5.悪事の下準備にはヒロインを少々利用する。
「お姉様、編入試験満点でした!」
昼休み突入直後、クリスティーナは満面の笑みで私のクラスまでやってきてそう報告した。
手には大事そうに試験結果を抱えている。
編入初日、他クラスへの突撃なんて目立つことこの上ないのにクリスティーナ躊躇ないな!? とヒロインの行動力には毎度のことながら感心する。
そんな私達のやり取りを遠巻きに見つめるクラスメイト達。
無理もない。
王妃教育を経て、少なくとも公の場では多少取り繕うようになったとはいえ、まだこの時期の私は気に入らない相手に容赦なく制裁を加えやり返す凶暴令嬢だ。
嫡女と同い年の異母妹なんて、クリスティーナはクランベリー公爵家のスキャンダルそのものだ。
そんな異母妹が編入してきた。
それだけでも充分機嫌を損ねる出来事なのに、『テスト満点!でした』なんてわざわざ自慢をしにきたのだ。
この令嬢噛み付きます、なんて注意喚起されてそうな私が許容するとは誰も思わないだろう。
あの子、明日には闇に葬られてるんじゃ……。くらいには思われてそうね。
それくらい教室内には妙な緊張感が漂ってるんだけど、クリスティーナは全く気づいていない様子。
それどころか褒めて褒めてという期待に満ちたスミレ色の瞳で訴える。犬だったら全力で尻尾を振っているわね。多分。
クリスティーナが公爵家に来て一月半。
確かに姉としてクリスティーナを歓迎し、可愛がってきたけども。ちょっとチョロすぎではなかろうか。
「……お姉様?」
何も言わない私を前に、懸命に待てをしながら褒めてくれないの? と目で訴えるクリスティーナ。
きゅーんと可愛い子犬の鳴き声が聞こえそうだ。ダメだ、ふわふわの癖毛も相まってワンコにしか見えなくなってきた。
なんて吹き出しそうになった自分をぐっと抑えて、
「ふふっ、さすがクリス。姉として誇らしいわ」
周りを存分に意識し、淑女らしい微笑みを浮かべよしよしと頭を撫でてやれば、クリスティーナは可愛いらしくふわっと笑った。
その笑顔に被弾する男子生徒達。たったこれだけで好奇の視線が半分消えた。これが天然と作り物のちがいかしら?
ヒロインの微笑み、恐るべし。
「あのぅ、お姉様! もし、お嫌でなければ、私とお昼をご一緒して頂けませんか!?」
クリスティーナの提案にざわつく教室内。
「ええ、勿論よ。良ければ学内も案内したいと思っていたの」
それを綺麗にスルーしてクリスティーナの要望を飲めば、
「ありがとうございます! とっても嬉しいです」
ぱぁぁぁーと表情を明るくし、満面の笑みを浮かべた。
そんなクリスティーナにクラス中の視線が集まる。
あの凶暴令嬢を手懐けるなんて、一体どんな子なのだろう? と、みんなクリスティーナに興味深々だ。
そんな視線を受け流しながら、
「行きましょうか、クリス」
私は彼女を伴い教室を後にした。
編入試験で満点を取れるほどの優秀さも示せた。
癇癪持ちの苛烈な令嬢とも上手くやれる社交性の高さも。
そして、クリスティーナはヒロイン属性ゆえに、誰も彼もを虜にする。
きっと、学園内の評価はすぐ傾くはずだ。筆頭公爵家の令嬢としてまた王太子妃として相応しいのはクリスティーナの方だ、と。
これからやろうとしていることの下地としては充分ね、と私は内心でほくそ笑む。
シリル様のバッドエンドが回避できたら、私の繰り返しの人生も終わる気がする。
「……ううん、終わらせないと」
私は今世目覚めた時の誓いを思い出し、拳を握る。
シリル様を不幸にするだけの私の人生なんて、いらない。
これで最後にするの。目指すはトゥルーエンドだ。




