


 教授がしばし沈黙し、黒曜石の瞳で私を見据える。


「……いいだろう。次の試験で学年トップ10に入れ。話はそれからだ」

「本当ですか!?」

「失敗したら二度目のチャンスはない。心して励むように」

 

 それだけ告げると、踵を返して去っていく。歩く姿勢が芸術的に美しい。


 はぁ……尊い……。


 余韻に浸っていると、背後から声がした。

 

「パメラは教授……いや、錬金術に熱心なんだな」


 アトレイン殿下だ。

 

「嫉妬しているわけではないんだ。それと、伝えたいことが」

「殿下。先ほどは、キャンディありがとうございました」


 いけない、言葉をかぶせたみたいになっちゃった。

 おかげで後半が聞き取れてない。

  

「殿下、失礼しました。かぶってしまいました」 

「いや……ところで、今日は昼食を一緒に摂らないか」

「は……い?」

  

 殿下が、私と?

 形だけでも、婚約者としての体裁を整えたいのかな?

 でも、殿下といると破滅フラグを踏んでしまいそうで怖いんだよね。

 

「では、昼休みに。俺が迎えに行く」

 

 私が目を丸くしていると、殿下はさっさと教室を出て行った。

 取り巻きがその後に続く。

 レイオンが殿下に話しかける声が聞こえた。


「努力は感じましたが、まあ、見てられませんでしたね」

「うるさいなレイオン」

  

 ……あまり好きではない私を無理して誘った、ということ?

 

 無理しなくていいのに。

 今からでも追いかけて断ってあげようかな?


 私が迷っていると、コレットが目の前に来た。

 

 ぱちりと目が合う。

 その葡萄みたいな紫の目は、ぎらぎらしていた。

 コレットは周囲の視線が自分に注がれていないのを確認してから、短杖(ワンド)をサッと振った。

 

 え?

 

 驚いて目を見開くと同時に、耳に異変を感じる。

 気圧の変化で耳が詰まったみたいな感じだ。

 

 違和感に耳を押さえると、他の音は遠いのに、コレットの声だけが妙に大きく聞こえた。

 

「パメラさん。さっきの問題、あたしも答えわかってたよ。パメラさんは落ちこぼれって聞いてたけど、意外とお勉強ができるのね。ねえ、あたし、お昼にアトレイン殿下のグループに混ざってもいい?」

 

 軽やかな声は、つむじ風みたいに早口だ。

 昼食を一緒にしたい?

 ここで断っても一般良識上は私には非がないけど、絶対コレットとの関係は悪くなるよね。


「……どうぞ」

「ありがとう、あたし、平民だからって舐められやすいから、一番権力があるアトレイン殿下のグループに入りたいの。パメラさんとは仲良くなれそうで嬉しい!」

 

 直後、耳の違和感もなくなって、音が普通に聞こえるようになる。


 今の……まさか、『秘話の魔法(シークレットワーズ)』?

 

 秘話の魔法(シークレットワーズ)は宮廷魔法師クラスが使う上級魔法だ。

 

 それを使って、私にだけ聞こえるように言葉を届けてきた?

 

 小説の中のコレットは、平民の出で、努力家で、誰よりも負けず嫌いなキャラだ。

 上を目指すことに貪欲で、栄光には躊躇なく手を伸ばす。

 やられたら倍返しするしたたかさがあって、パメラが意地悪してやり返されるのを読者が喜んでいた。

 

 でも、私は今回、意地悪してないよね?

 まさか、講義で同時に挙手しただけで敵意を向けられた、とか?

 もしそうなら、先が思いやられる……。

 

「パメラ、耳を押さえてどうしたの?」

「あ……セレスティン。ううん、なんでもないの」

  

 私は首を傾げつつ教室を出た。次は魔法生物学の講義だ。


 私の目標は、ネクロセフ教授と私自身の破滅回避だ。

 コレットに目を付けられないよう、気を付けよう。

 

 今朝の様子からしてもコレットはアトレイン殿下が好きだと思う。

 となれば、「私はライバルじゃありません」と全力で距離を取っていくべきじゃないかな?

 

 まずは、アトレイン殿下との昼休みの約束をお断りしよう。

 それから実家に手紙を書いて、婚約解消を進めてもらう。

 

「あの、すみません」

 

 私は廊下を歩いていたシルバーウルフ寮の上級生に声をかけた。

 

「シルバーウルフ寮の方ですよね? アトレイン殿下に伝言をお願いできますか?」

「え? ああ、構わないが……」

「今日の昼休みの約束、なしにしてくださいと。急用ができたので、と」

 

 上級生は怪訝そうな顔をしたが、頷いてくれた。

 

「わかった。伝えておく」

「ありがとうございます」

 

 私は丁寧にお辞儀をして、セレスティンと一緒に次の教室へ向かった。

 

 これで面倒事から一歩離れられる。

 あとで実家にも手紙を書こう。『婚約解消の件、私自身も望んでおります。どうか円満な形で進めてくださいませ』――と。

 

 私はコレットと争わない。

 アトレイン殿下への未練もない。

 

 私には、推しと友達がいる。

 それだけで十分だ。殿下もコレットもいらない!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