3.悪役令嬢なのでいい子は辞めることにした。
運命に逆らわない、といっても難しい事は何もない。
私の場合、ただ自分を偽るのをやめれば事足りる。
何故ならすでに私は癇癪持ちで我儘な令嬢として定評があるからだ。
「さて、これからが本番ね」
乙女ゲームのメインステージは学園内。
何度目になるかも覚えていない学園生活に出向くため、制服に袖を通しローファーに履き替えた時だった。
「……騒がしいわね」
ほんの少し前まで静かだったクランベリー公爵家本邸が懐かしい。
私はため息を吐いて仕方なく事態の収束に向かった。
執務室前には予想通り、父であるオズワルドと正式に父の妻になったシャーリー様がいた。
怒鳴られているのは長年クランベリー家に仕えてくれている執事長のバッセンで、父の隣で困り顔を浮かべたシャーリー様の手には大事そうに書類が抱えられていた。
「こんな朝から騒ぐなんて、一体何事です」
「リゼット、貴様どういうつもりだ」
「どう、とは?」
はて、と惚けて見せる私に、
「何故シャーリーにお前の仕事を押し付けている」
父は冷ややかな視線と怒りを向けてきた。
「何故?」
そんな父を煽るようにわざとらしくキョトンと目を瞬かせ驚いた表情を作った私は、
「シャーリー様の手にあるソレは、全て公爵夫人の処理すべきものですわ。正式な女主人がいるというのに、ただの学生で公爵令嬢でしかないわたくしがその業務を持っている方が可笑しな話でしょう」
違いまして? と父に問いかける。
「シャーリーはまだこの家に来て間もないんだ。それに今まではお前が持っていた業務だ。それを引き継ぎもなくいきなり押し付けるなんて」
「ふっ、ふふっ」
途中まで父の言葉を聞いていた私は噴き出すように笑い、
「あ〜おっかしい。間がない、ねぇ? だから何です?」
冷たく問いを重ねた。
「確かに今まではわたくしが代理を務めていましたわ。でもそれはお母様が心の病を患われ、他に代わりがいなかったからです。お父様が出て行ったせいでね」
この人が公爵家から出て行ったのは10年前、私がまだ8つの時だった。
その日は突然やって来て、引き継ぎなんて当然なかった。
「だとしても、今はシャーリーがお前の母親だ。娘なら母を手伝って当然だろう」
どの口が、と嘲笑した私は、
「シャーリー様はあなたの妻であってわたくしのお母様ではありません。勝手に出て行って勝手に帰ってきたくせに、その薄寒い家族ごっこにわたくしを加えるの、やめてくださる?」
キッパリと父の命令を跳ね除ける。
前回までの人生ではいい子を演じるために屋敷の仕事を肩代わりしてあげていたけれど、もうその必要はない。
なので、私は徹底抗戦することにした。
「シャーリー様には同情しますわ。こんなクズに捕まって。でも、18年あれば逃げる機会はあったでしょう。公爵夫人としてこの屋敷に足を踏み入れたのですから今までのように、とはいきませんわ」
私はにこにこにこと笑ってドスっと紙の束をその手に載せると、
「追加です。間違えてわたくしの部屋に持ち込まれていたようなので」
よろしくお願いしますとシャーリー様に業務を全部押し付けた。
「ああ、そうだ。便宜上あなたのことをお父様と呼んでいますが、わたくしあなたの事を種馬程度にしか思ってませんから」
なので娘だと思わないでくれます? と父に告げる。
「貴様!」
射殺さんばかりに睨みつけ手を振り翳した父に、
「手を挙げるならどうぞご自由に。ですが、お忘れではなくて? わたくしの婚約者が誰なのか?」
その手を振り下ろしたら次にお会いするのは法廷ですわ、とシリル様の権力を堂々と盾にした私は悪女らしく口角を上げる。
「まぁ、いい顔ですね♡忘れないでください。あなたの醜聞が社交界で叩かれずに済んでいるのはわたくしが王太子殿下の婚約者だから。そして、あなたの最愛の娘の処遇もわたくし次第」
ね? 種馬さんと私が父とバトっていると、
「お姉様!」
パタパタパタっと制服姿のクリスティーナがやって来た。
「まぁ、クリス! わざわざ迎えに来てくれたの?」
一瞬で険悪さを引っ込めた私は、理想的な姉モードに切り替える。
「はい! 玄関ホールにいらっしゃらなかったから……あの、どうかされました?」
私の後ろにいる大人達の微妙な空気を感じ取ったクリスティーナが怪訝そうに尋ねてくる。
勿論コレも全部織り込み済み。私に懐いている彼女なら時間通りに現れない私を迎えに来ると思っていた。
「いいえ。シャーリー様に公爵夫人のお仕事を引き継いでいただけよ? だってシャーリー様は正式なクランベリー公爵家の女主人だもの」
何の問題もないのと、私が微笑めば、
「お母様に、公爵夫人の権限を?」
クリスティーナはぱぁぁぁーと表情を明るくして、すごいと嬉しそうにはしゃぐ。
「お姉様に認められるなんてすごいわ、お母様。公爵夫人なんて大変でしょうけど、一緒に頑張りましょうね!!」
ああ、ヒロインって本当に素直でいい子だわ、と内心で二人の退路を絶ってくれたクリスティーナの援護射撃に私は満足気に笑う。
可愛く大事な娘のクリスティーナにそう言われてしまえば、やらざるを得まい。
どう? 最愛の娘に首を絞められる気分は、と冷ややかな視線を父に投げかけ。
「さぁ、登校初日だというのに遅れてしまうわ。行きましょうか、クリス」
期待で胸を膨らませているクリスの肩をポンと叩き、
「では、ごめんあそばせ」
私は涼しい顔で二人を切り捨てた。




