4 トイコス砦
コイツを引き取ることにした後。子供の情操教育に悪そうなヤツと別れた俺は、まずこのボロ雑巾の身なりを整えてやることにした。戦場では、一に健康、二に足腰、三に武威だ。こんな汚い恰好をしていれば、もうそれは病死RTAしているのと変わらない。
だけど... 俺の住んでいる家(笑)は隙間風から鼠まで、なんでもござれなあばら家だし。ここ第三補給基地も急ごしらえで作られた基地なので、そんな上等な施設が無い。
まぁ簡単に言うと、風呂が無いわけだ。
「.......はぁ」
個人的にはすっごく嫌だが、こんな泥ん子をそのまま放置するわけにもいかん。行くか。
◇◇◇◇◇
最前線から王国側に5キロほど歩いた場所にある、ビオス伯爵家が所有する砦。それがこのトイコス砦だ。最前線の城壁が使い物にならなくなったので、この砦が最終防衛ラインになるのも時間の問題かもしれない。
そんな不謹慎なことを考えつつも、俺は背負った少女と共に城門に足を運んでいた。
「止まれ」
「....」
まったく、貴族ってなんだろうな? って、ここに来るたびに俺は思う。
貴族というのは国防の義務や、民を管理する義務が存在している。また、その対価としてある程度のぜいたくな暮らしや、特権を認められているはずだ。
特に俺はここ二年もの間、成人していないにもかかわらずその義務を果たしてきた。しかし、この門番はあろうことか、俺に対してその手の槍を向けている。
いや、お前俺のこと知ってるよな? 一か月前に領主代理として王命を賜った時に、お前その場にいたよな。我貴族ぞ? 貴族に槍なんて向けたらその場で打首の上、市中引廻しが常識だぞ? と、そんなことを思うが、まぁこいつがこんな暴挙に出る理由も分かっている。
「ビオス伯爵代理だ。通せ」
「確認を行いますので、少々お待ちください」
「ここでか?」
「......詰所でお待ちください」
この流れもいつも通り。そうして詰所に向かおうとすると、またもや門番はケチをつけて来た。
「その背の者はどなたでしょうか? 失敬、身分を確認しないことには城内へ立ち入りの許可を下ろすわけにはいきません」
「....」
上からの命令で俺に回り道をさせる分には許容しよう。だけど、そんな命令は受けていないはずだ。
「失せろ」
「いえ」
「血の薄いカスに命じられた分に関しては譲歩してやる。だがな、それ以上はお前個人による采配と見做す」
「....お通り下さい」
貴族に難癖付けて気持ち良くなってる門番とか、さっさと解雇してしまいたい。しかしそれが出来ない。というか、その権利が俺にはない。
その理由は単純で、今の俺はあくまで辺境伯代理。つまりは、実権を持てないお飾りなのだ。そして、その実権を現時点で握っているのは、ビオス伯爵家の分家であるアナスタシ子爵家となっている。古代日本でいうなれば、摂政みたいな感じね。
分家という事で本来は家督を継ぐ資格が無いのだが、伯爵家の正当な血筋が絶えればアイツらが伯爵の後釜に付けるようになるって寸法だ。つまりは俺が最後の邪魔者ってわけ。
こんな理由から、あの穢れた血共はいつも俺の妨害をしてきていた。わざわざ手続きを手間取らせることから始まり、果ては伯爵当てに届いた書類を握りつぶしたりと... 手広くやっている。
「チッ...」
今回のアレもその一種だ。本来は俺の所有する城だというのに、わざわざ手続きを複雑化してこちらを足止めしているってわけ。これで俺がイラついて貴族の血が入った誰かをぶち殺せば、晴れて俺は乱心したことになり、貴族位剥奪になるだろう。
俺をはたから見れば、まだ12歳かそこらのガキだしな。普通であればそんな短慮な行動に出てもおかしくはない。ま、実情としては頭は大人で頭脳は子供な某探偵少年状態なので、そんなことはしないが。
そうして1時間くらい待った後、やっと詰所に誰かが来たようだ。
「....メイドかな?」
足音の軽さからの予測だったが、その予想は見事に外れていた。
「...はぁ」
「確認が取れましたので、ご案内いたします」
一見するとメイドだ。生活感のある素朴なメイド服を着こなしているメイドさん。しかし、血と金属のにおいがスカートの中から洩れてるっていうね。
「太もも、見せてみろ」
「.....ッシィ」
一呼吸おいて、メイドはスカートのガーターベルトに取り付けられたナイフホルダーから、血生臭いナイフを抜いた。
「はい。減点ね」
抜いて、切りかかる。そんな風に動作を分けている時点で二流だ。
俺は握った手の中で固めた魔力の玉を指で弾く。
これは俺が指弾と呼ぶ、ただ魔力を圧縮した弾を作り、純粋な肉体の力で弾き飛ばすというだけの物。だがその威力はかなりのもので、たった一発でメイド暗殺者の片足は潰れていた。
そして、痙攣しながら絶命する。
「...胸糞わりぃな」
これがアナスタシ子爵家の誓約魔術。簡単に言えば、破ると命を落とす誓約を課す魔術だ。しかも質の悪いことに、これは術者以外同士で誓約をかけることもできる。つまりは、子爵家連中が俺の命を狙った証拠にはならないってわけ。
こいつに掛けられた誓約は... 暗殺に失敗したら死ぬって感じかね? まったく、子供の目の前でなんてものを見せるんだよ。成人女性がビクンビクンして息絶える様なんて、トラウマになるわ。
そうしてもう一度待っていると、今度は騎士が詰所を訪れた。
初めは俺とメイド(笑)を見て困惑した様子だったものの、合点がいったのか、手早く死体を回収していく。そして、すぐに別のメイドをよこしてくれた。
「風呂を二人分用意しろ。こいつには薬湯を、俺には普通ので良い」
そういったメイドは少し怪訝な顔をしたが、ものの十分でもろもろの用意を済ませてくれる。
ふぅ、一か月ぶりの風呂にやっとありつけそうだ。




