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魔法学園の悪役令嬢、破局の未来を知って推し変したら捨てた王子が溺愛に目覚めたようで!?  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!


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2-9

 私たちは不気味で何か出てきそうな雰囲気がある林の細道を歩き始めた。

 

 月明かりが木々の間から漏れ、地面に揺れる影を描いている。

 足元には落ち葉が積もっていて、歩くたびにかさりと音を立てた。


「わあああっ!」

 

 前方から誰かの悲鳴が聞こえてきた。

 ジェラルドの声だ。


「キングが叫んでる……」

「最初に出発したはずなのに。怖がりなのかな」

 

 セレスティンがくすくす笑う。

 私も少し緊張が和らいだ。


 細い道は思ったより長く感じる。

 木々が密集していて、昼間でも薄暗そうな場所だ。

 風が吹くと、枝葉が擦れ合って囁くような音がする。


「あ……」


 ふと、視界が開けた。

 そこには一本の大きな木が立っていた。


 ハート型の葉を茂らせた、優雅な佇まいの木だ。

 可憐な赤い花が咲いていて、甘い香りが漂ってくる。


「リンデンの亜種……カルディアの花木だ。聖女伝説とも関係があって、縁結びの木とも呼ばれてる」


 アトレイン殿下が静かに言った。

 

「この木の下で待ち合わせをした恋人たちは、幸せな夫婦になれるという言い伝えがあるんだ。それに、古の聖女は実がならないこの花木に奇跡の果実を実らせたと言い伝えられている」

「へえ、ロマンチックだね」


 セレスティンが興味深そうに木を見上げる。

 私も近づいて、ハート型の葉に触れようとした――その時。


「ユーメイ!」


 突然、声が響いた。


「きゃっ!」


 驚いて振り返ると、そこに――青年が立っていた。


 いや、青年の姿をした、何かだ。

 輪郭が僅かに透けている。

 月光を透かして、向こう側の木々が見える。


「幽霊……!」


 美形の青年幽霊だった。

 整った顔立ちに、柔らかそうな金色の髪をしている。

 けれど、その瞳には深い悲しみが宿っていた。


「ユーメイ、待たせてしまってすまない。俺は――」


 幽霊が一歩近づいてくる。

 その瞬間、彼の表情が変わった。


「……あれ? 君は……」


 困惑した声だ。

 幽霊は、私をじっと見つめた。


「ピンクの髪……真珠のピアス……制服も、ユーメイとそっくりだ。でも……違う」


 その声が、しょんぼりと沈んでいく。


「すみません。人違いだったようで……」


 私は慌てて謝罪した。

 すると、幽霊の青年は首を振った。


「いや、俺の方こそすまない。勝手に期待して……。俺はフェリック。生前、この学園の生徒だった」


 フェリックと名乗った幽霊は、力なく微笑んだ。


「君たちは……肝試しか?」

「はい。ナイトラビット寮の生徒です」

「そうか。ナイトラビット寮、か。俺もそうだったんだ」


 懐かしそうに呟くフェリック。

 

「あの、フェリックさん。ユーメイさんというのは……」

「ああ。俺の婚約者だった人だ」


 過去形だ。

 その響きが、胸に重く沈む。


「生前、俺は……ユーメイに冷たくしてしまった」


 フェリックが、ゆっくりと語り始めた。


「好きだと伝えるのが恥ずかしくて、素っ気ない態度を取ってしまったんだ。どうせ将来結婚するんだからって、安心して放置したり……」


 彼の声が、僅かに震える。


「女って感情的でめんどくさいな、なんて思ってた。買い物に付き合うのも疲れるし、どう接したらいいかわからなくて……」


 ああ、と私は思った。

 典型的な、不器用な男子だ。


「ある日、俺は教授に命じられて、近くのルナティス山に魔法植物の採取に出かけることになった。その時、彼女は手伝うと言って付いてきたんだ。まあ……デートってやつだな」


