17話 罪業の報い
急速に早まった鼓動が、全身が心臓になったかのように強く脈打つ。
「あとは私がやる」
足音が近づくとともに、自信に満ちたような父の声が聞こえてくる。
それの声により、私は自身の身体が次第に熱くなるのを感じた。
「随分と大人しいな。眠っているのか?」
私が入っている麻袋は食料配送の小麦に見せかけるため、子どもを入れるにはかなり大きめだった。
そのため、父は私が入ってもなおゆとりがある袋を見て、中に入っているのはフェリックスだと信じ切っているようだ。
「今、私が助けてやるからな」
父の気持ち悪い声が、今までで一番大きく聞こえる。
すると間もなく、頭上の袋口がガサガサと音を立て始めた。
――いよいよね。
父が麻袋に手を掛けてから数秒後、開け口を締めていた紐がついに解けた。
ウっと目を覆いたくなるほど、木々の隙間から零れた強い日差しが私の目を突き刺す。
しかし、私はそれでも一切目を背けることなく、真っ青な顔で袋を覗き込む人物を鋭く睨みつけた。
「な、何でお前が――」
「何でもこうもないわよ」
ワナワナと唇を震わせ愕然とした様子を見せる。
そんな父を射貫くように見つめ、私は立ち上がって続けた。
「これが人のすること? この薄情者、ならず者、犯罪者!」
私は袋から飛び出し、怒りのまま父に詰め寄って腹の底から絞り出すように叫んだ。
父は酷く動揺しているようだが、私は躊躇うことなく言葉をぶつける。
「誰かがあなたをどれだけ庇おうと、私だけは赦さない。 あなたなんて、もう私の父では無いわ!」
「レ、レオニー。な、何か誤解があるようだ! 私は偶然――」
「もう調べはついている。無駄な嘘を吐くな」
「誰だ! って……」
私たちの真横から、冷徹で静かな怒りを孕んだ声が飛び込んできた。
父が焦りながらそちらに顔を向けた途端、彼のザっと血が引いたように青ざめた顔が、今度は土色へと変化した。
「な、なぜ公爵もここに……っ! さっきの業者はまさか――」
「そういうことだ。だから、言い逃れなど一切考えぬことだ。侯爵の手の内は既にこちらに筒抜けだ」
シャルリー様の言葉に恐れおののいた様子で、父が後退りながら尻餅をつく。
だが、動じることのないシャルリー様は、転んだ父の胸倉を掴んで続けた。
「愚かな行為に相応しい罰を与えてやる。覚悟しておけ」
シャルリー様は、そう言って徐に手を挙げて合図を出した。
途端に、森の陰から警邏隊の人々が現れ、一瞬にして父であるメルディン侯爵を取り囲む。
「レ、レオニー、お前は優しい子だろう? 何とか――」
「私があなたの罪を見逃す理由なんてないわ。でも、私は優しいから最後にあなたの願いを叶えてあげる」
私は父に向け、自分の口から出たとは思えないほど冷酷な声で続けた。
「今から王宮に行くわよ」
◇◇◇
王宮のとある一室にやって来るなり、隊員は父を解放した。
ドサッと床に膝を打つ鈍い音が響く。
だが、父は自身の痛みなど気にも留めない様子で、跪いたまま目の前のあるひとりの男性を見つめ、うわ言のように呟いた。
「陛下っ……」
どこか恍惚とも取れるその表情に、その場に集まる皆がギョッとした視線を向ける。
その中で、場のざわつきを一瞬にして鎮めるほど、冷徹な声が響いた。
「陛下、この者はクローディア公爵家に損害を与えるのみならず、私の息子を誘拐しようとしました」
シャルリー様は陛下に対し、理路整然とありのままの事態を説明した。
時折、陛下が顔を顰めるたびに、父の言い訳のような言葉が飛ぶ。
しかし、陛下の睨みを受け、父は酷くもどかしそうな表情をしながらもジッと黙っていた。
そして、ようやく説明が一段落したところで、陛下が父に対して口を開いた。
「メルディン侯爵、いったいどういうことだ。公爵家への迷惑行為に留まらず、実の孫にまで手を掛けようとは! 断じて許されんぞ!」
低く唸るような陛下の声に、父の肩がビクンと跳ね上がる。
しかし、そんなことはお構いなしに、シャルリー様が陛下に補足を続けた。
「侯爵の息子であるレグルス卿からの情報によると、娘のレオニーを足掛かりに、国王秘書官へ復職しようと目論んだというのが、此度の事件の動機のようです」
「なっ、レグルスだとっ……!?」
よほど想定外だったのだろう。
裏切られたとでも言うように、驚きの声を上げながら父が目を白黒とさせる。
――本当に恥ずかしい人……。
この人と血が繋がっているのかと思うと、あまりにも情けなく羞恥心が込み上げる。
そんな私の耳に、地を這うような陛下の声が届いた。
「メルディン侯爵、はっきりと申そう」
「何でもお伺いします!」
あまりにも空気の読めぬ父の返しに、陛下は呆れたように溜息を吐く。
しかし、陛下は何も言及することなく続けた。
「そなたには失望した。一切の価値も見出せないほどにだ。どれだけ足掻こうと、私はこのような罪を犯したそなたを、決して秘書官として受け入れるつもりは無い! 一生だ!」
きっぱりと断言する陛下の声が、その場にいた皆の耳を劈きそうなほどに響く。
ほどなくして、陛下の言葉を理解した父は、へたり込むように両手を地面に突いた。
まるで抜け殻のようになった父の周りには、色濃い絶望の空気が漂っている。
――だけど、これだけで許すわけがないでしょう。
「陛下」
崩れ落ちる父を尻目に、私は陛下に声を掛けた。
怒りで真っ赤になった顔が、表情を切り替える間もなくこちらを向く。思わず、怯みそうなほど怖い顔だ。
だが、私は己とクローディアの矜持を貫くべく、続きを口にした。
「恐れながら、ふたつお願いがございます。お聞きいただけますでしょうか?」




