プロローグ
視界一杯に広がる青空のなんと綺麗なことか。
それに比べて.... 俺が今寝転んでいる大地は、なんともどす黒い。
鼻にねちっこく纏わりつく腐臭は、何度嗅いでも慣れることはない。そして力なく放り投げた四肢から伝わる温さは、心地よさと同時に途轍もない不快感を擦り付けてくる。
意識を覚醒させた俺は、動かなくなった四肢を強制的に生まれ変わらせ、体を覆い尽くしていた肉の塊を跳ね除けた。
「あー.... 人がゴミのようだ... な」
死屍累々。命の儚さなどをこれっぽっちも感じさせないような、ただただ悲惨な生き地獄。その屍の山で、最後まで立っていたのはこの俺だけのようだ。
そして一瞬の安堵が心を満たすと同時に、心臓に打ち込まれた呪いの楔がじりじりと痛む。
「チッ... まったく、なーにが高貴なる者の義務だ。奴隷契約の間違いだろ」
この国の貴族は、様々な特権の代償として国を侵す外敵の排除という義務を背負わされる。
この俺、ビオス伯爵家の三男.... いや、一族郎党がこの戦争で死に絶えたので、実質ビオス家当主もまた、そんな十字架を背負っている。そして、今こうして人肉を掛け布団にしていたのもその延長だ。
十歳で人魔戦役の最前線に放り込まれてから早や二年。常在戦場を体現するような暮らしを送っている俺にとっては、この光景こそが日常なのだろう。
しかし、最近はそんな日常に希望が生まれていた。それは、先ほども触れた一族郎党が皆戦死したことであり、俺自身が実質的なビオス家の長男になったという、なんとも不謹慎な出来事が起因している。
この国の貴族の後継... つまり長男は、王都にある王立学園に入学するのが慣例だ。そして、今の俺はビオス家の唯一の生き残りにして後継者... 勝ったッ! 俺はこの地獄から抜け出せるんだッ!
死体の山の上でガッツポーズを決める俺... 下にいる亡骸の皆さんには申し訳ないが、多分俺を祝福してくれている事だろう。
そうして、今日という日を生き延びた俺は、十分感傷に浸った後に死体の山から飛び降りる。
「よし、行くか!」
今の俺は十二歳。そして、学園に入学するのは十五歳になってから。
俺の戦場生活は、未だ折返し地点にすらも至っていなかった。




