表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/51

17話 罪業の報い

 急速に早まった鼓動が、全身が心臓になったかのように強く脈打つ。


「あとは私がやる」


 足音が近づくとともに、自信に満ちたような父の声が聞こえてくる。

 それの声により、私は自身の身体が次第に熱くなるのを感じた。


「随分と大人しいな。眠っているのか?」


 私が入っている麻袋は食料配送の小麦に見せかけるため、子どもを入れるにはかなり大きめだった。

 そのため、父は私が入ってもなおゆとりがある袋を見て、中に入っているのはフェリックスだと信じ切っているようだ。


「今、私が助けてやるからな」


 父の気持ち悪い声が、今までで一番大きく聞こえる。

 すると間もなく、頭上の袋口がガサガサと音を立て始めた。


 ――いよいよね。


 父が麻袋に手を掛けてから数秒後、開け口を締めていた紐がついに解けた。


 ウっと目を覆いたくなるほど、木々の隙間から零れた強い日差しが私の目を突き刺す。


 しかし、私はそれでも一切目を背けることなく、真っ青な顔で袋を覗き込む人物を鋭く睨みつけた。


「な、何でお前が――」

「何でもこうもないわよ」


 ワナワナと唇を震わせ愕然とした様子を見せる。

 そんな父を射貫くように見つめ、私は立ち上がって続けた。


「これが人のすること? この薄情者、ならず者、犯罪者!」


 私は袋から飛び出し、怒りのまま父に詰め寄って腹の底から絞り出すように叫んだ。

 父は酷く動揺しているようだが、私は躊躇うことなく言葉をぶつける。


「誰かがあなたをどれだけ庇おうと、私だけは赦さない。 あなたなんて、もう私の父では無いわ!」

「レ、レオニー。な、何か誤解があるようだ! 私は偶然――」

「もう調べはついている。無駄な嘘を吐くな」

「誰だ! って……」


 私たちの真横から、冷徹で静かな怒りを孕んだ声が飛び込んできた。

 父が焦りながらそちらに顔を向けた途端、彼のザっと血が引いたように青ざめた顔が、今度は土色へと変化した。


「な、なぜ公爵もここに……っ! さっきの業者はまさか――」

「そういうことだ。だから、言い逃れなど一切考えぬことだ。侯爵の手の内は既にこちらに筒抜けだ」


 シャルリー様の言葉に恐れおののいた様子で、父が後退りながら尻餅をつく。

 だが、動じることのないシャルリー様は、転んだ父の胸倉を掴んで続けた。


「愚かな行為に相応しい罰を与えてやる。覚悟しておけ」


 シャルリー様は、そう言って徐に手を挙げて合図を出した。

 途端に、森の陰から警邏隊の人々が現れ、一瞬にして父であるメルディン侯爵を取り囲む。


「レ、レオニー、お前は優しい子だろう? 何とか――」

「私があなたの罪を見逃す理由なんてないわ。でも、私は優しいから最後にあなたの願いを叶えてあげる」


 私は父に向け、自分の口から出たとは思えないほど冷酷な声で続けた。


「今から王宮に行くわよ」



 ◇◇◇



 王宮のとある一室にやって来るなり、隊員は父を解放した。


 ドサッと床に膝を打つ鈍い音が響く。

 だが、父は自身の痛みなど気にも留めない様子で、跪いたまま目の前のあるひとりの男性を見つめ、うわ言のように呟いた。


「陛下っ……」


 どこか恍惚とも取れるその表情に、その場に集まる皆がギョッとした視線を向ける。

 その中で、場のざわつきを一瞬にして鎮めるほど、冷徹な声が響いた。


「陛下、この者はクローディア公爵家に損害を与えるのみならず、私の息子を誘拐しようとしました」


 シャルリー様は陛下に対し、理路整然とありのままの事態を説明した。

 時折、陛下が顔を顰めるたびに、父の言い訳のような言葉が飛ぶ。


 しかし、陛下の睨みを受け、父は酷くもどかしそうな表情をしながらもジッと黙っていた。


 そして、ようやく説明が一段落したところで、陛下が父に対して口を開いた。


「メルディン侯爵、いったいどういうことだ。公爵家への迷惑行為に留まらず、実の孫にまで手を掛けようとは! 断じて許されんぞ!」


 低く唸るような陛下の声に、父の肩がビクンと跳ね上がる。

 しかし、そんなことはお構いなしに、シャルリー様が陛下に補足を続けた。


「侯爵の息子であるレグルス卿からの情報によると、娘のレオニーを足掛かりに、国王秘書官へ復職しようと目論んだというのが、此度の事件の動機のようです」

「なっ、レグルスだとっ……!?」


 よほど想定外だったのだろう。

 裏切られたとでも言うように、驚きの声を上げながら父が目を白黒とさせる。


 ――本当に恥ずかしい人……。


 この人と血が繋がっているのかと思うと、あまりにも情けなく羞恥心が込み上げる。

 そんな私の耳に、地を這うような陛下の声が届いた。


「メルディン侯爵、はっきりと申そう」

「何でもお伺いします!」


 あまりにも空気の読めぬ父の返しに、陛下は呆れたように溜息を吐く。

 しかし、陛下は何も言及することなく続けた。


「そなたには失望した。一切の価値も見出せないほどにだ。どれだけ足掻こうと、私はこのような罪を犯したそなたを、決して秘書官として受け入れるつもりは無い! 一生だ!」


 きっぱりと断言する陛下の声が、その場にいた皆の耳を劈きそうなほどに響く。


 ほどなくして、陛下の言葉を理解した父は、へたり込むように両手を地面に突いた。


 まるで抜け殻のようになった父の周りには、色濃い絶望の空気が漂っている。


 ――だけど、これだけで許すわけがないでしょう。


「陛下」


 崩れ落ちる父を尻目に、私は陛下に声を掛けた。

 怒りで真っ赤になった顔が、表情を切り替える間もなくこちらを向く。思わず、怯みそうなほど怖い顔だ。


 だが、私は己とクローディアの矜持を貫くべく、続きを口にした。


「恐れながら、ふたつお願いがございます。お聞きいただけますでしょうか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