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64.開会











「リシャナ様は随分と王都の民に慕われているのですね」


 リシャナの悪評を流す方法が思ったよりうまくいかなかったのだろうか。ダーヴィドは方針転換を決めたようだった。わざわざ街に出ているリシャナの元までやってきてそんなことを言った。思わず睥睨してしまう。

 エリアンやオーヴェレーム公爵によるとリシャナと婚姻関係を結んで地盤を作り、リル・フィオレに乗り込もうとしているという計画を聞いている。その計画を実行するには、リシャナに取り入ることが必要である。そう考えればこの言動も不思議ではないのだが、最初の心証がよくないので挽回は難しいと思われる。


「王の妹としては、貴族間での支持を広めた方がよろしいのでは?」


 人好きのする笑みを浮かべてダーヴィドが言う。何が言いたいのだろうか。遠回しにけなされている気がするのは気のせいだろうか。

 ダーヴィドを睥睨したリシャナは、彼を無視して王都を守る衛兵や市長に指示を出した。無視された形になるダーヴィドは、それでも以前とは違って怒らなかった。


「私はリシャナ様を心配しているのですよ」


 これ見よがしに『心配する』を前面に出してくるダーヴィドが面倒くさい。同じ言葉でも、言う人によって全く違うように聞こえるのだな、と思った。

 リシャナが無反応にもかかわらず、めげずにダーヴィドは最後までついてきた。図太い。リシャナも人のことは言えないが。接しているうちに既視感を覚えたのだが、この押しつけがましい親切さが、かつて求婚してきたヘイス・パウエルスに似ている。この隠しきれていない傲慢さと言うか。それを言うなら、リシャナ自身が傲慢なところがあるが、今無視しても失礼な相手に話す気もないのだ、と言い訳ができる。というわけで、リシャナは手配を終えた後、ダーヴィドを置いて先に宮殿に戻った。


「あなたが何をしているのか、という監視じゃないか? まあ、あなたがしゃべらなかったのなら、大した情報は入手できなかっただろうが」


 エリアンに突っ込まれて、リシャナはなるほど、と思った。言われてみればその通りだ。猫なで声に気を取られて気にしていなかったが、確かにリシャナに張り付いている、と言う行為は監視を思わせる。そもそも、ヘルブラントに張り付いているヴェイニを監視だ、と思ったところではないか。

 あまり、人を疑うことが得意ではないという自覚はある。正確には、その行動の裏にあるその人の心情を推し量れない、と言った方がいいだろうか。だからリシャナには、なぜダーヴィドやヴェイニが、この国を手に入れて王になりたいのかがよくわからない。


「それは俺の役目だな。そもそもあなたは慎重な人だし、それほど心配していないんだが」


 と、エリアン。オーヴェレーム公爵も同意見らしく、うなずかれた。

「そうですね。ルーベンス公のおっしゃるように、殿下は剛毅な方ですが、慎重な方でもあると思います。それより、差し迫った問題があります。議会です」

「……」

 そういえば、リシャナは議会を采配するために王都にわざわざ出てきたのだった。

「……兄上が回復なされたので、北壁に戻ってもいいだろうか」

「ダメだ」

「ダメです」

 官僚二人からダメ出しを食らった。ほかの執政官も大きくうなずいている。エリアンはともかく、オーヴェレーム公爵たちにとっては議会の方が大切らしい。

「王になるには、議会の承認が必要です」

「知っている」


 王位継承戦争を引き起こしたロドルフは、この承認を得られなかった。


 当時子供だったリシャナは、後から聞いたころになるが、ロドルフはすでに議会からの承認が出ていた王であるヘルブラントに否やをたたきつけ、自分の方がふさわしいと議会に訴えたのだそうだ。だが、承認を得られなかったのでそこではいったん引き、のちに武装蜂起したのが王位継承戦争の始まりだった。調べたことと聞いた話が主になっているので断言はできないが、おおむね間違っていないと思う。

 オーヴェレーム公爵たちは、この議会でレギン王国の者たちが、アーレントの立太子を求めるだろうという。これ自体は、普通に考えれば議会の同意を妨げるものはない。だが、アーレントの立太子に付随してくるものが問題なのだ。

