32.悪役令嬢は軟禁生活を満喫する。
「……ってことがあったんです♡」
きゃっきゃっと浮かれた口調で話す私に、
「リゼット嬢。あなた、今自分が置かれている状況を理解していますか?」
隠す事なく前面に呆れを浮かべ、海より深い深いため息を漏らしたのはダリウス様。
ご多忙のシリル様に代わって仕方なく私を監視に来たらしい。
「しておりますとも! わたくしを閉じ込めておきたいだなんて、シリル様ったら独占欲がお強かったのですね♡普段のクールで物静かなシリル様も勿論素敵ですが、ちょっと強引で情熱的なシリル様もとっても素敵ですわぁ〜〜」
かっこよかったーっと♡を飛ばし続ける私。
「大事なモノは誰の目にも触れさせずしまっておきたい、なんて分かりみ深過ぎますわー」
「婚約者に軟禁されて喜ぶなんて、リゼット嬢ぐらいでしょうね」
浮かれまくりな私を見慣れているダリウス様はハイハイと適当な相槌を打った。
そう、何を隠そう私は現在絶賛軟禁生活中なのだ。
とはいえ、だ。
「だって、見てください! これ、ぜーんぶ、わたくしを思ってシリル様がご用意くださったんですよ! さすがシリル様。分かってるチョイスしかない」
クローゼットにズラリと並ぶ普段着用のドレスや靴は勿論のこと、ネックレスやイヤリングといった装飾品一つに至るまで私の趣味ど真ん中なデザインで揃えてあるし。
退屈しないだけの本が揃えられた図書室も芸術鑑賞室もトレーニングルームも完備。
食事もおやつも公爵家のモノと同等以上で美味しいし。
部屋どころか屋敷丸ごと全部快適空間。
とても忙しいはずのシリル様が私の事だけを思って一つ一つ丁寧に吟味してくれたのだと分かるから。
「シリル様の本気を前に浮かれるな、なんて無理ですわ」
ニヤニヤが止まらない、と私の顔面は崩壊しっぱなしだ。
「……何を呑気なことを言っているのですか、あなたは」
ため息をついたダリウス様が手を窓に伸ばす。
が、ダリウス様の指先が窓枠に触れるより早く、意思を持っているかのように自在に動く蔦によってその指は勢いよく弾かれた。
「これほど強固な守壁。絶対に外に出られないというのに」
「ふふ、本当よくできてますよね」
さすがシリル様! と褒めちぎる私に何度目になるか分からないため息が落ちてきたのは言うまでもない。
「ただ外に出られないだけ、ですわ。そう眉を顰めるものでもないでしょう」
私は優雅に紅茶を飲みながらダリウス様に着席を促す。思案するように視線を彷徨わせた後、彼は静かに座った。
「外聞が悪過ぎますよ、世間的に」
「で、その"世間"とやらはどうなっているのです?」
私とダリウス様の間に沈黙が落ちる。
目を逸らしたのはダリウス様で、それが全ての"答え"だった。
「問題がないようで安心しましたわ」
クリスティーナならともかく、私が追放されようが、処罰されようが父は気にも留めないだろう。
だから、軟禁されたところで世間的には何の問題にもならない。
リゼットがいなくなったと騒ぐ人間なんていないのだから。
何度も何度も人生を繰り返した今なら分かる。
あの家族の中で、私だけが異物だったのだ、と。
父親への期待はとっくの昔に手放した。血の繋がったただの他人だと割り切れるくらいには。
だから、別に気にしていないのだけど。
「ふふ、ダリウス様はお優しいですね」
硬く結ばれた唇と、力強く結ばれた拳。
安っぽい同情の言葉を口にすることはなく、ただ静かにその目に怒りを灯しているダリウス様。
「ありがとうございます」
「……私は、何もしていません」
「大嫌いなわたくしのために怒ってくださっているじゃないですか」
「別に……」
と言いかけてダリウス様は言葉を途切れさせる。
「今更取り繕わなくてもいいですよ。ダリウス様に好かれる行動なんて取った覚えないですし」
くすっと笑った私は、紅茶にミルクをたらす。
「でも、感謝はしています。ダリウス様がいつもシリル様の味方でいてくれることに。わたくしにとってはそれだけで充分なのです」
くるくるかき混ぜるついでのように、私は感謝を口にする。
紅茶も美味しいけれど、銀の花びらで飲んだドリンクが恋しい。
今度はキャラメルマキアートにトッピング増し増しで飲みたいなと呑気に考えていると。
「どうして、私だったのですか?」
ダリウス様が深いため息を吐き出すような重苦しさを伴って私にそう尋ねた。
「可笑しなことを聞きますね。その席にダリウス様が座っているのは、あなたの実力ですよ」
けろっと言い返した私に、
「何故、私をシリル様の側近に推したのですか? 当初私は候補にすら入っていなかった。あなたが、シリル様に進言しなければ」
じっとコチラを探るモスグリーンの瞳は全部知っているのだ、と雄弁に語る。
ダリウス様は領地も持たない男爵家の次男だった。シリル様の側近になる前に伯爵家に養子として引き取られているけれど、それを手配したのはシリル様。
どうやって私に辿り着いたのかしら? と世間話の話題に選ぶには些か重たいソレにどう答えるべきかと思案していると、
「私には、あなたが分からない」
ふっ、とダリウス様が表情を崩す。
いつもの生真面目で隙がない王太子の側近ではない顔。
それは、どこか寂しそうに見えて。
誰かに見つけて欲しいと嘆いていた昔の自分と重なった。
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