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赫の神は休めない  作者: sei10


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3 朽ちる少女

この第三補給基地には、大きく分けて三種類の人間が滞在している。


まず一つは冒険者や傭兵といった自由民であり、彼らはギルドと呼ばれる世界規模の組織に所属する雇われ戦力。


二つ目は貴族関係者の私兵や騎士団。王家直属の第三騎士団や、派兵の義務を負っている貴族の私兵がこれに該当するだろう。かく言う俺も、伯爵家に出せる戦力が少ないために駆り出された者なのでこれに含まれる。


そして、最後が王国民から徴兵された兵士たちだ。こいつらは大体が年貢を一定量もおさめられなかったアホンダラなので、結構な確率でチンピラの寄せ集めだ。大体が奴隷同然に荷馬車に乗って送られてきて、五年間の兵役を強制される。まぁ、同情の余地はない。


でだ。そんなチンピラを鉄砲玉にするにはどうすればいいのか? と聞かれれば、俺のような貴族はこう答える。


「後ろからも魔法は飛んでくるぞ」と。


というわけで、今俺はそんな兵士たちの前で演説を終えた所だった。


「よし、お前らは明日から戦場に出ることになる。なので、存分に英気を養っておくように。もちろんだが、逃亡したり上官に反抗するような輩は、昨日の奴みたいに胸に風穴を開けることになるからな。では解散!」


目の前で胸に風穴を開けられる様を見た約半数は勿論のこと、第二陣として今朝に到着した兵たちにも話はすでに回っているらしい。前回や前々回に比べたら、やけに兵士たちは従順だった。


そして、100人近い兵士たちはとぼとぼと兵舎の方へ歩いていく。その光景を俺は最後まで見送っていたわけなのだが、どうも一人... 反抗的な奴がここに残っていたらしい。


「おいガキンチョ。さっさと兵舎に戻... は?」


目の前に立っている虚ろな目をした女児は、背丈からしても8歳かそこら。間違いなく10歳よりは下だし、魔力が多ければその分早熟なので、もっと下の可能性すらあった。


一瞬、どこかの騎士爵が子女教育の一環で連れて来た子供かと思ったが、このぼろきれを巻いただけのような恰好からして平民の可能性が高い。しかし、ここら一帯は避難命令が出てから既に二年以上が経過しているため、近隣の村から迷い込んだなんていう可能性も限りなく低い訳で....


「そこのガキンチョ。なんでここに居るんだ?」


「....」


少女は口を固く結び、俺の問いに答えない。


「ガキンチョ.... お嬢さん? おい、耳聞こえてんのか?」


ただただ虚空を虚ろな目で眺める事しかしない少女。いやマジで、どっから来たんだよこいつ。兵士に紛れて運ばれてきたのか?


「はー... しゃぁねえなぁ」


取り敢えず、こいつの身元確認が急務だな。平民のガキならほっぽっとくが、万が一お偉いさんの子女だったりしたら目も当てられない。


俺はその小汚いガキの背中側の服を掴んで、まずは中央の天幕の方へと向かった。


「.......」


まるで借りてきた猫だな、こいつ。と、そんな印象を抱きつつも戦場入りして3か月以内の兵士が駐屯する兵舎を覗くと、そこでは新入りへの洗礼が行われていた。


簡単に言うと、殴り合いである。


兵士たちは一月に一度くらいの頻度で運ばれてくるので、だいたいはその運ばれてきたメンバーでグループを作っている。そして、新入りが入ったらその一つ上のグループが、新入りに戦場でのイロハを教えるというのがここでのしきたりだ。しかし、たまにだが先輩に突っかかる(やから)も存在しているため、そういう奴には拳で上下関係を教え込むのだ。


特に、前回までの月に運ばれてきた兵士達は既に戦場に一度出ており、ある程度のふるい落としが終わっているために人数は少ない。それに比べて、今期からの兵士たちが戦場に出るのは早くて雪解けの三月だ。人数有利を鼻にかけて突っかかってこないよう、徹底的にメンツをつぶす必要がある。


まぁ、一か月も戦場で生き残っている兵士に新入りが敵うはずもなく、新色の中でも特にガタイのよかった大男は成す術もなく金的を喰い、地面と濃厚なディープキスを交わしていた。


「そこらへんにしとけ」


「!? 伯爵様に敬礼ッ!」


「いや、特に重要な通達って訳じゃないから楽にしていい」


「はい!」


奥の方で出来の良いソファーから勢いよく立ち上がった彼は、三か月前の組のリーダーをしている、元は町の衛兵だった男だ。戦場でも一騎当五くらいの働きをしていたのを覚えている。彼はこの兵舎に暮らす百から二百ほどの兵士たちのまとめ役をしているため、俺は彼のことを便宜上 ”百人兵長”と呼んでいた。


そうしてボッ立ちの新入り達は兵舎のタコ部屋にぶち込まれ、兵舎の広場には俺と三から一か月のリーダーが残される。


「用件を伺います」


「あぁ、このガキについて知ってることはないか?」


そう言って手に持ったガキを前に出すと、兵長は神妙な顔で口を開く。


「あぁ、たしかそいつは新入りに紛れて来たやつですね。昨日の夜にここにきて、父親を捜しているようでした。まぁ、ただの平民ですね。慰安用にしては若すぎるんですよねぇ。志願兵のリストバンドは着けてました」


