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友情と愛情と。友人と恋人と。  作者: 篠宮 楓


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10/21

⑧幼馴染の邂逅。

幼馴染のお話を一話挟みます。

……だと話がまったく進まないので、この後もう一話投下します^^;

それは、唐突な質問から始まった。


「佳乃さん、もし浮気されたらどうする?」

「ちょっと賢治絞めてくるね」

「……佳乃さん、賢治さんの事じゃないから殺気は消してお願い」


目の前のソファに座る幼馴染の冷静な声に本当の事だと納得して、私は自分の恋人に対して燃え上がった殺気を消した。

可愛い幼馴染から聞きたいことがあるから……と、メールが来たのは三十分くらい前。

院からの帰りで電車に乗っていた私は、駅で待ち合わせをしてそのまま一緒に帰ってきた。

誰にも聞かれたくない話らしく、彼女の家ではなく隣の私の家のリビングに腰を落ち着ける。

うちは両親共に働いているし兄も仕事、三人ともまだ帰宅していないからだ。

そうまでしての問いかけだったから、思わず恋人の浮気を信じそうになってしまった。


「どうしたの? いきなりそんな疑問」

そこで、はっ……と気づく。

私の表情を見て、幼馴染である榎本祥子は小さくため息をついた。



榎本 祥子、そして私、近江 佳乃(かの)は所謂幼馴染。

三つ年下の祥子とは、生まれた時からのお隣さん。

まだ三歳だった私も、祥子が生まれた時のことは覚えてる。

泣かない赤ちゃんとして、ご近所では有名だったから。

「こいつぁー、大成するな」

と、時代劇好きの祖父の影響で言葉遣いのおかしかった私が納得するように言ったのも、ご近所では有名な話。

愛情表現どころかすべてにおいてオーバーリアクションの両親を反面教師にするかのように、年齢にそぐわない落ち着きと性格で成長していった。


私はとても心配だった……、無表情に輪をかけるように年々成長していく祥子を見て、彼女は青春というものができるのだろうかと……!

「好きだ……」「私も」みたいな乙女なやり取りを、やれるのだろうかと!

隣のおねーちゃんとしては、是非ともやって欲しい。

甘いやり取りをして欲しい!

……なんて思っていたら。

あっさり高二で彼氏ができるとか、なんだ心配しなくてよかったんだ、と気が抜けるとともに嬉しかった。

祥子の心の機微を感じてくれる人がいてくれてよかった。

なのに。





ソファに座って私を見る祥子に、確認するようにゆっくりと問いかける。

「藪坂君?」

祥子は頷いて、小さく息を吐き出した。

その姿に眉を潜める。

藪坂君は、祥子が高二から付き合っている男の子。

何度か家の前で出くわしたことがあって、顔見知りでもある。

とても優しそうな好青年だ。

祥子を見る表情は恋人同士のそれで、少しも疑う点はなかった……って言ってて思ったけれど、そういえばここ半年くらい姿を見てないような。

そこまで考えてから、私はもう一度祥子を見た。

「浮気しているところ、見たの?」

「見ていないけど、態度が挙動不審すぎてバレバレ」

挙動不審? と首を傾げる私に、端的に祥子があげた例に怒りがふつふつとこみあげてきた。

「昼ドラじゃあるまいし、何そのいかにもな態度」

「藪坂、素直だからね」

「ね、じゃないでしょ。そこは怒ってよ」

見てもいない私でも浮気を疑えるっていうことは、反対に凄いことだと思うよ。

どれだけ馬鹿なんだろう……。


「で、祥子はどうしたいの?」

一通り藪坂への悪態を私だけがついた後、ずっと聞き役に徹していた祥子に問いかけた。

「浮気追求して別れたいの? それとも続けていきたいの?」

「……別れろって、一刀両断されるかと思った」

意外そうに呟く祥子の頭を、軽く小突く。

「本心はそうだけど、当事者は祥子だから。ちゃんと気持ちを聞きたいな」

まぁ、別れないって言い出したら別れる方向に持っていくべく全力を出すけれど。

祥子は一度口を噤むと、視線を手元に落とした。

「別れたい、かな。浮気が本当じゃなければいいとは思うけれど、事実なら」

続けるなんて、そんな空しいことしたくないから……と言葉尻を濁す。

その表情を見ただけで、藪坂への怒りが最高潮に達した。

優しい男の子だと思ってたのに、浮気とか一番いけないでしょ。最悪。


何よりも。

祥子にこんな顔させやがって。

藪坂と付き合うようになって増えた祥子の表情だけれど、こんなのはいらない。



私は自分を落ち着かせるように深呼吸をして、祥子の名前を読んだ。

こちらをみる祥子の目は、とても悲しそうに沈んでいる。

「あのね、祥子。確かに藪坂君の態度はおかしいと思う。……問い詰めてみる? 同席するけど」

「それはいい。藪坂との問題だから、話し合うなら二人じゃないと意味がないと思う。……心配してくれるのは嬉しいけれど、佳乃さん何もしないでね? 調べたりとか、そういうのも余計悲しくなるから本当にやめて」

