7.本家乙女ゲームの再現率。
乙女ゲーム、とはヒロイン一人に対して複数名の攻略対象が存在する。
まぁ沢山のパターンのラブストーリーを楽しみたいという乙女の夢と願望をギュギュッと凝縮したのが乙女ゲームというモノなのだからこの仕様は仕方ない。
私の前世の記憶によると、このゲームは攻略対象選択制だった。世界観自体は同じなのだが、はじめに選んだ攻略対象によってストーリーや設定が微妙に変わる。
シリル様のバッドエンドを回避したい私としてはヒロインの攻略対象はシリル様一択。
でも現実の世界で任意に選択ボタンを押す方法なんて存在するはずもないし、シリル様と私……というよりクリスティーナは3歳差。普通なら学園内で出会うことはない。
前回まではそれを逆手に取ってイベントが起きないようシリル様を学園から遠ざけていたけれど、今回はそういうわけにもいかないので、忠実にゲームのシナリオを再現してみたんだけど。
そろそろ、その結果が実を結ぶ頃かしら? と思っていた昼休みの終わりがけ。
ランチを終えた私とクリスティーナが校舎内に足を踏み入れると、いつもとは違うざわついた空気が流れていた。
「……何やら騒がしいですね、お姉様」
何の騒ぎでしょう? とキョトンと小首を傾げるクリスティーナ。
仕掛けたのは私なのだからその騒ぎの理由を、勿論知っているけれど。
「そうねぇ、どうしたのかしら?」
クリスティーナに合わせてすっとぼける。
普段なら面倒くさいことは全力回避、興味のない事は全力スルーしたいと思っている私だけど、今回ばかりはそうもいかない。
「気になるわ。まだ時間もあることだし行ってみましょうか?」
好奇心を隠しきれずそわそわしていたクリスティーナは私の提案にコクコクと頷くと、
「お姉様がおっしゃるならっ!」
駆け出しそうな勢いで騒がしい方に向かっていった。
騒ぎの中心。
そこには黄色い悲鳴をあげる女子の視線を独り占めしている一人の男性が立っていた。
いつものキラキラ輝くプラチナブロンドの髪でも、澄んだ蒼の瞳でもなく、何なら顔立ちすら認識阻害の魔法のせいでいつもとは違うけれど。
たとえどんな人混みの中に紛れていても、どれだけ正体を隠しても、私は彼を絶対に見つけられる自信がある。
纏うオーラがその他人類とは全然違う。
だって、彼は人類史上最高傑作! 完全無欠のシリル王太子殿下だもの。
「新しい先生なんですって!」
「すごくカッコいいわー」
そんなはしゃぎ声を聞きながら、そうでしょう! と私はドヤる。シリル様は誰よりもカッコ良くて素敵なんだから。
それにしても、と私は距離がかなりあるのをいい事にシリル様をガン見する。
シリル様×ヒロインの物語は、教師×生徒の秘密の関係がテーマ。乙女ゲームあるあるなパターンだし、ゲームでは何度も見たけれど、今までシリル様が攻略されるのを避けていたから、現実世界で見るのは私もこれが初めてだ。
普段の正統派王子様なシリル様の衣装も好きだけど、いつもとは違うスーツ姿特にネクタイの破壊力がヤバい。ニヤけるなって方が無理なんだけどっ! と内心騒がしい私。
そんな私の耳に、
「お姉様、何故王太子殿下がここに?」
クリスティーナの潜めた声が届く。
そっと彼女に視線をむければ、不思議そうなスミレ色の瞳と目が合った。
この場において私以外にシリル様の正体を見破れる存在。
シナリオ通りだと複雑な気持ちになりながら、
「……シリル様がこんな所にいるわけないでしょう」
私はシリル様に気づかないフリをする。
「ですが……」
シリル様を見ながら、クリスティーナは目を瞬かせる。
ゲーム通りならきっと、今クリスティーナにはいつも通りのシリル様が見えているに違いない。
"魔法の無効化"
ヒロインであるクリスティーナには、生まれつきそんな特性が備わっている。
魔道具が普及し一般人でも魔法の恩恵が受けられるこの世界では魔力保持者や魔法が使える事自体はそれほど重要視されない。
でも、"魔法が全く効かない"という一見不利に見えるその設定は、この乙女ゲームにおいては非常に重要なキーとなっていく。
そして、魔法で姿を変えているシリル様の正体をクリスティーナが見破ることは、シリル様の興味を引くきっかけとなり、二人の仲を進めていくのだ。
「……わたくしはこれから一番近くで、そんな二人を見ていくのね」
魔力を展開する直前のようなチリリと焼けつく感情が湧き上がり、抑え込むようにぎゅっと左手で右の手首を掴む。
生来、私はいい子などではないのだ。
これが最適解なのだと分かっていても、全部を壊してしまいたい衝動に駆られる。
火属性の魔法を得意としていた乙女ゲームのリゼット・クランベリーもこんな気持ちだったのかしら?
わたくしのモノにならないのなら、全てを燃やし尽くしてしまいたい、と。
そう思った瞬間、コチラを向いたシリル様と目が合った。
じっと私を見ているような……? と思い、そんなわけないか、と私はシリル様から目を逸らす。
見ているのは私ではなく、クリスティーナの方ね、きっと。
「興醒めだわ。行きましょう」
自分を落ち着かせるようにゆっくり息を吐いた私は、クリスティーナを伴ってその場を後にした。
「わたくしは午後から特別棟だから」
「はい、お姉様。また後で」
クリスティーナに校内を簡単に案内しながらそう言って別れる。
ちょっと遅くなっちゃったかも、と時計に目を落とした時だった。
「えっ?」
一瞬で空き教室に引き摺り込まれ、パタンとドアが閉まり外の喧騒が消える。
「……気づいてただろ」
耳朶に響くそのセリフには聞き覚えがあった。
ドンっと壁に押し付けられ、さらりと流れた輝くような金色の髪が私にかかる近さで、
「さっき、確かに目が合った」
不機嫌そうな蒼の瞳が私にそう問いかける。
私はルビーのような紅の瞳を大きく見開く。
世界で一番大好きな、私の最推し。シリル・ハミルトン様。
リゼット・クランベリーになる前に私は何度もこの構図を見ている。
だけど、この一連のやりとりはヒロインと行うはずなのに。
「俺を無視するなんて、どういう了見だ。リズ」
何で私は今、シリル様に壁ドンされてるのーーー??
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