「なんだ、そうか」


どっかの令嬢か? なんて、無駄な心配だったな。よし、配給所の方にでも預けとくか。運が良ければ職にありつけるだろう。


と、そんなふうに俺は踵を返した瞬間に、肩に手が触れた。


「またお前か、ベルフ」


「つれないですね、それよりも... その手の子猫ちゃんはどなたで? ...まさか旦那の娘!? マジもんの旦那さんになっちゃいました!?」


「冗談もほどほどにしとけ。あと、ちょっと頼まれて欲しいんだが」


そんな俺の言葉を聞いて、ベルフは露骨に嫌な顔をした。


「流石に引き取りませんぜ? 何せ、いくらウチの傭兵団が変態の集まりだからって、幼女趣味(ロリコン)みたいなのはいないんで。間に合ってまーす」


「バカが。配給所に送っとけって事だよ」


「えぇ? 戦場に立たせるのと大差ないじゃないすか。目覚めが悪くなるんで、辞退しますよ」


ひらひらと振っている手を含め、ベルフの一挙手一投足はとても軽薄に見える。しかし、今回ばかりは... とでも言うように、コイツの声はガチなトーンを含んでいた。


いやまぁ、確かに配給所の治安が悪いのはそう。


あそこら辺は兵站を作っている都合上、ある程度の残飯や傷んだ食品が捨てられる場所だ。そして戦いの場に出られなくなった負傷兵は、その食い扶持(ゴミだめ)を奪い争って小さな貧民街(スラム)を配給所の周囲に形成している。


逃亡兵になって国籍を失えばまともな職には就けないし、戦場の怖さを身をもって知った以上は戦うこともままならない。そういう奴ら、いわば戦場のなれの果てが凶行に走るのは想像に難くないだろう。


まぁ、正式な配給員は騎士や貴族の庇護を受けられる。しかし、下働きではそうもいかない。もしも逃げられなければ慰み者にされて、翌日には冷たい死体と化しているかもしれないな。


だが、女子供が働ける場など配給所くらいのものだ。力仕事は出来るはずもないし、ましてや戦場に出る価値もない。戦争の最前線に自ら飛び込んだ以上は、働かざる者食うべからずという掟に従う他ない。


なあに、運が良ければ配給所のおばさんに雇ってもらえるさ。あとは運が良ければ、正規の配給員にまで成り上がれる可能性もある。うん、あとはこのガキの運次第ってわけだな。


「ってことで、ホレ」


ボロ雑巾のような服が千切れそうになっている少女を、ベルフの目の前にずいと持ってくる。


「...どっかに引き取ってくれたり、街まで送り返してくれる人はいませんかね?」


「自分の配給分を減らしてまでコイツを養う奴は、どうせすぐ死ぬか、ろくでもない(やから)かだし。あと、戦場商人共は実利至上主義ばっかりだからな。こんな薄汚いのはよくて奴隷、悪くて魔物の囮役だ。配給所のババアに運よく気に入られて、横流ししてもらったメシで食いつなぐのが関の山だ」


俺の懇切丁寧な説明を受けたベルフは宙を仰いだ。そして、少ししてから口を開く。


「甘っちょろいことを言っちゃいましたね。忘れてください」


「違いない」


まったく、コイツは夢見がちだな。もしかしてだけど、どっかの貴族の三男とかだったりするのだろうか? いや、まぁ礼儀作法がしっかりしている時点でどこぞのお坊ちゃんなのは確かなんだが、俺含めていささか子供に甘いていうか... やっぱりロリコンか?


「...ところでお嬢ちゃん。名前は?」


ベルフは猫なで声で少女に名前を聞いたが... やはりどこか気持ちが悪い。そして、今まで首根っこを掴まれても声一つ発さなかった少女は、ここにきて初めて口を開いた。


「ベリオ... ガフ」


「あ゛?」


「ん?」


王国での平民の名前は、基本的に "名前+町の名前" という構成だ。つまり、この少女が言った名前はガフ村のベリオという事になる。


....いやいや、明らかに男の名前だし。それに同じく王国では、男の名前には濁音、女の名前には半濁音をつけるというしきたりがあった。どう考えても偽名か、別人の名前。


だが俺にとって、そんなことは些細な問題だ。そして重要なのは、なぜこの少女からその名前が出て来たのか。


「おい、どこでその名前を聞いた?」


「.....」


やはり少女は答えない。


「....チッ」


まーただんまりかよ。さっきのベルフみたいな猫撫で声じゃなきゃ答えないってか?


「まぁいい。頭の中を覗けば一発だ」


「えぇ? 廃人になるんじゃ?」


「一節増やせばいいだけだ」


ガキを床に置いて、空中に魔法陣を描いてゆく。頭を覆うような中空型の魔法陣が三層。更に、そこから複雑な幾何学模様が顕れる。


生命属性の最上級魔法である【記憶の閲覧(メモリーピーク)


脳内の記憶を覗き見るという魔術だ。しかし、脳という器官は科学技術の発達した現代でもブラックボックスと呼ばれる領域であり、魔術に組み込める術理もひどく曖昧。つまりは、消費魔力がその分だけ爆増する。


この魔術一つで全快していた魔力が半分以上も持って行かれたが、しかしコイツの口から出た名前を誰に吹き込まれたかは知っておく必要がある。なんてったって、その名前の彼は俺にとって....


「....」


「どうしました? 旦那?」


人一人の記憶を閲覧するという行為は、大雑把に見たとはいえど、かなりの情報が流れ込んでくるものだ。そんな脳のキャパが圧迫されたことと、その内容に俺から見て重要な内容が含まれていたというダブルパンチによって、一時的な意識の混濁が引き起こされていた。


そうして意識がだんだんと明瞭になって行き、ベルフの間の抜けた声が耳につく。そうして俺は口を開いた。



「...コイツは、俺が引き取ることにする」




「.................え゛ッ!? どういう心境の変化ですかい?」


驚きすぎてきったねぇ声を出すベルフに対して、俺はこう答えた。


「俺のモットーでな、恩は利子をつけて返すことにしてるんだ」





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