22.婚約者リゼット・クランベリーについて⑤(シリル視点)
「私、お役に立てるように頑張りますので、よろしくお願いしますね! シリル先生」
そう言って小首を傾げるクリスティーナ。
「クリスティーナ嬢、君はそれでいいのか? 少なからず、危険な目に遭う可能性もないとは言えないが」
「構いません。だって、それが公爵令嬢の役目なんですよね!」
私もクランベリー公爵家の人間なので、と堂々と言い切るクリスティーナは、
「それにお姉様にお願い事されたの、これが初めてなんです。だから、私お姉様のために頑張ります!」
ぐっと両手を握りしめやる気満々と言った感じで決意を示す。
「妬ましいと言われた相手のために、か?」
「きっと姉なりの考えがあってのことです。でなければ、殿下に私のことを頼むなんて言わないでしょう」
「随分信頼してるんだな」
「はい! だって、お姉様は私やお母様にとてもよくしてくださるんですよ」
口元で両手を合わせふふっと嬉しそうに笑うクリスティーナは、
「お姉様は私が公爵家や貴族の生活に馴染めるようにといつも気にかけてくださいますし、お母様が公爵夫人としてお仕事ができるようにと家庭教師や補佐官も手配してくださいました。きっとあえて厳しく突き放すような言い方をして自立を促しているんですよ!」
お姉様は優しいのです、とリズのことを語る。
「私、自分に姉がいると知ってお会いできるのをとても楽しみにしていたんです。実際会ったみたらとっても素敵なお姉様で。私本当にお姉様と姉妹になれたことが嬉しくて」
はしゃいだようなその声も。
「領地で両親と3人で暮らしていた時も楽しかったですけど、これからは4人で仲良く……いえ、シリル先生も入れて5人ですね!」
無邪気に自分の物差しでしか話さないその態度も。
「私も公爵令嬢としてクランベリー公爵家をそして王家を支えていく所存です。だから、事件を解決してみんなで幸せになりましょう!」
全部が全部、癇に触る。
「これからきっともっと毎日が楽し」
「随分、おめでたい頭をしているな。お前は」
聞くに耐えず言葉を遮った俺見て、スミレ色の瞳が瞬く。
「……えっ?」
理解ができないとばかりに惚けた表情で固まったクリスティーナ。
「聞こえなかったか? 頭だけでなく、耳まで都合がいいな」
そんな彼女を見ていたら、どうしようもなく沸々と黒い感情が湧いて来た。
「一度も考えた事はないのか。お前の元に父親がいる間、リズがどんな風に過ごしていたのか」
執着の果てに心を病んだ母親と取り残されて、リズがどんな風に幼少期を送ったか俺はずっと見てきた。
誕生日も。
学園に入学するときも。
デビュタントの時でさえ、リズの側にいたのは俺だけで。
『わたくしは平気です。だって、わたくしにはシリル様がいますもの』
リズはそう言っていつも誇らしげに俺の手を取るけれど。
よく泣きよく笑う感情豊かなリズの心は俺のように鈍くできてはいない。
『バーティの帽子、絶対欲しい!!』
王太子との見合いより、バザールに行く事を望んだリズ。
でも、もう彼女はその帽子を欲しがらない。
リズと過ごしたことで多少なりとヒトの感情というものが理解できた今なら分かる。
リズにとって、視察ついでに出向いたバザールで帽子を買ってもらったことだけが唯一家族として過ごした優しい思い出で。
あの時のリズが欲しかったのはきっと帽子ではなかったのだ、と。
だが、彼女はそれを手放した。
もう公爵には何も期待しない、と切り捨てて。
「お父様を責めないでください! お姉様が領地に来れなかったのは王都で王太子妃教育を受けるためで、だからお姉様は領地に来れなくて、お父様は一人で領地に」
「本気で言ってるのか? 愛人とその子に時間は割けるのに、ただの一度も唯一正統な嫡女の祝いの場に顔すら出せないほど公爵は忙しかった、と」
『嫌ですわ。シリル様を侮辱されたらわたくしが傷つくのです!』
そう言った時のリズもこんな気持ちだったのだろうか。
「だって、そんなの……お姉様だって」
「リズの事を何も知らないくせに、憶測で語るな。鬱陶しい」
鈍い俺でも分かる。
コレは、紛れもなく怒りだ。
「早々に帰って公爵家で幸せな家族ごっこでも続けるといい。お前はいらない」
「わ、私が必要なのでしょ!?」
まるで自分が特別だとでも言わんばかりのクリスティーナに俺は薄く笑う。
例え禁術が使われていようが、この程度の事件クリスティーナに頼らずとも自力で解決できる。
その気になればやりようはいくらでもあるのだから。
だが。
「リズにお前は必要ない。無論、俺にもだ」
これ以上、リズが我慢を強いられるのだけは耐えられなかった。
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