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その夜、寮の自室でストレッチをしていると、窓の外でふわりと何かが揺れた。
「ん……?」
窓に近づいて外を見ると、月明かりの中に幽霊が浮かんでいた。二人いる。
「あっ……!」
フェリックとユーメイだ。
二人とも半透明で、月の光を透かして向こう側の木々が見える。
でも、二人は確かにそこにいて、仲睦まじく手を繋いでいた。
そっと窓を開けると、フェリックが優しく微笑んだ。
「パメラさん……縁結びの聖女様。お礼を言いに来たんだ」
「フェリックさん……! 縁結びの聖女様とは」
「あなたにぴったりだと思って、呼称を考えたんだ」
隣にいるユーメイも、ウンウンと頷いて微笑んでいる。
私は彼らの『縁結びの聖女様』になったらしい。
「無事に彼女が来てくれて、俺たち、50年ぶりに再会できたよ」
「本当によかったです……!」
私の目頭が熱くなる。
「ひとまずお礼を言いに来たんだ。ありがとう。君たちのおかげで、俺たちはやっと会えた」
「わたしからもお礼を言わせてください。ありがとうございました」
ユーメイが初めて口を開いた。
鈴を転がすような、可愛らしい声だ。
「フェリックったら、ずっと待っててくれたんですって。50年も……」
「ユーメイこそ、ずっと俺を探してくれたんだろう」
フェリックがユーメイの手を握りしめる。
「これからたくさん、お互いの気持ちを語り合おうと思うの。50年分の想いを、全部」
二人は見つめ合い、そして私に向き直った。
「本当に、ありがとう」
二人の声が重なる。
月明かりの中で、二人の姿がほんのり光を帯びていた。綺麗だ。
「ちなみに、俺たちは縁結びの木の周辺でまだまだ幽霊ライフをする予定だから」
まだ成仏はしないらしい。
フェリックが茶目っ気たっぷりに笑ってユーメイの肩を抱き、ちゅっと音を立てて頬にキスをした。
幽霊ってリップ音立てられるんだ。
「また遊びにきてね、パメラ。次は肝試しじゃなくて、普通に会いに来てくれたら嬉しいな」
「はい、必ず!」
私が頷くと、二人はふわりと宙に浮き上がった。
「それじゃあ、おやすみなさい」
手を振る二人。
月の光に溶けるように、その姿が薄れていく。
「おやすみなさい……」
私も手を振り返した。
そして、二人の姿が完全に消えるまで見送った。
幽霊に言うのは変な気がするけど、声を大にして言いたい。
「お幸せに」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
翌朝の食堂では、ナイトラビット寮の生徒たちが騒いでいた。
「おい、聞いたか! 縁結びの木のところに幽霊が二人いるらしいぞ!」
「しかも、めっちゃラブラブらしいぞ」
ジェラルドを中心に、盛り上がっている。
私は微笑みながら、焼きたてのパンにバターを塗った。
「パメラ、なんか嬉しそうだね」
「うん。いいことがあったの」
思い返すと、いいことがありすぎてどうしよう。
セレスティンに答えながら、私は小さな黒兎のルナル寮長を探した。
食堂の隅で、寮長がとんがり帽子を揺らしながら生徒たちを見守っている。
「ルナル寮長」
私が近づくと、寮長は長い耳をぴこりと立てた。
「どうした、お嬢ちゃん」
「工事についてですけど、お化けの通り道は今まで通り残してほしいんです」
真剣にお願いすると、ルナル寮長はくすくすと笑った。
「工事は建物だけだ。生徒たちはなぜ肝試しスポットの林がなくなると早合点してしまったのかのう」
「えっ……そうなんですか?」
「うむ。あそこは残すつもりだぞ。良い場所だからな」
寮長が優しく微笑む。
「あの木は、学園にとっても大切な場所なのじゃ。昔から、多くの恋人たちが約束を交わしてきた。そして今は、再会した魂たちが愛を語り合う場所でもある」
寮長の言葉に、胸が熱くなった。
「ありがとうございます!」
私は嬉しさのあまり、ルナル寮長を抱き上げてぎゅっと抱きしめた。
「ふむ、撫でられるのは好きだが、抱きしめられるのもなかなか悪くないのう」
寮長が満足そうに鼻を鳴らす。
私は食堂に戻り、みんなに知らせた。
「ねえ、聞いて! お化けの通り道、工事しても残るんだって!」
「やったー!」
生徒たちが歓声を上げる。
「また肝試しできるな!」
「試験後にまたしようぜ!」
ジェラルドが拳を突き上げ、みんなが拍手する。
ナイトラビット寮は、良い寮だ。




