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23.推しの推し事は容赦ない。①

 シリル様にクリスティーナの特性を明かしてから数日後。

 何故か私はシリル様の政務室でシリル様のお膝の上に座らせられていた。

 早朝、すごい形相で先触れもなく公爵家にやってきたダリウス様に、


『どうせ暇でしょ。責任とってください』


 と有無を言わさず連れ出された先はシリル様の政務室だった。

 そこにいたシリル様は私が来たことにすら気づかず、ずっと黙々と書類の処理を続けていた。

 忙しそうね、と回れ右をしかけた私を無理矢理政務室に放り込んだダリウス様は、


『このままの勢いでシリル様に仕事されると全員潰れてしまう。シリル様の邪魔をするのがあなたの仕事でしょう』


 小声でそんな事を宣った。

 失礼な! という私の抗議は届くことなく無情にもドアがパタンと閉じる。

 そして、現在。


「リズ。こっちもリズの好みだと思うが?」


 私は有無を言わさず餌付けされている。

 シリル様は今日も麗しいし、用意されたお菓子はとっても美味しいんだけど。

 何故私はこんなに甘やかされているのかしら? とシリル様に手ずから食べさせて頂いたヘーゼルナッツのミニチョコケーキをもぐもぐしながら、疑問符いっぱいの私。


「シ、シリル様っ! あの、わたく」


 やっと食べ終わった! と思って口を開くも。


「コレは、好きじゃなかったか?」


「すっごく美味しいです。あ、でもわたくし的にはさっき頂いたアプリコットのミニタルトの方が……」


 そうか、とだけ言ったシリル様はすかさずアプリコットのミニタルトを食べさせようとする。

 待って。

 本当に待って。

 とりあえずその手に持ってるフォークを置いて、シリル様。

 いくら最推しからの"あーん"なんて素敵イベントでも、人間の胃袋には限界というものがあるのよ!!

 割とガチめに困っていたら、


「シリル様。リゼット嬢を肥え太らせて、フォアグラとして出荷なさるおつもりですか?」


 人払いされていた部屋に入ってきたダリウス様が私たちを見てそう言った。

 止めに入るの遅い!

 そして言い方っ!! と思ったけど。

 確かに有無を言わさず食べさせ続けてきたシリル様の手が止まったので。


「ダリウス様のおっしゃる通りですわ! わたくしこれ以上は食べられませんし、それにお気に入りのドレスが入らなくなると困ります!」


 言いたい事はぐっと呑み込んで、全力でシリル様の説得を試みる。


「ドレスくらい買ってやる」


「そういう問題じゃないんです! 綺麗に着こなしたいですし、それに甘いモノの食べ過ぎは身体に良くないと聞きました。シリル様はわたくしを早死にさせるおつもり?」


「……それは、困る」


 さらりと私の髪を掻き上げ、シリル様の澄んだ蒼の瞳がじっと私を覗き込み、


「リズがいないとつまらない」


 ぽつりと無表情のままそう溢す。

 あれ? なんか、ちょっといつもより落ち込んでいるような……。

 私はそのままシリル様に手を伸ばしそっと頭をよしよしする。


「なんだ」


 抑揚のない声だけど、嫌そうではない。

 その証拠に私の手が振り払われることはなく、シリル様はされるがままだ。


「なんとなく、頭を撫でたくなってしまって」


 いけませんか? と首を傾げるとシリル様は好きにしろとそっぽを向いた。

 昔からそうだった。

 シリル様は時折私の事を構い倒したがる時がある。

 そして、そんな時は大抵落ち込んでいるのだけど、その理由を話してくれたことはない。

 話さないんじゃなくて、感情のラベリングができなくて、なんて言えばいいのか分からないだけなんだと気づいたのは婚約者になって随分たってからだったけど。

 私はシリル様との間に落ちる沈黙が嫌いではなかった。

 強い加護との引き換えで、生まれつき"感情"の機微に疎いシリル様だけど、疎いだけで彼の中にはちゃんと感じる心があるのだと分かるから。

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