途中から私に念を押すように話す祥子に、まさにやろうとしていたことを図星にされて肩を竦める。

それでも祥子の言い分に納得して、そうだね……と頷いた。

「でもね、これだけは覚えておいて」

最後を少し低めの声で言えば、祥子は少し首を傾げて私をじっと見た。

「もし、万が一、藪坂君が浮気をしていて。話し合いに相手の女が来た場合。絶対に挑発に乗っちゃダメよ」

「挑発……?」

怪訝そうに最後の言葉を繰り返す祥子に、大きく頷き返す。

「いい? 大体においてむかつくことに、男は弱い女を守ろうとするのよね」


そう。

いろんな昼ドラを見ていて思うことは、怒った方が負け、先に泣いた方が勝ちの構図。

当たり前だけれど浮気された方が怒鳴り、浮気相手が泣く構図が多い。

そうすると浮気した男も周囲で見ている人も、ほとんどが泣いている女に同情してしまうのだ。


浮気された方も可哀そうだけど、そこまで言わなくても……とか。

あんな女だから浮気されるんだよ……とか。


怒鳴るに決まってるでしょう、浮気されたんだから!

「浮気されるような私が悪かったの、だから戻ってきて」なんていう女がいたら、ある意味尊敬するわ。

一度浮気を経験した男が心底反省して二度としないとか言っても、信じられるわけがない。


なら怒鳴るでしょう、怒るでしょう。

例え許すにしても、絶対に文句は言うでしょう?


なのに、なぜか悪者になってしまう。

そんな立場に、祥子を立たせるわけにはいかない。





祥子は私の握り拳付きの説明を最後まで聞いて、深く頷いた。

「もともと怒鳴るつもりはないけれど、浮気されて立場悪くなるのって馬鹿らしいね」

「でしょ? 確かに祥子なら相手の事も考えて対処するだろうから、心配はしていないけどね。ホントは、心情的には、怒鳴って殴って気が済むまで踏みつけてこいとか言いたい」

「佳乃さんなら、やりそうだね」

うん、私はやります。

当たり前じゃない、殴らないと気が済まないわよ。

――でも。


きっと祥子は、そういう事が出来る子じゃないから。

その後の事を考えて、優しくなれる子だから。



「もし藪坂君から何か言ってきたら、ちゃんと教えてね?」

「……ついて来ないでよ?」




い・や・だ☆









暫く祥子に昼ドラの恐ろしい修羅場の知識を植え付けて満足した私は、眉間に皺を寄せてふらふらしながら戻っていく彼女を見送った。

家に入るまで。

その後、さっきいた部屋のその隣に続くふすまを思い切り開け放つ。

ごろりと倒れこんでくる体を、足で横に転がした。


「で? 何盗み聞きしてんの?」

蹴られた勢いのまま横に転がったその男は、胡坐をかいて腕組みしたままの姿で私を見上げた。

「藪坂潰す」

「怖いよー、優しいはずの私の従兄さん」

その顔は、私でさえ思わず後ずさりしたくなる程凶悪な表情だった。



祥子と話している最中には全く気付かなかったけれど、彼女が帰ると言った時に微かに身動ぎする音が聞こえてやっと気づいた。

隣の部屋に誰かがいる事に。

玄関にあった男物の靴、兄がいるからわからなかった。

それは私の一つ上の従兄、翔平の靴だったらしい。


「大体、なんであんたいるのよここに」

私と同じ大学院に通っている翔平は、一人暮らしをしている。

普段からうちに来ることは多いけれど、何も今日いなくたって。

翔平は体を起こすと、ゆっくりと立ち上がる。

「お前に貸してた資料が欲しかったから取りに来たんだけど、連日寝不足で」

「人んち来て寝落ちしたと」

リビングの横の部屋は和室で、よく陽が当たるために暖かい。

私を待っているうちに、眠くなって寝てしまったらしい。


「ていうかさ、佳乃。祥子から連絡来たら、俺も呼んで。一緒に行くから」

「誰も行くとは言ってないけど」

「行かないとも言ってないな」


お見通しですか。


私はじっと見下ろしてくる翔平に、肩を竦めてため息をついた。

「ホント過保護なんだから。わかったわよ、ちゃんと教える」

私の答えに満足するように頷くと、翔平は視線をずらして遠くを見つめる。

ここからは見えないけれど、それは祥子の家の方。

「どうせ祥子は諦めて、相手に文句を言うくらいで終わらせるだろう?」

その声に滲み出る怒りに、そうね……と頷いた。

「それが祥子だからね。でもその場では口は出さないつもりだから、翔平もおとなしくしてなさいよ?」



私達の出番は、その後なんでしょうから。

祥子との話し合いが終わった後、一人になってからの藪坂君。

浮気男を、文句言うだけで許してやるものですか。

「佳乃。彼にあったら、とりあえずどこ攻撃する?」

「え? それ聞くの? だって浮気男でしょ?」

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