5-3
第二フロアは、歴史の映像が壁に映し出されていた。
「おお……」
まるで講義で見た映像そのままだ。
「第二フロアへようこそ」
ミランダ・クロノスヴェール先生の声が響く。
「このフロアでは、歴史の知識を試します。前方に3つの道があります。正しい道を選んでください」
分かれ道の前に、質問が浮かんでいた。
この問題は協力していいんだ?
『学園の創設者である賢者は誰か?』
あ、わかる。あの泥沼三角関係・嫉妬闇墜ち劇に終止符を打った親友賢者ね。
「確か……アルカディウス?」
「それだ!」
マルクが頷く。
アルカディウスと書かれた道を進むと、正解のチャイムが鳴った。
しかし、その先にはまた座学の部屋が待っていた。
またひとりずつ、専用空間へ。
『暴君が闇に堕ちた理由を説明し、正しい扉を選べ』
依存してた聖女に振られたんだよ。
私は映像を思い出しながら答えを選んだ。
自由記述じゃなくて選ぶ試験でよかった。
何問か問題を解いて扉を選ぶと、また全員集合の大部屋にたどり着く。なるほど、これを繰り返すんだな。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
第三フロアは、魔法陣の修繕を要求された。
「このフロアでは、実際に魔法陣を構築してもらいます」
ジオメトリウス先生の声だ。
「床に描かれた魔法陣の一部が欠けています。チミたちは協力して、欠けた部分を補完してください」
床を見ると、巨大な魔法陣が描かれている。
しかし、いくつかの線が消えていた。
「苦手な属性でやらなくていいんですか?」
私が質問すると、声が返ってきた。
「実技課題では、得意な属性を使って構いません。ただし、座学問題では苦手な属性での知識を問います」
なるほど。
「これ、苦手な属性を描いてくれる友達がいなかったら苦労する試験だね」
セレスティンが呟くのと同時に、ちょっと離れたところで声が上がった。
「闇属性ができる生徒いないか? 助けてほしい!」
すると、釣られたように他の場所からも「火属性の人、助けて」「水属性の人、こっち来れる?」と声が上がる。
コレットがにやにやとして闇属性を欲しがっていたグループに近付いていく。
「あたし、闇属性ができるわよ! 助けてあげようか!」
「うわあ、コレットか。コレットに貸しは作りたくないな」
「なっ、なんですって!」
わいわいと騒ぎながら、私たちは協力して魔法陣を完成させた。
私は火属性で、セレスティンは水属性で、マルクは土属性で……。
「できた!」
魔法陣が完成すると、光り輝いた。
そして、またひとりずつの座学問題の時間だ。
『苦手な属性で基礎魔法陣を構築せよ。蓄魔石の使用は許可する』
今度はひとりで作るわけね。
私は蓄魔石を取り出し、集中した。
蓄魔石から魔力流し込み、床に魔法陣を描く。
「……完成」
魔法陣が青く光り、合格の音が鳴った。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
第四フロアは、温室のような空間だった。
「わあ……」
色とりどりの植物が咲き乱れている。
「このフロアでは、魔法植物を育ててもらいます」
ティタニア・ブロッサム先生の可愛らしい声がした。
「魔法植物の種に魔力を注いで育ててください」
実習と同じ試験だ。
ふと、レイオンに言われた言葉が胸に蘇る。
『パメラ嬢。それ、もっと果実が大きく成熟するぐらい魔力を注げたら、化けそうですよ』
魔力を多めに注いでみようか?
「…………えいっ……!」
思い切って種に魔力を注ぐと、種はすくすくと育った。
太く長い緑の茎を伸ばし、ハート型の葉を生やし……大きな赤い花を咲かせて、果実もできた。
これ、縁結びの花木に似てないかな?
果実は林檎に似た形をしていて、金色に光ってる。
どんな味がするのかな? すごく綺麗!
「あら、ミス・タロットハート。その果実は……」
ブロッサム先生がふわふわと飛んできて、私が育てた魔法植物をじーっと見ている。
「これは素晴らしい。これは古の聖女が育てたのと同じ、『属性替えの林檎』ですよ!」
「えっ、なんですかそれ?」
ブロッサム先生が興奮気味に杖を振ると、他の教授たちも飛んできた。
みんなして果実を見て「これはすごい」とか「国に報告を」とか言っている。なんかすごいものを作ったみたい。
「ミス・タロットハートは今代の聖女様なのかもしれませんね。さてさて、そちらは調べてみないとわかりませんが、今はひとまず試験の続きをしてください」
「あっ、はい」
聖女様だって。
私、悪役令嬢キャラなんだけどな?
首をかしげつつ、今までと同じく、扉を選ぶ座学問題に挑む。
……無事にクリア!