「パーシヴィルタ侯爵らに好きにされては困るのですよ」

 酷薄とした笑みを浮かべ、オーヴェレーム公爵は言い捨てた。その笑みを見た執政官たちが息をのむ。リシャナが首を傾げた。

「この状況下で、議会がレギンの後ろ盾を持つアーレントの立太子を容認するとは思えない。彼らがどれくらい議員を抱き込めているかにもよるが、こちらだってその流れに抵抗しなかったわけではないからな」

「いや、それより、俺は彼らが議会の承認など必要ない、と権力を振りかざす方を懸念している」

「ああ……リル・フィオレとは議会の在り方が違うんだったな」

 と言うことを聞いたことがある。リル・フィオレも結局のところ国王を頂点とした王政であるが、それを補助する議会の権限が強い。ほかの国はそれほどではないと聞いたことがある。その常識で行くのなら、彼らが議会の決定を重要視しない可能性は高い。

「無理を通せば、瓦解すると思うのだが」

「それはそうですが、彼らにはそれがわからないのでしょう。人は自分の物差しでしか測ることができませんから」

 オーヴェレーム公爵はそう言って、リシャナに議会中の注意事項を並べ立てた。執務中は彼やエリアンがそばにいることができるが、彼らはそれぞれ貴族院に議席を持っているため、議会中は席が離れることになる。

「議場に、議席を持たない、しかもこの国の貴族でもないものが足を踏み入れることはできません。必ず、そこを指摘してください」

「できれば強制退場させてほしいが、できなければ議会を一時閉会してくれ。王の妹で軍務長官であるあなたにはその権限がある」

 口々に言われる。順序だてて話してほしい。すべて覚えられる気がしない。彼らのように、リシャナは頭がいいわけではないのだ。


「……努力はしてみよう。強制退場ができなければ、一時閉会だな」


 というか、議会に乗り込んでくる前提になっている。そこまで愚かではない……と思いたいのだが。


 議会にはヘルブラントも出てきた。こうして正装しているのを見ると、少しやつれたのがわかった。彼はリシャナと目が合うと不敵に笑った。国王の席に着く。とはいえ、議会には議長がおり、それは国王ではない。国王にも発言権はあるが、基本的に議会の決定を見守るだけになる。

 エリアンやオーヴェレーム公爵の予想通り、我が物顔でダーヴィドとヴェイニが議席にいた。王族が座る席だ。つまり、キルストラ公爵として出席しているリシャナより上位に座っていることになる。始まる前から波乱の予感しかしない。

 議長が開会を宣言し、リシャナが手を挙げた。

「ただの客人で議決権のない彼らより、陛下の妹である私が下位に座席があることに納得できないのですが」

 中立派と言えば聞こえはいいが、事なかれ主義の議長はうっと詰まった。リシャナとしては、この議長の反応を見ておきたい。

「彼らを議場の隅で傍聴させるなり、退場させるなり対処をしていただきたいですね」

「私たちはより良い話し合いができるようにと、お手伝いをしようと思っただけなのですが」

「リシャナ様がそんなに尊大な方だとは思いませんでした」

 自分の要求が通ると思っているのか、薄ら笑いを浮かべながら口々に言うダーヴィドとヴェイニに対し、リシャナはわずかに笑んだ。

「私に取り入ろうとするのか、けなして下に見ようとするのか、主張を一貫してほしいものだな。内政干渉であり、条約に違反するとお前たちを送り返してもいいのだぞ」

 リシャナの隣にいる公爵が身を震わせた。ひやり、と議場の空気が冷えて感じられる。体感温度が下がった気がした。


 ぱん、と様子を見ていたヘルブラントが手をたたいた。


「リシェ、その辺にしてやれ。議長が震えている」

 確かに、議長は震えていた。

「だが、リシェの言うことは尤もだ。議長、妹を王族席に上げてやってくれ。それに、内政干渉は俺も好かんな」

 今度はダーヴィドたちがぐっと口をつぐんだ。王に言われれば、さすがに彼らも口をはさむことはできないだろう。リシャナは議長の許しを受けて王族の席に上がった。キルストラ公に任じられるまで、彼女がいた席でもある。

「で、では、開会いたします」

 ちなみに、すでに開会は宣言されている。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リシャナは、こいつら何やってるんだろう、と思っている。


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