9.婚約者リゼット・クランベリーについて①(シリル視点)
本来よりも随分早く予定を切り上げて城内に戻った俺に、
「どうしたんですか、シリル殿下。人をさらっと2、3人くらい葬って来ましたくらいの殺気を放ってますけど」
そんな失礼な物言いで出迎えたのは俺の秘書官のダリウス・フェルノート。
慣れなのか不穏な空気をものともしないダリウスは俺の前にドンと書類の山を積み、
「まぁ、殿下が早く帰って来てくれてよかったです。今日おサボりした分、業務が滞ってたんで」
今日中に処理をお願いしますと胡散臭い笑みを浮かべた。
「ああ」
気のない返事と共に着座し、ペンを取る。
が、気が乗らない。
脳裏に浮かぶのは、さっきの光景。
『どうか、わたくしと婚約を解消してください』
ボロボロと泣きながら俺にそう願ったのは、俺の可愛い婚約者リゼット・クランベリー。
リズが泣いている。
たったそれだけが、気に食わなかった。
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物心ついた時には、大抵のことができるようになっていた。
『全能の加護』
王族の直系にはそう呼ばれる能力を授かる人間が稀に生まれる。
そして、残念ながらそれを引き当ててしまったのが俺だった。
何でもできる、と聞けばヒトは羨ましがるかもしれない。
だが、生まれながらにしてそれを持つ俺にとっては"退屈"以外の何ものでもなかった。
何をしても簡単にできてしまうから達成感なんてものは感じた事がなかったし。
俺と関わった人間は自分の努力をあっさり踏み潰す年端もいかない王太子を前に、軒並み自尊心が折れ、俺の前から去っていった。
『可哀想に』
母である王妃に泣きながらそう言われたから、きっと俺は"可哀想な人間"なのだろう。
だが、人の感情というものに共感が持てず機微に疎い俺からすれば、可哀想なのはこんな俺を産んだ王妃本人だった。
あまりにも相手が弱っていくものだから、手加減しようと試みはした。
が、そもそも標準というものが分からないのだから、加減できるはずもなく。
"全能の加護"というモノが秘匿されていても、その頃には"完全無欠"が代名詞になるくらいすでに定着していたから、手を抜く事も許されなかった。
気づいた時には荒れた父から押し付けられた政務をこなすようになっていた。
他にやる事もなかったから、別にそれは構わなかったけれど。
そんな俺に転機が訪れたのは、婚約者選定の年だった。
よくもまぁこれだけ集めたな、と思う数の候補者達の相手を連日させられて、いっそダーツで決めるかくらいに思っていたら、初めて見合いをすっぽかされた。
両親の代理だという乳母には青い顔で平謝りされたが、来ないなら来ないで別にそれは構わなかった。
嫌がる人間の相手をするほど俺はお人好しではない。
久しぶりにできた時間の潰し方も分からずに、とりあえず気まぐれに手を出した魔法薬の材料の育成具合でも見にいくかと庭園に出た時だった。
「退きなさいっ!」
そんな声と共に上から降ってきた何かを反射的に保護する。
火の加護を体現するかのような燃えるように鮮やかな紅い髪。俺の腕の中で紅蓮の大きな瞳を瞬かせた少女は、今日の見合い相手であるリゼット・クランベリー公爵令嬢だった。
クランベリー公爵家は火属性の魔法を得意とし、その使い手を多く輩出してきた家系だが、これほど鮮やかにはっきりと特色が出るのは珍しい、とその目を覗き込んでいると。
「……すごくキレイ。お星様みたい! それも、一番星ね!!」
キラッキラと屈託なく笑い、俺の腕から降りた彼女は、
「助けてくれてありがとう、一番星のお兄様。これも何かの縁だから、わたくしと駆け落ちしない?」
わたくし今逃亡中なの、と真っ直ぐ手を伸ばしてきた。
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