 ルナティス山は、私たちがもうすぐ魔法植物の採取実習で行く予定の山だ。

 デートスポットというのは初めて聞いたけど、あの山にもそういえば縁結びの木が生えているんだよね。


「そこで、本来その山には生息していないはずの魔法生物が現れた。影黒(シェイド)ドラゴンだった」


 私の背筋が凍る。

 影黒(シェイド)ドラゴンは狂暴で、危険な闇属性の魔法生物だ。


「俺はユーメイに『俺は絶対に無事で戻るから先に帰って縁結びの木の下で待ってろ』と言って、彼女を先に逃がした。まあ、咄嗟に格好付けたんだな……俺は、そこで命を落とした」


 沈黙が降りる。

 風が吹いて、ハート型の葉がひらりと舞い降りた。


「幽霊となって、この木の下に来た。ユーメイとの約束を守るために。でも……」


 フェリックの声が、かすれた。


「風の噂で聞いたんだ。ユーメイも、あの山で命を落としたと」


「……っ」

「俺はずっと待ってる。もしかしたら、幽霊となったユーメイが、約束通りこの木の下に来てくれるんじゃないかって。でも……」


 彼は寂しそうに笑った。


「もう、50年が過ぎた。彼女は来ない」


 ……50年も。

 その言葉が、胸に突き刺さる。


「お悔やみ申し上げます」


 私は深く頭を下げた。

 セレスティンとアトレイン殿下も、静かに一礼する。


「ありがとう」


 フェリックが小さく微笑んだ。


「でもね、俺はここを離れない。たとえこの寮が改装されても、この木が伐られても。ユーメイが来るかもしれないから」


 50年も来ないのだから、ユーメイさんはもう成仏してるんじゃないだろうか。

 私たちはなんとも言えない悲観的な空気で黙り込んだ。でも、半透明の幽霊の眼差しには、夢と希望が溢れていた。

 

 ふうむ。ユーメイさんと再会させてあげたいな……。

 なんか忘れてることがあるような。

 思い出せそうで思い出せない。なんだろう?


 私が記憶を探っていると、セレスティンがコメントをした。

 

「こういう男子はダメだよね」

「え?」


 ダメとは?

 

「だって、生きてる時にちゃんと伝えなかったんでしょ? 好きだって。大切だって。死んでから後悔しても遅いのに」


 セレスティンの言葉は厳しいように聞こえるけど、同情するような切なさも含んでいた。


「……その通りだ」


 フェリックが頷く。


「俺は何から何までダメな男だった。不思議だ。生きてる頃は気付けなかったことが、時が経つにつれわかってくる」


 アトレイン殿下が、ふと口を開いた。


「参考までに、どういう接し方がだめなんだ?」


 ん?

 

 真剣な声で何を問いかけてるの?

 しかも、ふと見たら殿下、メモとペンを取り出して書き留めようとしてる。


 セレスティンはそのメモを覗き込んで口元を緩めた。


「なーにこれ。『偉そうに呼ばない』……?」

 

「俺の姉からの助言なんだ。偉そうな男はダメだと。婚約者が姉上を『お前』や『君』ではなく『あなた』と呼ぶのがいい、って……」


 そこまで言って、アトレイン殿下は慌てて口を閉じた。


「こほん。なんでもない」


 ほう、なるほど?

 アトレイン殿下が私を「あなた」と呼ぶのって、グレイシア姫殿下に言われて意識的に言ってたんだ。

 なんか丁重に扱われてる感じがすると思ってたんだよね。姫殿下の助言のおかげだったんだ。


 ……グレイシア姫殿下と言えば……。

 

「フェリックさん」


 ふと、私は思い出した。

 原作では、魔法植物の採取実習で山に行く。そこで……幽霊が出る。


 もしかして。

 もしかしたら。


「ユーメイさん、見つかるかもしれませんよ。そしたら、フェリックさんのことを伝えます」


「――え?」

 

