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29.悪役なので攻略のためならネタバレだって気にしない。

 ぎりりっと扇子を握り締め、燃えるような紅い目でリゼットは窓の外の光景を睨む。

 その瞳には学園で注目されはじめた異母妹クリスティーナが映っていた。


『さすが妾の子。男に取り入るのが上手い事』


 学園に新しく来た臨時講師は何故かクリスティーナを気にかけている。

 その隣で穏やかな表情を浮かべるクリスティーナを見てリゼットは舌打ちする。


『あの子の存在自体が許せない』


 道端に落ちているゴミが景観を損ねるように、クリスティーナという存在が目障りだ。


『そうだわ、いい事を思いついた』


 丁度面白い招待状を頂いたのよね、とリゼットは銀色の花びらが舞う封筒を手にほくそ笑む。


『"姉"として不出来な"異母妹"に教えてあげましょう。あなたの居場所なんて、この世のどこにもないのだと』


 リゼットは魔法で封筒を燃やすと、


『さぁ、楽しいゲームのはじまりよ』


 高らかにそう宣言した。

 ……と、いうのが私の知っている原作リゼットの展開なので、ゲームの悪役令嬢らしく悪の道に身を落とすことに決めた。

 向こうも私を探してたっぽいし、あっさり出入りが許されるなんてさすが私!


『ちょっと準備があるから待ってて』


 って、メルに言われたから悪役活動自体はまだだけど。


「これはもうシリル様のバッドエンド回避確でしょ!?」


 今ならおーほっほっほーとか悪役令嬢っぽい高笑いしてあげてもいい! それくらい上機嫌で授業を終えた後の事だった。


「リズ。なんで呼び出されたか分かるか」


 バックにブリザード背負ってそうな不機嫌な声。

 顔がいいだけに、圧と眼力がやばい。美人マジで怒ると怖いの図を体現したシリル様がそこにいた。


「なんで、でしょう?」


 シリル様の教員控室に呼び出しを喰らった私は私専用の椅子の上で膝を抱えてちまっと縮こまる。


「本当に分からないのか?」


 じっと、蒼の瞳が圧をかける。

 えー全然心当たりがない。

 必死に思考を巡らせた私の脳が弾き出した答えは、

 

「はっ! もしや、クリスと上手くいってないのですか!?」


 だった。なるほど、それで苛立ってるのね! 合点がいったわと私はポンと手を打つ。


「クリスは押しに弱いので、ちょっと強引に進めちゃうくらいがいいですよ。嫌とは言いませんし」


 何せこのゲーム、ほとんどのストーリーで巻き込まれ展開から攻略対象との関係が始まる。


「まぁ、でも押しに弱いってだけで、本当にNO! ってなったときは自分から言える子なので大丈夫ですよ」


 クリスティーナはヒロインらしく、お人好しででも期待に応えようと頑張るタイプ。

 本当に私とは真逆だ。


「だから、シリル様も……」


 きっと、好きになるんだろう。

 そんな、ヒロインの一生懸命さを。

 ぐしゃ、と心が嫌な音を立てて、その先が言えなくなる。

 クリスティーナにはシリル様と事件を調べつつ私に内緒で仲を進展させてもらわないと困るのに。

 すっーと息を吐き、パンっと両頬を叩いた私は自分に気合いを入れる。


「リズ! 何やって」


 手を差し伸べようとしたシリル様を制して、私は蒼色の瞳に笑う。

 決めたのだ。

 シリル様が幸せになれるなら、なんでもするって。


「ヒトが消えるのも、消えたことに身近な人間が気づいてないのも禁術が使われてるかもってシリル様言ってたじゃないですか? 仮に広範囲で禁術の魅了魔法が使われていたとしてもクリスティーナには効きません。というわけで、潜入調査はいかがでしょうか?」


 よし、ここはもう盛大にネタバレをしよう。

 大事なのは過程じゃない!

 シリル様がバッドエンドを迎えないという結果よ!!


「ほら! もしも"魅了"だったとしても誰かが違和感を指摘してくれたら、シリル様なら自力で解除できるじゃないですか! シリル様なら敵なんてあっという間に一網打尽。というわけで、さくさく断罪しちゃいましょう」


 活動前とはいえ、私も悪の組織に無事所属できたし、準備万端! いつでも断罪オッケーです、と内心で付け足す私は、


「ちなみにクリスティーナは可愛いぬいぐるみが好きなんですよ。特にクマ。子どもの頃に両親にもらった誕生日プレゼントを今でも大事にしてるくらい」


 出して行こうぜ、の精神で知っている情報をどんどん開示する。


「今回事件が解決したら沢山褒めてあげてください。……可愛いオーダーのテディベアもつけて」


 自分の言葉を耳で拾いながら、私の中で何かが黒く塗り潰されていく。


「テディベアにつけるリボンは青がいいと思います。すごく澄んだ海みたいな、蒼色」


 その光景は私の知っているハッピーエンドのスチル。

 そこにはピンキーリングが結ばれていて、そしてテディベアは家族の分だけ増えていく。

 未来の幸せの形。

 シリル様はそれを見て、穏やかに笑う。


『ああ、きっとこういうのを幸せと呼ぶのだろうな』


 その瞬間に、彼は理解するのだ。

 全能の加護と引き換えに感じられなかった"愛"というモノを。


私の妹(クリス)の事、お願いしますね。シリル様」


 私は今ちゃんと笑えているだろうか?


「私は私でやる事があるので、そろそろ失礼します」


 トンッと私は椅子から降りる。

 非才な彼が手に入れるありふれた平凡な幸せ。

 そこに、悪役令嬢(リゼット)は存在しない。

 分かっている。私じゃダメだって。


「リズ!」


 ああ、嫌だ。

 何もかもぐちゃぐちゃに塗りつぶしたくなる。

 ヒロインよりも"私"を選んで、と。

 叫んでしまわないようにシリル様の静止を振り切って私は一心不乱に走り出した。

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