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31.婚約者様からの宣戦布告。

 意識がゆっくり浮上する。

 確か感情が乱れたせいで、魔力が暴走して……?


「シリル様っ!!」


 バッ、と身体を起こす。


「……どこ、ここ?」


 知らない天井と豪華な天蓋付きのベッド。

 私が着ているものは制服ではなく肌触りのいいシルクのネグリジェで。

 カーテンが引かれていても分かるくらい日当たり良好の広い部屋。

 揃えられている調度品は一目で高級品と分かる質の良いものばかり。

 とりあえず公爵邸でないのは確かだけど、こんな所に来た覚えはない。

 うーんと首を捻った私は身体の具合を確かめてベッドから降りる。


「とりあえず、状況確認ね」


 まぁ気を失った時、シリル様といたのだから悪いことにはなってないはず。

 外を確認しようとカーテンに手を伸ばした途端、パチンと魔法で弾かれ触れられないよう蔦で覆われた。


「???」


 本当にどういうこと? と首を捻ったところで、


「ようやく目が覚めたか」


 ノックなしで扉が開いて、シリル様が顔を覗かせた。


「シリル様!!」


 私はシリル様に駆け寄って、シリル様の姿を確認する。


「シリル様、火傷は? わた……ご、ごべんなざぃいい゛ぃい」


 シリル様の指に巻かれた包帯を見てワンワン泣き出した私の頭をぐしゃぐしゃと撫でたシリル様は、


「大したことはない。あーもう泣くな」


 いつも通りの口調でそう言った。


「でも! 痕が残ったら……」


 どうしよう? シリル様を傷つけるなんて万死に値するわとぐずぐず泣く私に、


「いいな、ソレ。そうなったら、リズは罪悪感いっぱいで俺から離れられなくなるな」


 責任とってくれるだろ? とシリル様の声が落ちてくる。

 冗談には聞こえない、空気を張り詰めさせるような声音。


「……シリル、様?」


 どうしたんだろう? といつもと違う様子に私は驚いて目を瞬かせる。


「リズは俺のことを分かってなさすぎる」


 そろそろ仕置きが必要だな、と静かに言ったシリル様の言葉に背筋が伸びる。

 やばい。コレ、ガチめに怒らせたのでは? とお説教待ちの姿勢で身構えていると、


「逃げられると思うなよ? と散々忠告してきたはずだが、どうやらリズには伝わっていなかったようだ」


 長い指先が伸びて来て、次の瞬間には私は唇を奪われていた。

 目を閉じることさえ忘れ、私は固まる。


「お前は俺を信じすぎだといつも言っている」


 長いような短い時間で解放され、放心状態の私にシリル様は言葉を紡ぐ。


「できることなら窓のない塔に監禁して、自分だけを見続けて欲しい。叶うなら全部自分色に染めてしまいたい、とお前は言っていたな」


 それは、私がはじめてシリル様に婚約解消宣言をした日のセリフ。

 コクン、と頷いた私に、


「リズは俺が好きだから、そうしないのも知っていると俺は答えたが、俺は違う」


 シリル様は言葉を続ける。


「俺ならリズを閉じ込めて自由を奪ってでも、俺のモノにする」


 真っ直ぐそう宣言したシリル様の目は本気で。


「絶対に逃がさない」


 それは、間違いなく私に対する宣戦布告だった。

 私は紅蓮の瞳を大きく目を見開き、愛しの婚約者様を映す。


「シリル様、は……わたくしが、お好き?」


 私はシリル様に震える声でそう尋ねる。


「ああ、愛している」


 ずっと、ずっと、欲しかったその言葉に胸が震える。

 この恋が叶わない、と分かった後で愛している(この言葉)を聞くなんて。


「そう、ですか」


 ああ、神様はなんていじわるで。


「シリル様が、私を」


 なんて、残酷なんだろう?

 ふふっ、と悪役令嬢らしく口角を上げ私は笑みを浮かべる。


「では、わたくしは全力で逃げなくてはなりませんね」


 どんな手段を使っても、とシリル様の襟首を掴み蒼の瞳と視線を合わせる。

 驚いたような、それでいて楽しそうな瞳。

 私の"最愛"(覚悟)を舐めないで頂きたい。


「わたくし、"愛の重さ"ではたとえシリル様であっても負ける気がいたしませんわ!」


 私はシリル様に宣戦布告を返す。


「なら、勝負だな。リズ」


「ええ、返り討ちにして差し上げますわ」


 あなたが私を愛してくれるなら。

 私は、あなたを不幸にする運命から救ってみせる。絶対に。

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