8.悪役令嬢は真実の愛を囁く。
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思った以上に反響があって嬉しいです。
『何故、俺に気づいた』
嘘は許さないとばかりに近い距離で蒼の瞳が圧をかける。
『私には皆さんが気づかない方が不思議なんです! だって、いつも通りの王太子殿下だったじゃないですか!?』
『……っ!?』
素直に答える彼女に嘘はなく、だがそのまま受け入れるには彼女の言葉は信じがたい。
さて、どうしたものか。そう考え込むシリル様に、
『だ、誰にも言いませんからっ! 勿論、お姉様にも』
だから離して、とヒロインは懇願する。
『……そうか。だが、秘密を知られた以上、協力してもらおうか』
そうして2人の間には秘密が生まれ、ヒロインが学園内でシリル様の手伝いをしながら2人は仲を深めていく。
……というのが、私の知っている本来の筋書きである。
「あ、あのう、シリル様? 何故にわたくしが気づいているとお気づきに?」
なのに、なんで私がこのセリフを言っているのかしら?
しかもこの距離心臓に悪い!!
「リズが俺に気づかないわけがない」
そんな私にシリル様は当然のようにキッパリ言い切る。
何その絶対的信頼っ! いや、確かに気づくけどもっ。
「昔からそうだっただろ。潜入調査に入ろうがお忍びで出かけようが、雑踏の中にいようが、お前はいつもこちらの都合など微塵も考慮せず駆け寄ってきた」
何を今更とシリル様に指摘され、私は己の行いを振り返る。
うん、そうですね。確かにしてきましたとも。でも滅多に見られないお忍び姿のシリル様がすごくカッコ良すぎるのがいけないんだと思う。
普段のシリル様も勿論最高だけども……ではなくて。
「……シリル様。シリル様はもう少しわたくしに怒ってもいいと思いますよ?」
残念な自分が恥ずかしくなり両手で顔を覆った私はシリル様にすみませんと小声で謝る。
邪魔するどころか、もう完全にストーカーじゃない。
なんでこんなに人生繰り返してるのに肝心の黒歴史部分は塗り替えできないのよ!
やっぱり乙女ゲームは悪役令嬢には厳しいのね、と内心涙目になりながら嘆く私に、
「腹立たしいとは思っている」
シリル様の不機嫌な声が落ちてくる。
ビクッ、と肩を震わせた私は思わずシリル様の方を見る。
不機嫌そうなお顔と射抜くような蒼の瞳。
いずれ、嫌われるのは分かっている。いや、もう嫌われているのかも。
今までの行いを思えば文句を言えないどころか完全に自業自得なんだけど、やっぱり面と向かって言われるのは辛い。
それでも、今回は本来のシナリオを遂行すると決めたのだから避けては通れないと覚悟する私に、
「何故、過去形だった」
と、シリル様が問いかける。
「はい?」
どういうこと? と疑問符を浮かべる私に。
「婚約解消したい、と言った時だ」
シリル様は不機嫌な声で言葉を付け足す。
んんんん???? と私は先日の出来事を回想し、
「"お慕いしておりました"の部分ですか?」
と尋ねる。
「ああ、そうだ」
不機嫌なままのシリル様は、
「それに何故、今更婚約解消だなんて。何が不満だ」
そう言って私を問い詰める。
「……ふふっ。もしかして、ずっと気にしてらっしゃったの?」
別に意図して過去形で言ったわけではないのだけど。
お忙しいはずのシリル様があれからずっと私の事を考えてくれていた。
それだけで私は天にも登るくらいうれしくて、私はふふっと機嫌よく笑う。
「笑い事ではない。まったく、婚約解消なんて誰が聞いているかも分からぬ場で不用意に口にして」
王太子として完璧である事を求められてきたシリル様は、感情を表情として表すことが得意ではない。
だから私に振り回されて不機嫌そうに寄せられた形のいい眉も、私を見つめる怒ったような蒼の目も、全部全部大好きで。
お説教されているというのに、頑張って我慢してないと、へにゃっとだらしなくにやけてしまいそうになる。
「シリル様、わたくしは」
いつもみたいに抱きついて、シリル様をお慕いしておりますの、と愛を囁きそうになった私は、
「リズはもう、俺がいらなくなったのか?」
シリル様の口から溢れたその言葉で我に返った。
「ちがっ……いませんわ」
いらない、なんてそんな事あるわけがない。
だが、反射的に出そうになった言葉を打ち消し、私は真っ直ぐ蒼の瞳に告げる。
「わたくし、真実の愛を見つけたのです」
まるで悪役令嬢が冒頭で婚約破棄を言い渡される時のセリフみたい、と苦笑しながら私はその言葉を口にする。
「真実の愛、だと?」
「ええ、そうです」
怪訝そうに聞き返すシリル様に、私は静かに頷いた。
ずっと、自分本位に生きてきた。
自分勝手に恋をして、自分勝手にシリル様を愛してきた。
何度も、何度も、人生を繰り返し。
それでも、この想いは捨てられず。
ずっと一緒にいられたらと、足掻いて、足掻いて、足掻いて、足掻いて。
愛しているのと自分の事しか考えてなかった私は、一方的な愛をシリル様に押し付けて何度も彼を不幸にした。
そして、シリル様を失ってようやく分かったのだ。
彼がいない世界では生きていけない、と。
「わたくしは"真実の愛"のために生きることにしましたの」
身を焦がすような嫉妬も、心を抉られるような感情も、確かにここにあるけれど。
シリル様が幸せになれるなら。
この世界のどこかで生きていてくれるなら。
その隣にいるのは私でなくても構わない、と。
私は初めて、誰かのことを想い、願い、自分より優先させる。
これほどまでにシリル様を想うこの気持ちが"真実の愛"でないのなら、私はこれから先"愛"なんて一切信じない。
「だから、シリル様の隣はもういらないのです」
ぽたり、ぽたりと涙が頬を伝う。
お別れをカッコ良く伝えられない私は悪役令嬢には向いてないのかもしれない。
でも、シリル様を想う気持ちならゲームのリゼット・クランベリーにだって負けないわ。
「どうか、わたくしと婚約を解消してください」
ボロボロと泣きながら、そう願った私に、
「そうか。分かった」
私の頭にポンと手を置いたシリル様は、
「今日は帰れ。手続きはしておく」
事務的に淡々とそう告げてシリル様は去っていった。
ああ、本当にこれで終わったんだ。
崩れ落ちてその場から立ち上がれず、いつまでも泣き続けた私がようやく教室から出られたのは、日が沈みかけ閉校のチャイムが鳴った後の事だった。
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人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する。
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