第五フロアは、最上階だった。
上空は自然の空ではなく、東側が夜空で西側が真昼という、幻想的な空だ。
床一面には巨大な魔法陣が描かれ、淡く脈打つ光を放っている。
最上階には大きな魔法陣がある。
「最終フロアは『総合問題』です」
「全員、魔法陣の内側に入るように」
魔法陣の外側には、エドナミイル教授とネクロセフ教授が並んで立っていた。
全員が魔法陣の中心に入ると、周囲が不自然に暗くなり、音が消えた。
世界そのものが呼吸を止めたような静寂だ。
次の瞬間、視界が反転し、私は――私自身を見た。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
白い寝台の上で、私は膝を抱えてカレンダーを見ていた。
「小説の続き、楽しみだな。推しの出番はどれくらいあるかな?」
次に、貴族の邸宅の廊下にいる私が見えた。
笑い声が聞こえる。
「パメラさんったら王太子殿下と目も合わせてもらえなくて、可哀想」
友人だと思っていた令嬢たちの陰口。私は俯き、笑顔を作れずにいた。
また場面が変わる。
届いたばかりの新刊を抱きしめて、泣き笑いしている私。
「届いたわ! よかった……続きが読めて嬉しい……!」
けれど、その笑顔はすぐに曇り、ページをめくる指がショックで震える。
推しの最期が書かれていたからだ。
胸の奥が痛んだ。
悲しい。
辛い。
「読まなければ教授はずっと幸せでいられたのに」
「好きにならなければ傷つくこともなかったのに」
「気付かないでいれば、ずっと幸せでいられたのに」
そんな声が、暗闇の奥から響く。
甘く、優しい声。
それは全部、私自身の逃避の声だった。
「何も望まなければ、何も失わないで済むわ」
「期待しなければ落胆しないで済むわ」
「何もしなければ後悔もしないで済むわ」
――私の声が私を誘惑するように響いている。
けれど。
「……それは、違う」
私は顔を上げた。
胸の奥に、確かに灯る光がある。
「このままじゃいけないと思ったから、私は立ち上がった。破滅する未来を知ったから、変わると決めた。知ることで傷付くこともあるし、怖いと思う時はいっぱいある。けれど、知らなければ掴めなかった幸せもある……!」
言葉が光になって、周囲の闇を照らしていく。
その光の中に、他の生徒たちの影が見えた。
アトレイン殿下が苦しげに顔を伏せている。
「完璧であることの重圧」に押し潰されそうな姿が痛々しい。
けれど、彼は顔を上げる。
「不完全なのは仕方ない。精いっぱい努力するんだ」
セレスティンは鏡の前でドレスを着せられ、俯いている。
その手が剣をつかみ取る。
「ボクは自分を諦めない。やりたいことを続けてみせる」
コレットは古びた路地で拳を握り、曇り空を見上げて呟く。
「過去は変えられないけど、未来は選べるもん! 絶対、幸せになってやる!」
マルクは父親と母親に持たされたお守り袋を握りしめて、勉強ができない自分への悔しさに歯噛みしている。
「僕は大器晩成なんです! 誰かと比べず、自分のペースで……いつか全員ぶっ倒す……!」
あれ? なんか過激なことを言ったな?
そして、薄暗い部屋の中で真っ赤なフード付きローブ姿で水晶玉を凝視しながら悪態をつくレイオン。
「チッ、やってらんねえな。何やってんだ、クソガキどもめ」
あれ? レイオン?
なんか様子がおかしくない?
けれど、彼の目にはアトレイン様が映り、セレスティンが映り、私やコレットが映り――その口元がふっと緩む。
「しかし、まあ……悪くない。青春ってのは、いつの時代もこんなもんだろ」
……???
レイオンってそういうキャラだっけ?
マルクもなんか過激なことを口走っていたし……?
私が目を点にしている間に、声が重なり、光が広がっていく。
そして、暗闇が消えた。
魔法陣の光は静かに収束し、最上階に再び幻想の空が戻る。
試験は終わった様子で、周りにはぐったりと疲れた顔の生徒たちが全員揃っていた。
「今のが、総合問題。知識じゃなく、心を問う試験なんだわ」
ところで、試験の終わり際に近くにいたみんなの心も見えちゃったけど、もしかして私のも見えてたりしたんだろうか……?
そわそわと他の人の様子を見ていると、アトレイン様と目が合った。
……聞いてみる?
「アトレイン様……試験の最後の方に、他の人のが見えたり聞こえたりしました?」
「いや。俺はそういうことはなかったけど……パメラはもしかして?」
「え、いえ。聞いてみただけです!」
一方的に私だけが知ってしまったっぽい。
微妙に背徳感を覚えて誤魔化していると、魔法陣の外で見守っていたエドナミイル教授とネクロセフ教授が静かに頷き合った。
「試験はこれで全て終了だ」
「みなさん、おつかれさまでした」
外に出ると、夕陽が沈みかけていた。
「終わった……疲れた……頭痛い……」
私が呟くと、セレスティンが頷いてくれた。
「ボクも……。でも、楽しかったね」
「うん……」
マルクが駆け寄ってきた。
「パメラさん! ありがとうございました! 箒のところ、助けてもらって……」
「どういたしまして。お疲れ様、マルク」
アトレイン様が手を差し伸べてくれた。
「よく頑張ったな、パメラ」
「アトレイン様も、お疲れ様です……みんなで協力できて、よかった」
私が呟くと、周りの生徒たちが頷いた。
こうして、史上最も過酷で、最も楽しい試験は幕を閉じた。
「さあ、これから打ち上げパーティだな」
レイオンが伸びをした。
この人、さっき変な映像が見えたんだよな……あれは何だったんだろう。気のせい?
「楽しみだな」
アトレイン様が微笑む。
その笑顔に、私の胸がきゅっと締め付けられた。
「パメラ?」
「は、はい! パーティ、楽しみですね!」




