6.量産型悪役令嬢VS真正極悪令嬢
「おーほっほ、見ましたわよ! リゼット・クランベリー! 王太子の婚約者ともあろう者が情けない」
学園内を歩いていたら、野生……ではない悪役令嬢が出現した。
今までの人生でもそうだったけれど、ヒロインを連れているだけでトラブルが多発する。
ヒロインってタスクが多くて大変だなぁとしみじみ思いながら私は絡んで来た相手を確認する。
高笑いの後、ビシッと私に扇子を向けてきたのは金髪縦ドリル娘、もといマリアンヌ・テベッサ。
爵位はうちと同じ公爵位だけど、序列がうちより下なので、昔からやたらと私のことをライバル視してくるチャレンジャーだ。
打ちのめされてもへこたれず真っ向から私に向かってくるなんて、マリアンヌは一周回って私の事が好きなのでは? と最近疑っている。
ちなみにゲームでは出てこない。ビジュアル的には私より悪役令嬢っぽいのになぁ、と思っていると、
「お姉様、この方は一体?」
クリスティーナがこそっと私に尋ねてきた。
私が紹介するより早くキッとクリスティーナを睨んだマリアンヌは、
「この私を知らないだなんて、とんだ田舎者も居たものね」
そう言って悪役令嬢ムーブをかます。
あらあらまぁまぁ、なんてこと。
クリスティーナは本編開始前までクランベリー公爵領にいたんだけど、これは暗にうちの領地をディスってるってことでいいのかしら?
「さぁ、どなたかしら? 公衆の面前で独り言劇場を繰り広げる恥ずかしい知り合いはわたくしにはいないわ」
とはいえ、一々目くじらを立てる程の事でもない。
平和的に解決してあげる事にした私は、
「いいこと、クリス。学園内は平等だ、とかほざいて許されるのは初等部までですよ? 学園内だし、目上の者に自ら話しかけることはまぁいいとして、序列も相手を敬うこともとっても大事。にも拘らず、最終学年であんな幼稚な独り言はと〜っても恥ずかしいマナー違反なの。真似しちゃダメよ?」
クリスティーナに教えるフリをして、外野に聞こえるような声量でわざとらしくそう言って悪い見本例として、アレとマリアンヌを指差す。
「ああいうのに関わるとウチの品性まで疑われてしまうわ。というわけで無視しなさい。耳が汚れるだけだから」
せっかくだから、と今後ヒロインらしく絡まれまくってトラブルの渦中にいることになるクリスティーナに、こういう輩の正しい対処方法を吹き込んでいると、
「なっ、なんですか! そのヒトを小馬鹿にした態度はっ!!」
マリアンヌがキィーと私に食ってかかってきた。
どうでもいいけど、噛んでいるハンカチはどこから出したのかしら?
マリアンヌの制服は四次元なの? とツッコミたいのを我慢して、
「この時期は園庭の花が見頃なの。ランチはそちらで取りましょうか」
マリアンヌの叫びを華麗にスルーした私は、戸惑うクリスティーナをくるっとリターンさせその場を立ち去ろうとする。
が、
「ちょっとーーー!! どういう了見かしら?」
マリアンヌは素早い動作で私の前面に回り込み解放してくれない。
私が足を止めたことに機嫌良く扇子を広げ口元を覆ったマリアンヌは、
「ふふん♪そぉーんなに、クランベリー公爵の関心が欲しいのかしら? 異母妹に媚びへつらうくらい」
そう言って私の事を逆撫でする。
「ふふっ、聞いたわよ。あなたの異母妹、編入試験で満点だったそうじゃない。まぁ、優秀! さすが、歴代一の秀才と謳われたクランベリー公爵の愛娘。それに引き換えあなたは」
バンッという音と共にマリアンヌのセリフが不自然に途切れる。
「お話の途中でごめんなさいね? 羽虫が少々うるさくて、耳障りだったもので」
ぎぎぎっと音がしそうなくらいぎこちない動作でマリアンヌが音のした方を見る。
先程まで彼女の手に持っていた扇子は吹っ飛び、壁に激突して大破していた。
「……えっ?」
パチ、パチっと吊り目気味な瞳を瞬かせ、息を呑むマリアンヌに、
「ああコレ? 特注品なの。シリル様におねだりして作ってもらった」
私は持っている扇子をポンポンと手で弄ぶ。
やんちゃ盛りのときに騎士団に混ざって剣の鍛錬をしていた事がある。その際うっかり怪我をしてしまった私に、
『リズが剣を持つのはダメだ』
と言ってシリル様に武器を取り上げられてしまった。
『じゃあ、代わりに令嬢が持っても違和感ない見た目でカッコイイ武器が欲しいの!』
なんて意味不明な交換条件を出して駄々を捏ねた私にシリル様が用意してくれたのがこの特注の扇子だった。
小さくて軽いのに金属バットよりえぐい破壊力があるこの扇子は私のお気に入りだ。
さすがシリル様。分かってらっしゃる。こんなものまで用意できちゃうシリル様カッコイイ。
と、シリル様との思い出を反芻していた私の耳に、
「な、なっ、な!? あ、あなたっ! そういうのやめたんじゃ」
動揺しまくるマリアンヌの声が聞こえる。
まぁ確かに王妃教育が始まってからは、シリル様絡み以外では暴れるのを控えていたし、これまでの私はシリル様との婚約維持のために、"いい子"キャンペーンを開催していたけれど。
今世、運命に逆らわずヒロインにシリル様を攻略してもらうと決めた以上、もうその必要はない。
というわけで、ケンカ上等、高値買取実施中の旗を掲げることにした私はもう自分を偽らない。
「クリスティーナを褒めてくれてありがとう。わたくしの自慢の妹なの。だから覚えておいてね?」
次は鼻先を掠めるだけじゃ済まさないわよ? と狂犬らしく、極悪な笑みを浮かべ私がマリアンヌに囁くと彼女は一目散に逃げていった。
「あらやだ。久しぶりにフルスイング決めようと思ったのに」
残念、と軽口を叩いた私は肩をすくめて扇子をしまう。
「お姉様……?」
驚いた様子のクリスティーナに私は微笑む。
無理もない、こんな私を見せたことは今まで一度もなかった。控えめに言ってドン引きだろう。
「なぁに? クリス」
「えっ……と」
言い淀むヒロインの動揺をスルーして私は綺麗微笑む。
この学園で私を知っていくうちに、お姉様と私を慕うクリスティーナの心は私から離れていくだろう。
そして、思うはずだ。
何故、あんなに素敵で完璧な王太子様がこんな苛烈な令嬢に捕まっているんだ、と。
「ああ、早くしないとお昼休みが終わっちゃうわね。さぁ、行きましょうか、クリス」
物語が進み私達の歪な婚約関係に気づいたら、乙女ゲームのようにシリル様を掻っ攫って欲しい。
シリル様のことを不幸にしてしまう私から。




