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25.ヒロインは事なかれ主義①(クリスティーナ視点)

 ぽすっとベッドに横たわる。


「広いなぁ」


 豪華過ぎる部屋にももう慣れた。

 何事にも慣れなければ、鈍感なフリをしなければ生きていけなかったのだ。

 だって、私は不義の子だから。


 欲しかったのは、ありふれた幸せ。

 お父様がいて、お母様がいて、当たり前に愛される私がいる。

 みんなで笑い合って食卓を囲む。

 ただ、それだけ。

 小さな頃は、その当たり前が叶わなかった。

 生活は保証されていたし、お金で困ったこともないし。

 年に何度か来てくれる"お父様"はその度に沢山のプレゼントを贈ってくれて、私を抱き抱え成長を喜んでくれたけど。

 薄々自分が"普通の家庭の子"でない事には気づいていた。

 でもきっとそれを口にしたら今ある幸せは簡単に壊れてしまう。

 パチン、とシャボン玉が弾けるように。

 だから、私は気づかないフリをする事にした。

 神に誓ってもいいけれど、私から何かを強請ったことはない。

 ただ与えられたモノをありがたく受け取っただけ。

 素直で明るくみんなに愛される可愛い子。

 私がこの幸せを逃さないためには、そうでなくてはならなかったのだ。


『もう、行ってしまうの?』


『寂しい』


『家族がずっと一緒ならいいのに』


 それらはお父様とお母様の願望で。

 大人だから言えない2人の代わりに、無邪気な子どもという免罪符を持っている私が唱えてあげた。

 何度も。

 何度も。

 それが沢山の幸せを享受する私の"役目"だった。


 8歳になる年の春、お父様が突然やって来て、その日から3人での暮らしが始まった。

 驚いたけど、どうしてそうなったのかは考えないようにした。

 今の幸せが、逃げてしまわないように。

 素敵なお父様に釣り合う娘にならなくては。

 家庭教師の教えは忠実に。

 覚えるのは得意だったから、いつも褒められたけど、謙虚な姿勢を示すのは忘れなかった。

 笑顔の絶えない明るい家庭。

 いつかこの仮初の平和が壊れても、母と2人で生きていけるだけの力をつけなくてはと。

 幸せと引き換えであるかのように、私には常にどうしようもない焦燥感が付き纏っていた。



「本邸に戻る」


 お父様はここで生活を始めた時と同じく突然そう告げた。

 その言葉を聞きながら夢から醒めたお父様はついに現実に戻るのね、と私はどこか他人事のようにそんなことを考えていた。


「そうなのですね」


 責めたり捲し立てたりせず、私はいつもみたいにへらっと笑う。

 ファミリーネームだって違うし、身分も違うお父様はそもそも最初から私達のものじゃなかった。

 欲を言えば私が保護者のいらない年になるまで執行猶予が欲しかったし、公爵家の方達の目の触れない場所で細々と暮らすことを許して欲しかったけど。

 それが無理なら、生きていくのに困らない働き口を世話してもらえたら。

 それくらいの情けをかけてもらえるくらいの愛嬌は振りまいてきたつもりだけど、お父様は私達をどうするおつもりかしら? と、私の頭の中はこれから先の生活のことでいっぱいだった。


「クリス、お前も一緒に行くんだよ。クランベリー公爵家に」


「えっ?」


 当然置いていかれるものだと思っていた私はその言葉に耳を疑った。


「クリス、聞いて。あなたにはお姉さんがいるの」


 未成年の子を一人にはできないから。

 尤もらしい理由。だから、お父様が本邸に帰るのは分かる。

 けれど本来の家族の元(その場所)に私達を連れて行くなんてどうかしてる。


「シャーリーは妻として、クリスティーナは娘として正式に迎え入れる。心配するな。お前は紛れもなく公爵家当主である私の子なのだから」


 いつもの優しい顔でお父様が私の頭を撫で、


「きっと仲良くなれるわ。クリスは誰とでもすぐ打ち解けるじゃない」


 お母様が優しく諭す。

 私が公爵令嬢になる。

 とてもいいニュースのように告げられたこれは、既に決定した事なのだと察するしかなかった。


 お父様に他に家庭があったのだとして。

 それを壊したお母様にも非があるのだとして。

 2人の子である私まで責められるべき事なのか、正直私には分からない。

 だって、私が生まれた時点ではすでにそれは起きた後なのだ。

 私には止めようがないではないか、と。そう言い聞かせて見ないフリをしてきたけれど。

 姉、という実在する人物に対面してしまったら、もう目を背けることはできなくなる。

 もし、私を罵り、憎み、怒りをぶつけることが許される人がいるとすれば、それは私と同じく親を選ぶことができなかった"姉"だけだろう。

 彼女だけは、明確に巻き込まれた"被害者"だから。


「お姉様がいるだなんて、私とても嬉しいです」


 パンッと手を叩き、はしゃいだ声でそう返す。

 嘘だった。

 本当は、会ったこともない"姉"という存在が怖くてたまらない。

 姉なんて未知の存在だが、私の立ち位置を知った今、彼女が私に好意的であるとは思えなかった。

 だけど。


「ずっとひとりっ子で寂しかったから、お姉様と仲良くしたいです」


 2人が望む言葉だけを私は紡ぐ。

 いい子のクリスティーナならきっとそういうはずだから。

 事なかれ主義で打算まみれの私なんて出せるわけがなかった。

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