 私は真っ直ぐにフェリックを見た。


「詳しく言えないんですけど……なんとなく、近いうちに見つけられそうな気がするんです」


 ぬか喜びさせてしまうかもしれない。

 でも、何もしないよりはいい。


「本当か!?」


 フェリックの瞳が、初めて光を帯びた。


「ああ、もし本当に会えたら……俺の想いを伝えてほしい。『ずっと待ってる』って。『愛してる』って」


 私が頷いた、その時。

 アトレイン殿下が低い声で言った。


「何か……来る」


 ざわり、と木々が揺れた。

 風とは違う、何か大きなものが近づいてくる気配がする。


「ああ、俺以外の幽霊だよ。あいつらはね、ちょっと過激なんだ。生きてる子を見つけたら乱暴にちょっかい出して遊び始める……隠れた方がいいよ」


 フェリックが忠告して離れていく。

 ここ、フェリック以外の幽霊も出るんだ?

 

「隠れた方がいい」


 アトレイン殿下が素早く短杖(ワンド)を構えた。


闇の帳(シェイドヴェール)


 次の瞬間、私たちの周囲が闇に包まれた。


「うわっ」


 セレスティンが小さく声を上げる。

 

 濃密な闇だった。

 けれど、不思議と息苦しくない。

 まるで、柔らかな布に包まれているような感覚。


「これ……闇魔法?」


 セレスティンが驚いた声で囁く。


「ああ」


 アトレイン殿下が短く答えた。


「影を作って、俺たちの姿を隠している。少しの間、じっとしていてくれ」


 闇の中で、私は感心していた。


 代々光属性が得意なことで知られる王族。

 アトレイン殿下は光属性の魔法で有名だ。


 苦手属性の魔法を使うには、大量の魔力を消費する。

 なのに、殿下はけろりとしている。


 魔力量が多いのね……。


 やがて、気配が遠ざかっていった。


「……もう大丈夫だ」


 アトレイン殿下が闇を解く。

 月明かりが戻ってきた。


「助かったよ、レイン。闇魔法が得意なんだね」


 セレスティンが感心したように言う。


「まあ、な」


 アトレイン殿下が曖昧に頷いた。


「フェリックさん、ありがとうございました」


 私がお礼を言うと、フェリックは優しく微笑んだ。


「気をつけて帰りなさい。それと……本当に、頼んだよ」


「はい」


 私たちは縁結びの木に別れを告げ、林道を抜けた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 肝試しのゴール地点では、ジェラルドたちが盛り上がっていた。


「おお、パメラたち! 無事か!」

「はい、楽しかったです」


 答えると、周囲から「幽霊見た?」「怖かった?」と質問が飛んでくる。


「美形の幽霊さんに会いましたよ」


 報告すると、マルクが眼鏡をクイクイしながら興奮気味に話しかけてくる。

 

「僕たちも幽霊に遭ったんです! それも大量で、ジェラルド先輩が幽霊に気に入られて空中に浮かされたり回転させられたりして大変だったんですよう!」


 あの悲鳴は幽霊に遊ばれていたのか。

 

「スカイホエール寮の寮長、上から見てるだけで全然助けてくれなかったよ」

「あの寮長、空中で寝てるんじゃないかな?」


 ナイトラビット寮の生徒たちはひとしきり肝試しの感想を語り合い、やがて解散した。

 

「そろそろ俺も帰る。本心を言うとパメラをベッドまで攫ってしまいたいが。楽しかったよ、ありがとう」


 なんかちょっと変な言葉がまざってたけど、アトレイン殿下は私たちに一礼した。

 騎士がするような、両足を揃えて片手を後ろにまわした姿勢での礼は、洗練されていてなんだかすごく絵になる格好良さだ。


「おやすみなさい、レイン」

 ……お疲れ様でした、アトレイン殿下。


 心の中で呟いて、私は微笑んだ。


「肝試し、楽しかったね」

「うん。また明日ね、パメラ」

「おやすみなさい、セレスティン」


 月が煌々と輝く夜空の下、私たちはそれぞれの部屋へと帰っていった。

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