4.いざ、メインステージへ
馬車に揺られながら向かいに座るクリスティーナを見れば、スミレ色の瞳と目が合った。
「お姉様。私、お友達ができるでしょうか?」
ふわぁぁっと両手を頬に当て、不安そうな声を漏らすクリスティーナ。
初登校を前に少し緊張しているようだ。
これも毎度の光景で見飽きてしまったけど。
「心配しないで、クリス」
私は毎回彼女にかけて来たセリフと同じ言葉を唱える。
虐められてもヒロインは誰かが助けてくれるし、ゲームでヒロインを虐める親玉は今正にクリスティーナの目の前に座っている私なのだ。
私以上に怖い悪なんて存在しないんだから、心配しなくていいのにと私は内心でクスリと笑う。
とはいえ、私はリゼット・クランベリーとして生を受けてから、今回に至るまでクリスティーナを虐めたことはない。
ヒロイン好感度上げイベントを徹底的に回避して来た私はシリル様と結ばれるために改心したフリをするひたすら"健気でいい子"だったから。
でも、今回は今までとは違う。
「……その方が、楽だったな。精神的には」
聞こえないほどの声量でぼそっとこぼした私に、
「えっ?」
どうしました? と聞き返すクリスティーナ。
「学園に上がる前に十分準備をしたでしょう? だから自信を持ってって言ったの」
繰り返しの人生で習得した優しい姉の仮面を私は顔面にべったり貼り付ける。
それを知らないクリスティーナが私を疑うことはなく。
「はいっ! 全てお姉様のおかげです」
素直に私に感謝する。
「ふふ、クリスが頑張ったのよ」
実際、クリスティーナは領地できちんと教育されていたようで、学力的にも問題なかったし、実践が足りないだけで貴族のルールもマナーも押さえるべき点は押さえられていた。
彼女はヒロイン属性らしく、とても飲み込みが早く、でもそれに驕らず努力する。
どの人生でもそうだった。
冷たくしない私に対し、お姉様、お姉様、と素直に懐くクリスティーナ。
まるで大好きな主人にまとわりつく子犬みたい。
そんな、クリスティーナの事を私は嫌いではなかった。
『正直、リズに随分懐いていたから少々驚いた』
シリル様にそう言われたけれど、自分でもびっくりしている。
悪役令嬢の私にも"情"というモノは存在するらしい。
でも、それはそれ。これはこれ。
嫉妬、羨望、妄執、愛憎……。
ドス黒い感情はどうしたって沸く。
だってクリスティーナは今からシリル様の隣に座るのだ。私を婚約者の席から引きずり落として。
でもそうだとしても。
やると決めたのは私でしょう、と自分に言い聞かせ身を焦がすようなドス黒い感情を押し殺す。
「ねぇ、クリスティーナ。体裁ばかり気にする表面しか見ない貴族たちはあなたやわたくしを好奇の目で見てくるかもしれない。時にはあなたを貶めようと仕掛けてくるかもしれない。だけど、あなたはもうクランベリー公爵家の正式な令嬢でわたくしの妹です。堂々としてなさい」
シリル様がこの世界からいなくなるよりずっといい。
彼を幸せにする役目が私じゃなかったとしても。
「何かあれば遠慮なくわたくしのところにいらっしゃい。クランベリー公爵家に歯向かうとどうなるか、きちんと分からせてあげるから」
だから、私は絶対ヒロインにシリル様を攻略させてみせる。
あんな結末は、二度とごめんだから。




