2.悪役令嬢の秘密。
少しエピソード修正しました。
私には"リゼット・クランベリー"になる前の記憶が存在する。
とはいえ、その前の自分がどんな人間だったのかという詳細は覚えていない。
思い出した時にはすでに、リゼット・クランベリーとしてこの世界で生きていたからかもしれない。
そんな私が主に覚えている内容は、前世で好きだった娯楽について。
特に、ラノベや乙女ゲームと呼ばれる類のモノにハマっていたようだった。
とりわけ前世の私が好きだったのは『突然公爵令嬢になった私が幸せを掴むまで』という乙女ゲームだった。
内容はよくあるシンデレラストーリーだったけれど、その世界には攻略対象としてシリル様が存在した。
前世では、攻略対象としてシリル様を追いかけられるクリスティーナの事が羨ましかったけれど。
前世を思い出した今の私はそのクリスティーナを虐める悪逆非道の悪役令嬢で、
「これは、チャンスだわ!」
私はその事実に歓喜した。
だって、前世の私が好きだったラノベは悪役令嬢モノで、異世界に転生した子達は逆境から自分でのし上がり、王子様と幸せを掴んでいたのだから。
「前世から好きだったなんて、やっぱりわたくしとシリル様は赤い糸で結ばれているのよ!」
8つになった年、3つ年上のシリル様と婚約した。
婚約が確定する前からシリル様が好きだった。
正直、いつ好きになったのかなんて、明確に思い出せないくらい、シリル様への想いは私の中に根付いていて。
金色に輝く髪も、頑張った時に優しく褒めてくれる甘い声も。
感情が表に出ないだけで、実は直情型なところも。
私のわがままを何でもきいて、嗜めて、甘やかしてくれるところも、全部、全部大好で。
だから、そんな私が今世でもシリル様至上主義になるのは必然だったのだ。
ほんの少しでもシリル様に色目を使おうとしたり、逆にシリル様を貶めようとする動きがあれば相手が誰であっても容赦なく叩きのめしてきた。
私がいうのもなんだけど、リゼット・クランベリーは随分過激で我儘な乙女ゲームの"悪役令嬢"そのものだったのだ。
そんな私が咎められることなく今に至るのも私が筆頭公爵家の令嬢だから。なんとまぁ、都合よく出来ている。
そして、そんなテンプレートを地で行く私の人生にこれまた都合よく異母妹が現れた。
素直で表情がくるくるとよく変わる貴族らしくないけれど、どうしようもないほど惹かれ、目で追ってしまう存在。
ヒロイン。そんな言葉がピッタリのクリスティーナを甘やかし、手懐け、私は理想とされる淑女を演じ、牽制した。
元々がマイナスに振り切っていた私だから、リゼット・クランベリーの改心ぶりに周りは驚き、ざわつき、そして愛の力は偉大だと勝手に称賛してくれた。
そうして、ヒロインと攻略対象であるシリル様が結ばれることはなく、私は数ある悪役令嬢モノの物語のようにシリル様と結ばれた。
それが、前世を思い出したリゼット・クランベリーとしての私の1回目の人生だった。
シリル様は私を決して裏切らない。
何故なら完璧な王太子として頂点に君臨するシリル様には、恋心なんて一時の淡い感情で王族の責務を放棄するような愚かな選択が端から存在しないのだから。
そんなハードモードの王子様を攻略していくのがこの乙女ゲームの醍醐味で。
婚約者を裏切りはしないけれど、ゲームが進めばシリル様はその手で悪役令嬢を断罪し、淡々と王族としての責務を果たす。
完全無欠の王子様は、たとえ婚約者相手でも私情で手心を加えるようなことはしないから。
そして、運命に導かれ惹かれ合う王子様とヒロインは結ばれて幸せになる。
だって、悪いは全部悪逆の限りを尽くす悪役令嬢リゼット・クランベリーなのだから。
それが、この乙女ゲーム本来の筋書きだった。
結末が決められた恋物語を捻じ曲げるのは簡単だった。
イベントを起こさせず、ヒロインの好感度を上げなければいい。
断罪されるような悪事を働かなければ、私はシリル様の婚約者でいられる。
こうして私は乙女ゲームをプレイしていた時よりも、ずっと容易くシリル様の隣を手に入れた。
元々私のモノだったのだから、当然だ。
淑女の真似事は肩が凝ったけれど、その程度のことでシリル様の隣にいられるのならと、私は一生懸命我慢した。
貴族達に売りたくもない媚を売り。
令嬢達に憧れてもらえるよう自分を偽り。
癇癪も我儘も全部控えて、勉学と社交に励み。
私は、まるでヒロインみたいな"理想的な王太子妃"になった。
コレだけ努力したのだから、絶対幸せになれる。
そう、信じて疑わなかった。
伝染病が蔓延し、国が滅亡するまでは。
病に侵され苦しんだ私の視界が真っ暗になりリゼット・クランベリーとしての生を終えたはずなのに、気づけば公爵邸の自分の部屋のベッドの上にいて。
クリスティーナが公爵家に来ることになる日の朝に時間が巻き戻っていた。
どうしてそうなったのかは分からない。
だけどやり直せるなら、と私はリゼット・クランベリーとして生きることを選んだ。
始まりはいつだってゲーム直前、クリスティーナが公爵家に来る朝で。
ゲーム終了後の期間になると国の存続に関わるレベルの災厄が起こり、シリル様はその対応に追われ私は命を落とした。
どれだけ対策を練って違う人生を歩んでも回避することは叶わず、シリル様はいつも疲れていて辛そうだった。
この数年間を何巡しても私はシリル様と生きることを諦めきれず、ずっとずっと可能性を探していたけれど。
前回の人生で命を落としたのは、私ではなくシリル様だった。
それだけたくさんシリル様を不幸にして、愚かな私はようやく気がついた。
ヒロインと結ばれないその先に、攻略対象の幸せなんて存在しないんだ、と。
国中が悲しみに沈み、私は冷たくなったシリル様の前で泣き続け、初めて自ら命を手放した。
もし、もう一度だけやり直せたらその時は、絶対に運命に逆らわないから、と神様に祈って。
そうして、私は目を覚ました。
18歳のリゼット・クランベリーとして。




